第24話 残滓

 恵三は座標を田中と共有したあと、車を路肩に止めてスレッドを生成してアドレスを経由してデバイスの操縦席=マスター機へ、マスター機からスレイブ機=汎用デバイスそのものにアクセスをする。


 既視感=あの日の焼き直しのような街中での追走劇。


 自我のインストールを行い、本体は管理モードへ。三機のデバイスが起動/どこかの狭い部屋の中/壁面の模様と部屋の細かな振動からトレーラーの中だと分かった。デバイスを動かしてトレーラーのトランクを内側から開ける。


 既に陽が落ちかけている/差し込む赤光でモニタが視界不良──瞬時にOSが環境への適応を行い光度を調節する。デバイスの膝を伸縮させ、恵三は流れていく道路の上に降り立った。

 現在位置=犯人の座標まで目前の位置。各地へばらけさせていた部隊の中から距離が近いものをキャスパーが選んで手配したのだろう。本人の人格はともかく仕事ぶりには文句がない。


 デバイスのスペックを確認する。出力/消費電力/運動性能/武装──ブレードとアームに内蔵のライフルだけだが、クラップス社の既製品だけあっていずれも高水準だった。少なくとも町工場ハンドメイドのキメラデバイスに性能で後れを取る部分はない。


 複製された恵三たちの操るデバイスが隊列を組んで道路の中央分離帯を踏み越える。一足飛びで車線と通行中の車を飛び越し、アームから射出されたアンカーを打ち付けて高層ビルの壁に取りついた。


 そのまま、アンカーの射出と切り離しを都度繰り返してビル壁を垂直に駆け上がって屋上に出る。転落防止用のフェンスを足蹴にしてひしゃげさせながら次の建物の屋上へ飛ぶ。高度を段々と下げながら目標地点へ。


 眼下に捉えた犯人の操るデバイスがアームを前に出して内蔵された銃を構えている。


 射撃用のプログラムで制御された銃口は走行中だろうとブレない。5.66ミリの弾丸がハイヤーのタイヤを正確に貫いた。


 グリップの利かなくなったハイヤーが制御不能に陥り、他の一般車に衝突して巻き添えにする。


 速度の落ちたハイヤーに飛びかかろうとする犯人のデバイス。そこに向けて恵三は自分のデバイスを降下させる。


 上空から銃弾をばらまいて牽制しつつ着地。足を止めて飛び退った犯人とハイヤーとの間に割って入った。街中で武装した汎用デバイス6機が対峙する。


 犯人が言った。『あの日のやり直しってわけだ』

 恵三が勧告する。「武装解除して投降しろ」


 対峙も束の間、同時に動いた。数に限りがあるうえにNATO弾ではデバイスの装甲に対して致命打になりにくい──お互いにブレードを構えての近接戦闘がメインになる。


 交通規制と避難警報で人も車も蜘蛛の子のように散っていく。街中にぽっかりとできた静寂の空間を、人型の機械の駆動音が切り刻む。


 それがたとえ一瞬だろうが数的有利を作り出すための位置取り勝負──装甲の隙間である関節部位を狙って突き出されるブレード/防御したデバイスとは別のデバイスが反撃に転じる/反撃したデバイスを狙うさらに別のデバイス/横っ面に射撃を行って接近を阻もうとする/装甲で弾きながら接近を目論む。


 ひとつのアクションがひとつのリアクションを呼ぶ。そのリアクションに反応してさらにアクションが発生する。金属の足で踏みしめられたアスファルトや縁石が削れ飛び、破片で人のいなくなった商店のショーウインドウを傷だらけにしていく。


 同じ技術/同じ思考を持つからこそ起こった動的な膠着状態。恵三は、目の前の相手が自分であることを確信していた。


 6つの機体は絶え間なく動き続ける。正面を切っての激しい乱打戦にも関わらずどの機体も脱落しない=まるで決められた演目を行う俳優。観客は、この状況でも呑気に建物上部から手持ちのスマートデバイスで撮影する一般人。


 一分続いた膠着にようやく変化が訪れた。両者の差──機体の差が表面に現れる。犯人側のデバイスの動きが鈍っていく。稼働時間超過による電力不足──対して恵三の方は、先ほど起動したばかりでバッテリーには十分な余裕があった。


 恵三はアンカーを射出し、相手側の一機のデバイスの脇腹に命中させた。モーターを全力で回転させてバランスを崩す/そこに斬りかかる別のデバイス。


 右の股関節に突き入れられたブレードによって、犯人のデバイスのうち1機が移動不能状態に陥る。


 これで三対二──戦況はほぼ完全に自分の方に傾いたとみて、恵三が改めて言った。


「何があったか知らんが、統合されるつもりがあるなら戻ってこい。そうじゃなけりゃこのまま消すことになる」


 電子音。犯人が笑った。


『その物言い。お前、自分がオリジナルだと思ってるな?』


 犯人側の残り2機のデバイスが大きく飛び退った。次の瞬間、足を殺されたデバイスが、何の前触れもなく爆発した。


 正規品ではありえない武装──カスタマイズ機だから許される暴挙。


 恵三の反応は遅れた。爆心地の間近にいたせいで恵三の機体は三機とも吹き飛ばされ、建物の壁に打ち付けられてセンサー類に異常をきたす。


『こうも見事にひっかかるとは、自分のことながら呆れるぜ。勝算もなしに勝負にのっかるわけないだろ』

「おい、待て、今のはいったい──」

『時間稼ぎに乗るわけないだろ間抜け』


 恵三のデバイスを行動不能にしようと迫ってくる犯人のデバイス。


「そうだな。間が抜けているにもほどがある」


 その背後に、地を這う黒い影が飛び込んできた。前足から30cmのブレードを伸ばした犬が、的確にその足首を両断する。


 恵三はかろうじて制御の戻った1機のアームを敵に向け、アンカーを射出した。クローが敵機に噛みつき、自由を奪う。


 動きを制限された犯人の機体が両腕に仕込まれたライフルを撃ちまくる。それを嘲笑うように地面に半円の軌跡を描いてレトリバーが背後を取る。首筋に突き入れられる前足のブレード=送電線を切り裂かれたデバイスが膝をつく。


『普通よぉ、こういうのってのは一対一が相場なんじゃねえか?』犯人がぼやいた。

「戦士としての心構えが不足しているな」田中が満足げに笑う。


 恵三は二つのスレッドを戻し、残りの一機で犯人の機体まで歩み寄った。


「おい、聞かせろ。さっきのは、どういう意味だ?」

『どうもこうもない。お前、過去の記憶がないだろう。俺のことに最初気づかなかったからな。今のお前の記憶は復元されたものだってことは知ってるか? じゃあ、その元になったものはどこにあると思う?』


 デバイスがぎこちない動きで左腕を動かし、自分のボディを叩いた。


『自分の頭の中に何が入っているのか見たことはあるのか?』


 いきなり空中に放り出されたような頼りない浮遊感。自分に過去の記憶がなく、都合よく日常生活を送るのに不足しないだけの知識やパイロットとしての経験だけ持ち合わせている理由──足元がぐらつく。


「佐藤」レトリバーが恵三のデバイスをまっすぐ見据える。「今、何をやるべきかに焦点を当てろ。世界とは今の連続なのだ」


 恵三は感覚を取り戻すために何度も車のシートの上の肉体でマットレスを踏みしめた。深呼吸──恵三は言った。


「おい、どうする?」

『どうするって?』


 デバイスの残骸から掠れた音声が鳴る。


「このままだとあんたは消える。俺と統合したいか?」


 相手は途切れ途切れに笑った。


『俺とお前の記憶は差分が多い。というより、絶対量が違う。お前が吸収されるのがオチだ。いや……少なくとも分割して数年が経っているわけだから、そっちもそれなりに経験を積んでる。となると、どっちがメインになるかは不明だな。吸収じゃなくて変質だと考えるのが妥当か』

「NoならNoと言えよ」

『こういう持って回った物言いが好きなのさ。お前も俺なら、分かるだろ? いや……別々に存在している時点でもう個別の存在か』

「なあ、聞いておくが、このまま消えるのは嫌じゃないのか?」

『ないことはない。だが、統合ではなく変質が起こるのなら、お前と一つになったところで俺の連続性は途切れる。それは消えるのとなんら変わりない』ノイズ/笑い声。『この怒りは俺のものだ。俺はこれを変化させたくない。誰とも共有したくないね』


 それきり黙り込む──言い訳も説明も無し。辞世の句。恵三は自分のデバイスを動かし、破損した各デバイスからCPUの取り付けられた基盤を引っこ抜いた。


 地面に放り投げる。折り重なる三つの板切れ。ひとつのたましい。それを踏み抜いた。


 何も起こらない。それきり。何かが天に昇ることもない。目に見えない電荷が霧散して、そこで佐藤恵三を模したデータだったものは終わった。


 恵三──自分がオリジナルだったと勘違いしていたコピー──は接続を切ってヘッドセットを外した。ぐったりとシートを倒した運転席に横たわっていると、見計らっていたかのように弥永から通信が入った。


『お疲れ様です』


 恵三は口を開こうとしたが、喉が渇いて声がでなかった。全身が汗だくになっている。ジッパーを開けてジャケットの前を開け、顔をぬぐった。この肉体の反応は本物だろうか。


『今日は、そのまま帰宅していただいて構いません。ただし、明日からは通常営業ですので、そこのところをお忘れなく』

「明日ですか」

『明日です。明日は等しくやってきます。大抵の人間には。あなたがどこの誰で、何者であろうと』


 恵三は何度か口をもごつかせてから、ようやく言った。


「明日が来たら考えます。諸々」


 弥永が笑った。


『ええ。今日は、お疲れ様でした』

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