15 クロネコ団の元マドンナ

 葬儀場から斎場までは、目と鼻の先だった。夕暮れ時の斎場には人気がなく、草が風になびく音や虫の声が聞こえるだけで、シンと静まり返っていた。


 先客はいないように見えたが、知らない雌猫の匂いがそこかしこに染みついているを感じる。


 おそらく、このあたりがクロエの縄張りなのだろう。


「っていうか、斎場って何なんだ? なんかの店か? それにしちゃあ、辛気臭い建物だがな」


 若の疑念にマグロとたんぽぽが追従する。


「そうそう、それ、ボクも思ってた」


「おれも~。斎場って何?」


「え、うそ、知らなかったの?」


 と、目を丸くするミルク。彼女と同じく博識なハカセが口を開いた。


「人間が死んだときに火葬をする場所ですよ。火葬と言うのは……おっと。話をしている場合ではありませんね。あそこにクロエさんらしき猫がいます」


 建物の軒下に、年老いた黒猫の姿があった。


 人間に世話をされているらしく、暖かそうな寝床が用意されており、近くに水や食べ物がたくさん入った皿が用意されている。


 若はうぅむと唸る。


「あの婆さん、ただ物じゃないな」


「は? ただの優しそうなおばあちゃん猫じゃん」


「いや。年老いた、か弱い女の一人暮らしだろ? 普通は他の奴に横取りされないように、食いもんを出されたら、急いで全部たいらげちまうはずだ。辺鄙な場所とはいえ、カツアゲに来る奴が全くいないというのは妙だ」


 彼らが小声でコソコソと話していると、のんびりと佇んでいた黒猫の耳がピクッと動いた。


「おや、珍しいねぇ。こんな時間にお客さんかい? そんなところに隠れていないで、姿を出したらどうだい?」


 どこか貫禄のあるしわがれた声が、静かな斎場に響く。


 若はバツが悪そうな顔で、物陰から顔を出した。


「別にやましいところがあってコソコソしていたわけじゃねぇよ。俺は若。公民館で暮らしているミケって猫と知り合いだ。クロネコ団のことで相談したいことがあって、ここに住むクロエという婆さんを訪ねてきたんだ。あんたがそうか?」


「ああ、なるほど。あの別嬪さんの知り合いかい。そうだよ、私がそのクロエさ。……しかし妙だね。南の方の猫が北のクロネコ団に興味を持つなんて。私も昔あそこにいたから分かるけどね、黒猫以外との交流は完全に絶っているはずだよ。だから南の奴らと争いごとになるとは思えないし。人目を避けて暮らしたい黒猫ならともかく、お前さんたちにとって、北は餌場や寝床としては魅力に欠けるんじゃないかい?」


 と、不思議そうな顔をするクロエ。


「実は俺たちは、とある人間の誘拐事件と殺猫事件の謎を追っている。事件と関わりのある人間や誘拐された被害者を探して島中を探索したが、それらしい情報が見つからない。もしかすると、北部の周辺をうろついているかと思ってな」


「殺猫事件? それはまた、穏やかではないね」


 眉を顰めるクロエに対し、若はこれまでの経緯をざっと説明した。


 彼女は虎丸の境遇に対してとても同情的で、身を乗り出すようにして話を熱心に聞いてくれた。


 虎丸が幼くして唯一の肉親を失ったことや、同居人を誘拐されただけではなく、兄の虎徹が何者かに殺害されということを知り、涙もろい所があるクロエはショックを隠し切れなかった。


「ぐすっ。そんな小さな子がねぇ……。なんて可哀想に……。いやいや、こうしちゃいられないよ! 一刻も早くその殺猫犯を探し出して、仇を討たないと!」


「そうだ。それで事件のことを知っている町長を探しているんだが、足取りがつかめなくて困っていてな。西部も東部もくまなく探したが、町長の足取りについては情報が出てこなかった」


「それは妙だね。誘拐事件があったのは、駐在所なんだろう? 人間を抱えてその辺を歩いていたら、野良猫あたりが目撃してそうじゃないかい? なんで北の方を探そうとしているんだい?」


「事件当日の深夜、南東の海の家の近くの桟橋から町長が小型船に乗り込む姿を周囲に住む野良猫が目撃している。その時、奴は人間らしき大きな荷物を抱えていたそうだ。目撃者曰く、町長は毎晩同じ時間に船を出し、明け方前に帰って来ていたっていう話だ。ところが昨晩、出港したっきり家に帰ってきていないということが分かっている」


「船で島の外に逃げ出したんじゃないかい?」


 と尋ねるクロエ。若は首を振って答えた。


「いいや。あの船は小さすぎるから、遠くに行くのはムリなんだとよ。海を渡ってよその陸地にたどり着くのは到底不可能って話だ。かといって、警察がウロついている中、足が付く連絡船を使って島外に逃亡するのも難しいと思うしな。自分が犯人だって宣言するようなもんだろ? というわけで、奴がまだこの島のどこかにいるんじゃないかと思ってな。朝からずっと探してるんだ」


「ふむふむ、じゃあ、その町長って奴の行き先が北の方じゃないかと思っているのは、南の方で船や町長を見かけた猫が一匹もいなかったからかい?」


「それもあるが、そこの寺に住んでいる坊主から得た証言も大きい。俺たちは、町長が小型船に乗って北部の周辺にやってきていた可能性が高いと考えている。もしかしたら、クロネコ団の奴らが何か有力な手がかりを持っているかもしれない。それであいつらに聞き込みをしたいんだが、伝手がなくて困っていたところだ。婆さん、虎丸のためにも俺たちに協力してくれないか?」


 若のお願いに、クロエは胸を張って答えた。


「ああ、ここはアタシに任せな! 今はしわくちゃのおばあちゃんだけど、昔はクロネコ団のドン……じゃなかった、マドンナと呼ばれて一世を風靡したもんさ。私の口添えがあれば、快く協力してくれるはずだよ」


 クロエの言葉に、一行は安堵の息をついた。


「そいつは有り難い。ところで、婆さんの住んでいる所もクロネコ団の縄張りにかなり近いが、このあたりで最近変わったことはなかったか? 船のエンジン音がしたとか、見慣れない人間がウロついていたとか」


 クロエはおっといけない、と舌を出して見せた。


「そうだったね。気が動転して、重要な情報をすっ飛ばしてしまったよ。先にあの船の話をしなくっちゃ」


「なに、船だと!?」


 食いついてきた若たちをみて、クロエはニヤリと得意げな顔をして見せた。


「少し前から、妙な噂が流れているようだよ。夜遅くに見たことがない小型船が、廃鉱山の周辺に頻繁にやってくるようになった。そんな話をクロネコ団の昔なじみから聞いていてね。あんたたちの話から、もしかしたらその船は、町長って奴が乗っていたんじゃないかと思ったんだよ。噂によると、月の出ていない真っ暗な時間帯を狙うように、その船は廃鉱山沿いを東から西へ、北の海岸沿いを反時計回りに回ってやって来るそうだ。真っ暗な船影を見て、あれは何か不吉な前触れではないかと騒ぐ奴らも多数いるらしい」


 ここで、クロエはぐっと声のトーンを落とした。


「というのも、あの船が現れた日は、どうにも妙なことが起こるんだ。海から気色悪い臭いが漂ってきたり、小動物が騒ぎだしたり。野ネズミなんかが、猫の脅威を忘れて住処からゾロゾロと飛び出して来たりね。このあたりでも、潮風にほんのり妙な臭いが混ざっているように感じるよ。海寄りに住んでいる黒猫たちの話だと、人気のない海岸から、微かにボソボソと会話するような声が聞こえてくることもあるそうだ」


 クロエの話は、まるで怪談のような様相を呈してきた。


 ハカセはブルブルと小刻みに震えながら、我慢してその証言に耳を傾けている。


「そ、そそ、その。クロエさん。不審な小舟が廃鉱山の周辺をうろついていたということですが、どこに向かっていたんでしょうか」


 と、震えながら尋ねる。その問いに、クロエは答えた。


「あの船の行き先は、廃港じゃないかって話だよ。あの辺りにはずっと昔、人間どもが使っていた港があるんだよ。今は放棄されて全く使われていないようだけどね。クロネコ団の連中は、あの船はそこにやってきているんじゃないかと噂していたよ」


「そんな場所にやって来て、何をやっていたんだ?」


 いぶかしがる若に、クロエは肩をすくめて見せた。


「さぁね。廃港周辺では餌が取れないし、波が激しく打ち付けているから、猫は一匹も住んでいないのさ。だからあの船が停泊したところを見たものがいるわけじゃないし、確実にそうだ、とまでは言えないよ。まぁ、海岸へ降りるための階段はクロネコ団のアジトのすぐ横にあるし、聞き込みついでに調べてみる価値はあるかもしれないないね」


「ああ、その船が町長と関係しているかだけでも知りたいからな。ぜひ案内してくれ」


「あいよ! その代わり、アタシもその敵討ちって奴に参加させてもらうよ!」


 闘志をむき出しにしているクロエを見て、若はボソッと小さくつぶやいた。


「……年寄りの冷や水」


「あぁん? 何か言ったかい?」


 というわけで、不気味な船の噂について詳しく聞き込みをするべく、彼らはクロネコ団のアジトへと向かったのだった。

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