第22話 事件の犯人

 二体の人型の機械と一人の女性が残像の見える速度で動き回っていた。鋼鉄と鋼鉄の衝突音の反響。乱れ飛ぶ家具とインテリアの破片。数分前まで品よく整った住まいだった空間の中央では暴風が巻き起こっている。


 4件目になるプロジェクト関係者の家──割肌のライムストーンをあしらった邸宅を訪問した矢先のことだった。突然の来訪にも関わらず柔らかい物腰で応対してくれた夫妻に対して弥永が事情を説明しようとしたところで、二階のテラスから派手な音を立てて何者かが家に侵入してきた。


 階段から駆け下りてきたレインコートを着込んだ二人/動かないでくださいとだけ言い残して加速した羽瀬川。彼女のブレードが侵入者たちのレインコートを切り裂き、衣服の下にある装甲が露になった。


 両手を前に出して腰を落としたカラテの構えからデバイスが手刀を繰り出す/押し込むようにブレードの腹でデバイスのアームを逸らして迅速の返し胴を放つ羽瀬川/剣を振り抜いた隙を狙って間髪入れずに飛んでくる二体目のデバイスの中段蹴り/羽瀬川は瞬間移動のようなスピードで後ろに下がって足首を撫で斬りに──目まぐるしく入れ替わる攻防。


 とてもではないが自分の手には負えない領域。半ばアトラクションを眺めるような気分の弥永湊の腕の中で、華奢な体が震えた。この家の持ち主の夫人、それと彼女が抱きしめた年端もいかない息子が青ざめた顔で小刻みに痙攣している。


 彼らの恐怖を和らげようと弥永は微笑んで見せたが、二人には周囲に気をかける余裕すらなかった。頭から血を流して気絶したままの父親の姿を凝視している。彼は避難する間もなく飛んできたガラス片を運悪く頭部に受けてしまった。致命傷には見えないが、傷の深さの程度は離れたところからでは分からない。


 倒れた男性に向かおうとするデバイスと、それを凌いでいる羽瀬川という構図。


 警察への通報と仲間への連絡を終えてやることのなくなった弥永は、この暇な時間を思索に充てた。


 自分が訪問した先を偶然にも事件の犯人も狙っていた? そのうえタイミングまで重なる? さすがにそれは奇妙だ。


 犯人は自分たちを追跡していた。自分たちを泳がせておいて、その行く先を狙っている。前回、モーテルでの襲撃では羽瀬川を相手に手間取ったことを考慮して、今回は二体も投入してきた。この状況、先だって佐藤が企業に事情を聴取しに行った時の状況に似ているように思える。


 そのような真似をする必要──自分たちに対する嫌がらせではないとするなら、犯人に目的はあっても、具体的な目標については知らない。それを自分たちに探させている。これなら、わざわざ佐藤に宇佐見賢介の名前を伝えたことにも納得がいく。


 羽瀬川とデバイスの攻防は一進一退のように見える。隙をついて抜け出そうとするデバイスと、防御に徹して機先を制する羽瀬川。


 彼女の持つ長刀は耳障りな音波を発している。超音波による振動──バターのようにとはいかないにしても押し当てれば鋼鉄さえ両断できる。事実、デバイスの装甲表面には傷が入っており、相手もそれを警戒してか無謀な突貫は行わない。対する羽瀬川の方も


『このまま助けが来るのを待てばいいと思ってるだろう?』


 男性と思わしき電子音声──デバイスの片割れが発している。弥永が口を開くより先に、その首元に何かが触れた。


 振り返る/レインコートを着込んだ汎用デバイス──三体目の。


『時間切れはそっちだったな。チャンバラに夢中になっててこっそり上から侵入したのに気づかなかったろう? さて、その物騒な姉さんは得物を手放してくれないか?』


 羽瀬川は天井を仰ぎ、音が聞こえるほど大きく息を吸ってブレードを放り投げた。離れた壁に突き刺さり、超音波がやむ。腰に残っている小刀を引き抜いて捨てようとしたところでデバイスが言った。


『鞘ごとだ。あんたなら棒切れでも危ないよ。ついでに隠してるものがあるなら、それもだ』


 羽瀬川はホルダーベルトを外してソファの向こう側に投げ、腕の中から格納式ブレードを取り出して腹いせのようにデバイスに投げつける。ブレードは固い音を立てて跳ね返り、円形のモダンな壁飾りを叩き割った。


 弥永が言った。「脅迫をする、ということは何か要求があるのでしょう?」

『あんたが持ってるデータを全部渡してもらおうか。そうすればこの場から消えることを約束する』

「データ?」


 デバイスの一体が肩をすくめる。弥永の首を掴んだ機械の手がきつく締まった。弥永の口は閉じるどころか、より回り始める。


「何か喋って少しでも情報を残す気はないということですか。では私が勝手に喋りますが、あなた方の動機は復讐、または義憤によるものですよね? 彼女の性格上、私腹を肥やそうとする類の人間に手を貸すことはないでしょうから。殺すべき対象がいるのは分かっているのにそれが誰かは分からない、つまりこれは特定の個人というよりはプロジェクトに対する恨み──」


 弥永の顔が叩きつけられるように床に押し付けられる。痛みと衝撃=視界がホワイトアウト。


『ハッタリだとは思わない方がいい』

「随分急いでいらっしゃるようですね」

「弥永さん!」


 羽瀬川が金切り声で叫んだ。弥永は持ち込んだキャリーバッグの方を後ろ手で指さす。デバイスの一体がバッグを漁り、中にあったタブレットに有線で接続した。中身を確認したのか、拘束が緩む。


「殺さないのですか?」

『約束は守るし、別にあんたを殺したいとも思わない。まさか、死にたいのか?』

「いえ、まさか」弥永は血を流して倒れたままの家主を見た。「彼はいいのですか?」

『そこのサムライに免じて見逃すよ。いや、本当にたまげた。脱帽だ。こっちも武装を制限していたとはいえ、二対一で凌がれた上に人質まで取らされるとは。正直なところ自信を喪失してる。いったいどんな改造を受けてるんだ?』

「ここで見逃したら阻止しに行きますよ」

『そうだろうな。好きにするといい。だから俺も好きにする』


 そう言い残してデバイスが後退る──羽瀬川を警戒している。階段から二階へ戻り、自分たちが破壊した窓から再び外へ。


 弥永は脱力して締め上げられた左肩を回す。緊張から解き放たれたせいで今さら冷や汗が出てきた。自分自身の鼓動がうるさい。危険な仕事──ときおり起こる、こういったトラブル。しかし、死の恐怖にはいつまで経っても慣れない。それでも止められない=暴走する使命感。


 デバイスの去った空間にすすり泣きが響き渡る。夫人かその子供かと思ったが、違った。羽瀬川がスーツの裾を握りしめて涙をこぼしている。


「どこか怪我を? いま警察と一緒に救急が来ますので──」

「ちがうんですぅ……私、自分が情けなくて……」羽瀬川が首を振る。「これしか取り柄が無いのに……弥永さんに怪我までさせて」

「いやいや、そこは誇ってくださいよ。羽瀬川さんのおかげでこの場は誰も死なずに済んだんですから」


 ようやく心臓が落ち着いてきた。コール音が鳴っていることに気が付いた弥永は応答する。


「もしもし?」

『あ、やっと応答しましたね』佐藤の声。『無事ってことでいいんです、ボス?』

「ええ、なんとか。でも、少しまずいことになりました。私の手落ちで犯人グループにプロジェクトの参加者リストが奪われてしまいまして。まさか残ったデバイスを全機投入してくるとは」

 田中が笑った。『何が悪かったかなど、全てが終わったときにこそ判明するのです。生きているなら過程でしかない。しかし、狙いはリストですか。となると、我々はうまく使われたということですかね?』

「恐らく。しかし、暫くは身を隠すと思っていたのですが……はー、読み違えました。こうまで立て続けに派手なアクションを起こすのなら、流石に警察や企業も本腰を入れてくるのでは? そうなれば本格的に人員が投入されて物量ですりつぶされるだけでしょうし、正直なところ犯人グループが目的を完遂できるとは──」

『ま、多分、時間が無いんでしょう』


 佐藤が言った──確信的に。


「それは、どうして?」

『複製された自我には生存期間が設けられてるんです。マシンパワーが許す限り無限に生成できるなら、そいつにあらゆるネットワークが汚染される』


 弥永は暫く考えて、首を捻った。


「すいません、おっしゃる意味がよくわからなかったのですが」

『犯人のことです。この自律兵器プロジェクトっていうのは要するに人間の人格を電子上に再現して元の人間と遜色ない動きをするパイロットを量産しようってのが目的だったわけですよ。肉体の存在しない、ね。データなので、やろうと思えばいくらでもコピーできる。だから、セーフティとしてコピーにはあらかじめ生存期間っていう死期が設定されるようになってます。普通は……長くて丸一日程度のはずなんですが、一体どうなってんのか。カスタマイズされてる、んですかね?』


 弥永は腕を組んで荒れ放題の家の中をぐるぐると歩き回った。事情通の佐藤/彼が出くわした事故/唐突に入った彼の弁護依頼=パズルのピースが次々に嵌っていく。


「少し、飲み込めてきました。つまり犯人はプロジェクトの被験者のひとり、ということですね? どういう経緯があったかは知りませんが、恨みを持つようになった。同じ被験者という立場なら佐藤さんと面識があってもおかしくはない」


 佐藤が笑った。


『そのプロジェクトなんですけど、二十人の被験者のうち、うまく動いたのは一人だけなんですよ。残りは頭がちょっとおかしくなったり、自殺したりで。そのせいでご破算になったんですがね』

「…………まさか」

『この事件、犯人は俺でしょうね。俺と同じ記憶を持ったデータ上の人間なので、正確には別人格ってことになるんですが』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る