12 黒猫を知る者

 公民館に向かう道すがら、駐在所へ立ち寄った若たち。


 虎丸の護衛に当たっていた野良猫たちに話を聞いたところ、よほど疲れていたのか、ぐっすり眠っているとのこと。


 起こすのはかわいそうなので、そのまま休ませておくことにした。


 若たちは駐在所の前を南北に走る道路を渡り、向かいの公民館へ直行する。


 屋敷の庭以外に出たことがないミルクだったが、ペルシャの血が濃い猫にしては珍しく普段から活発に遊ぶ子なので、体力的には全く問題なさそうだ。


「お父さんったら、心配性すぎてわたくしを外に出してくれませんの。でも、テレビはいつも見ていますから、外のことは色々知っていますわ。交通事故は怖いですからね。よく見て横断しないと」


 彼女は慎重に周囲の安全を確認してから、恐る恐る道路を渡っていた。


 公民館にたどり着くと、幸いまだ開館時間中だった。


 ハカセは、探検に夢中になっているマグロをやんわりと急かす。


「夕方になったら、閉館のために猫は追い出されますからね。聞き込みは手早く終わらせましょう」


 ここは食品を扱っている店ではないので、猫がうろついていても島民たちは特に気にかけることはない。


 猫たちはこれといって咎められることもなく建物内に入った。


「というか、俺、ミケ姐さんって奴の顔知らねーんだが。たぶんメスの三毛猫だよな。この中に面識ある奴いるか?」


 全員が首を横に振る中、マグロだけは心当たりがあるようだった。


「あ、そういや、一度だけ話したことがあるよ。ここ、ボクの寝床がある漁協の近くだし。といっても、道先でちょこっと世間話をしただけで、ずっと前の話だから向こうは覚えてないかもなぁ」


 ハカセは羨ましそうな顔でマグロを見た。


「マグロさん、誰とでもすぐ仲良くなっちゃいますもんね。友達と楽しそうにおしゃべりしてると思っていたら、実は初対面の知らない猫だったりしますし。そういうところ、本当にすごいと思います」


「でしょでしょ? もっと褒めて~」


「こら! アホ言ってないで、とっとと来い! ツラ知ってるお前がいないと探せねぇだろうが!」


 ゾロゾロと連れ立って歩く彼らは、自分たちが人間の熱い視線を受けていることに気付いていなかった。


 へイゼルの鋭い眼光が印象的な、キジトラのハチワレ猫。


 琥珀色の瞳が眼鏡のような白い模様に縁どられた、一風変わった柄の白黒ブチ猫。


 青い目をした愛くるしい顔のシャムの美猫。


 犬と見間違えるほど大柄で、クリクリとした人懐っこそうな青い目をした茶トラ猫。


 エメラルドグリーンの宝石のような目に、ふわっふわのクリーム色の毛皮を持つゴージャスなペルシャ猫。


 そんな千差万別な猫たちがゾロゾロと連れ立って行動しているわけだ。ここに猫愛好家がいたならば、この愛らしい探検隊に狂喜して、彼らの道程を邪魔していたかもしれなかった。


 しかし、幸いなことに公民館の職員や利用客は節度を持って猫たちを見守っていた。スマホで写真を取ったり、話題に上らせたりはするけれども、猫たちに無暗に触ろうとはしなかった。


 人間より猫の数が多いのでは、と言われるこの島では、猫に強い執着を示す住民は少ない。もはや日常の一部になってしまっているので、猫が集団で行動していても普通のこととして流されてしまうようだ。


 おかげで探索はスムーズに進み、探していた猫をすぐに見つけることができた。


 一番暖かくて居心地が良さそうな場所に、猫専用と思われるちょうどいいサイズの座布団が用意されている。そこに妙齢の三毛猫が、子猫とともにくつろいでいた。


「こんにちは~、ボク、マグロ。みんなの言ってたミケ姐さんって、君のことだよね?」


 マグロがのんきに声をかけると、その猫は何事かと体を起こして臨戦態勢を取った。どうやら、知らないオス猫だらけなのを見て警戒しているようだ。


 子を持つ三毛猫は、低く唸って見知らぬ来訪者をけん制している。


 しばらくにらみ合いが続いたが、三毛猫はそこにメス猫が1匹混ざっていることに気付いた。


 育ちが良さそうなお嬢様と言った感じの、同年代のペルシャ猫。目が合うと、ケンカ慣れしていない彼女はビクッと肩を揺らし、目に涙を浮かべてプルプルと震えだした。

 

 まるで三毛猫の方がいたいけな彼女を虐めているかのようだ。


 そんな反応に毒気を抜かれた三毛猫は、とりあえずむき出していた牙をしまってマグロに挨拶を返すことにした。


「……こんにちは。私はミケ。で、私に何かご用かしら?」


「実は、缶切りの失踪事件について調査しているんだ。今朝、浜に上がった猫の死体が上がったろ? あの事件、どうも誘拐された飼い主を捜しに出たせいで返り討ちにあったみたいなんだよね」


「まぁ! なんてこと。……でも、それと私に会いに来たことと、いったい何の関係が?」


 いぶかしげな顔をするミケ。


「この辺でクロネコ団に詳しいのは、君くらいしかいないって聞いたから」


「まぁ! よそ者だからって、黒猫たちに猫殺しの嫌疑をかけるなんてひどいわ!」


 激怒した様子のミケに、慌てて弁解するマグロ。


「ちがうちがう。クロネコ団が悪事に関わっているってことじゃないよ。誘拐事件の犯人らしき人間は特定できたけど、島中探し回っても見つからなかったんだ。あとは北のクロネコ団の縄張りくらいしか調べる場所がなくってさ。でも、クロネコ団のことを知っている奴がいないから困ってるんだよ」


 タイミングを見計らっていた若が、マグロの話に補足を入れた。


「あっちのボスに挨拶もなく、クロネコ団のシマをうろつくわけにもいかないだろ? 内情を全く知らずに引っかき回すのは避けたい。それでアンタに会いに来たってわけだ。この辺でクロネコ団に詳しい奴は、アンタ以外にはいないって話を聞いたもんでな」


「うーん、でも私、そんな有益な情報は持ってないと思うけど……」


「全く何も情報がないよりは助かる。調査の役に立つかどうかは別として、クロネコ団について知っていることがあれば、何でもいいので教えて欲しい」


「クロネコ団の今のボスは、クロベエっていう名前の雄の黒猫よ。クロネコ団は黒猫以外とは交流を持たないみたいで、私もクロネコ団の猫たちに直接会ったことはないの。私が彼らについて色々な話を知っているのは、昔クロネコ団に所属していた黒猫のお婆さんと仲良くしているからなの」


「お婆さん?」


 たんぽぽがキョトンと首をかしげると、ミケは「ええ」と頷いた。


「クロエって名前のおばあちゃん猫で、昔はクロネコ団の一員として暮らしていたんですって。今は飼い猫として悠々自適に隠居生活を送っているみたい。ほら、島の北西のあたりに寺があるでしょ。そこから北に続く坂を登ったところにある、猫島斎場で人間と一緒に暮らしているの」


「へぇ、寺の向こうは縄張りの外だから行ったことがないな。そのばあさんも、他の黒くない猫と折り合いが悪いのか?」


「いいえ。黒くない猫にも親切で優しい方よ。実は私、個人的な事情でクロネコ団について調べていて。それで、鉱山を出た唯一の猫である彼女に何度も会いに行ったの。他に話を聞きにいける黒猫がいなかったから」


「そういや、黒猫ってこの辺で一匹も見ないよね」


 とマグロが不思議そうな顔をすると、ミケは悲しそうな顔で答えた。


「彼らはみんな廃鉱山で暮らしているの。昔色々あったせいで、この島の黒猫は人間を憎んでいるし恐れてもいる。だから、人を避けるために北部の廃鉱山で暮らしているわ。あの場所には人間が作った建物がたくさん残っているようだけど、どこも荒れ果てていて、雨風がしのげる建物は少ないそうよ」


 そう言うミケは、物憂げにため息をついた。


「クロネコ団は、飼い猫や港の周りで暮らす猫と違って、食べ物を集めるのに苦労しているみたい。野山で小動物を狩って暮らしているから、当然よね。最近は親切な人間が食べ物を持ってくるようになって、暮らし向きが良くなったそうよ。その人間が来るまでは、獲物が乏しい冬にはその年に生まれた子猫がたくさん死んでいたみたい。最近は多くの黒猫が冬を越せるようになったと聞くわ」


「あ、それそれ! 多分それがボクたちの探している失踪した人間だよ!」


 マグロの言葉に、ミケはショックを隠せないようだった。


「そんな……。この島で唯一、黒猫を迫害しない優しい人間なのに。たくさんの黒猫たちの命を救った善人が、そんな事件に巻き込まれているなんて……」

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