11 新しい仲間(猫)

 その日記には、丁寧な筆跡で平凡な日々の暮らしや公務について、事細やかな記録がつづられていた。


 記載された内容から、町長が猫島の過疎化に頭を悩ませていたこと、町おこしのためにできることがないか必死に模索していたことが伺えた。


 若者のUターンを支援する企画や島外からの移住プランを用意するなど、色々と手を尽くしていたようだが、失敗の連続だった。


 不便な離島ということもあり、どの試みも上手くいかなかったようだ。


 そんな感じで、ごく平凡な日々が繰り返される中。


 今からちょうど1ヶ月前を境に、その内容に大きな変化が見られるようになった。


 日記から公務や日常生活に関する記述が消え、代わりに夢の話ばかり書かれるようになったのである。


 震えるような文字で、おぞましい悪夢に関する記載が重ねられていく。


 彼は毎日のように、泥の中で目覚めるようになった。自分でも説明できないような恐怖を感じ、もがく様に必死でその場から逃げようとしていた。しかし、どれだけ走っても暗い泥の中から抜け出せなかった。


 そのうち、夢の内容は悪化した。巨大で気持ち悪い生物が出てくるようになった。


 それらの生物は自らを「深きものどもの神」と名乗った。おぞましい外見をした巨体を表すのに、適当な言葉など考えもつかない。ただ、名状しがたき恐ろしいもの、としか。


 恐れおののく猫島町長に対し、2体の巨大な化け物はこんな提案をしてきたのだった。


「我々の使いである異形のものと混血して、子供を増やせ。そうすれば、この島で魚が山ほど取れるようにしてやろう。金銀宝石もたっぷりくれてやろう。さぁ、お前の娘を我らのしもべの妻として寄越せ」


 冗談じゃない! こんなおぞましい姿をした化け物の使いなど、ろくな生き物ではあるまい。


 得体のしれない化け物と島の人間を交雑させるなど、検討する余地もなかった。


 いくら島のためとはいえ、若い娘を犠牲にするなんてことはできない!


 と、最初は彼らの申し出をキッパリ断っていた町長だったが。


 そんなまともな価値観を持っていたはずの彼の考えは、日を追うにつれてだんだんと怪しくなっていった。


 猫島町長は眠らないように頑張っていたが、目を閉じるたびに恐ろしい巨大な生物がチラつくのだ。眠れば必ずあの化け物の夢を見る。


 こうして精神的に衰弱しきった町長に対し、その恐ろしい存在は追い打ちをかけてきたのだった。


 奴らは、町長にとって生まれ育った大事な故郷である猫島が無人島になる様を、毎日のようにリアルな夢で見せつけてきた。


 全ての住人が島を捨てて去る姿を見て、町長は「待ってくれ」と追いすがったが、誰一人として振り返ることはなかった。


 このような幻覚で町長を苛む奴らは、何度断ってもしつこく「娘をよこせ」と唆してくる。そして、最初の頃に見られたごく常識的な考えは少しづつ揺るぎ始めた。


 正気を容赦なく蝕んでくる恐ろしい悪夢。完全に精神をやられた猫島は、更に狂った様な内容の日記を書くようになった。


 記された日記の最後の辺りでは、まるで別人のような考えが綴られていた。


 この島の未来を守るためには、化け物に若い娘を差し出すしかない。高齢化が進んだこの島で、唯一の若い女性である斎藤ひな子を。


 悪夢の果てに、そんな狂った考えに取りつかれてしまったようだ。


 また、町長はこのような悪夢を見るようになった原因について、海岸で拾った不可思議なガラス玉が元凶ではないかと考えていたらしい。


 何度も壊そうとしていたが、しかし、引き込まれるような美しさのとりことなった彼には、どうしても壊すことができなかったという。


 最後のページに、酷く乱れた字でこのようなことが書かれていた。


          †


  召喚の儀式に成功したが、とんでもないことが起きてしまった。


  ああ、なんということだ!


  私はあの茶トラの猫を助けることができなかった。


  まさか飼い主を助けるために、こんな場所まで追いかけてくるなんて。


  それを、あいつが槍で刺して殺してしまった。


  私はやめてくれと何度も言ったのに。


  ああ、あれは夢に出てきた奴らと同じくらい、恐ろしい姿をした生き物だった。


  あの魚のような面といい、ギョロッとした目つきといい……。


  正視に耐えかねるほど、おぞましい生き物だった。


  あいつは鋭い爪で猫を何度も引っかいて、槍で突き刺した。


  しかし、あの猫は致命傷を負っても、最期まで戦うことをやめなかった。


  なんて愛情深く、勇敢な子なのだろう。


  あんな化け物にたった一匹で立ち向かい、深手を負わせて追い返すとは。


  しかし、あの一件で、この島はあの恐ろしい神の怒りを買ったかもしれない。


  あれは私が意図したことではない。事故、事故なんだ!


  もう一度、あの儀式を成功させなければ。


  一刻も早く、使いを呼び戻して弁明をしなければ。


  上手くいくかは分からないが、イケニエを差し出せば何とかなるかもしれない。              

                   

          †


 ハカセのおかげで日記の概要を知った猫たち。


 彼らは半信半疑といった様子で顔を見合わせた。


「なぁ、これ、本当の話だと思うか?」


 若はう~ん、と唸るように言った。


 その問いに、ハカセは思案顔で答えた。


「化け物を儀式で召還するなど、にわかには信じがたい話ですし……。それに、日記を読む限り、町長はかなり錯乱していたようです。現実的に考えるなら、彼の不思議な体験は全て幻覚の類かと。とはいえ、死体のひっかき傷や腹にあった傷……。日記に書いていあった状況と、ぴったり符号するんですよね。槍で刺されたのなら、確かにああいう形の深い傷がつくと思いますし」


 死体の様子を思い出してしまったのか、ハカセの顔色は見る見る青くなった。


 しまいには毛玉か何かを吐きそうな音を出し始めたので、たんぽぽは大きな手でその背中をさすってやった。


 仲間が騒いでいるのを尻目に、マグロは首をかしげて疑問を口にした。


「もしかして、町長が家に帰ってきてないのは、その儀式ってやつをやってるからなのかな? でも、漁船より小さな船みたいだったし、この島から出て島や陸地につくのは無理なはず。船なんか使って、一体どこに向かったんだろう?」


 若はフンと鼻を鳴らした。


「さぁな? ……にしても困ったな。西部、東部の目ぼしい場所は調べ尽くしたはずだが、町長の足取りがさっぱりだ」


 吐き気をこらえたハカセは、気乗りのしない様子で言う。


「後は北部くらいですかねぇ? でも、クロネコ団はよその縄張りの猫たちと一切交流がありませんし。自分としては、あまりいい考えとは思えません。何も情報がない場所に行くのは危険すぎるのでは?」


 その言葉を聞いたたんぽぽは、ふと思い出したような顔をした。


「そういえば、確か公園で会ったブチ猫が、こういうことを言ってなかった? クロネコ団のことに詳しいのは、西部じゃ公民館のミケ姐さんくらいしかいないって。ミケ姐さんってのが誰かは知らないけど。おれ、公民館の場所なら知ってるよ」


「公民館っていうと、西部の東端、大通り沿いにある建物だったよな? 確か、道路を挟んで駐在所の向かいにあったはずだ」


「うっそ~、せっかく東の端っこまで来たのに、また戻るのぉ?」


 ブーブーと不満を垂れるマグロ。


 ハカセはチラッと窓の外を見た。


 まだ空は赤くないが、弱ってきた光が昼をとうに過ぎたことを伝えていた。


「さぁ、急いで戻って聞き込みをしなければ。うかうかしていたら、夜になってしまいます。北の方は街灯がなくて暗そうですし、早く早く!」


 暗がりがちょっと苦手なハカセは、珍しく率先して動きだした。


 すぐにでもその場を立ち去ろうとする一行を見て、ミルクは慌てた様子で懇願した。


「ぜひ、わたくしも同行させてくださいませんこと? 不器用で高い所に登るのは苦手ですし、役に立てるか分かりませんけれども。体力には自信がありますし、足手まといにならないように頑張ります。ついて行けないようなら置いて行って構いませんので、どうか」


 あからさまに心配そうな顔をする若。


「いや、あんた箱入りのお嬢様だろ? 外に出たりして大丈夫なのか?」


 ミルクは恐ろしい唸り声をあげると、フシャーと本気の威嚇をした。そして、意気軒昂とした態度で鼻息も荒く言い返す。


「随分と見くびって下さいますのね! 見てらっしゃい、絶対に最後までついていってみせますわよ!」


 もはや説得の余地はなさそうだ。勢いに押された若は、彼女の同行を認めた。


 マグロはニヤニヤしながら、彼らのやり取りを眺めて楽しんでいた。


「あーあ、若ちゃんったら、尻に敷かれちゃって」


「あぁん? 何か言ったか!」


 かくして5匹は公民館へと向かったのだった。


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