第18話 @3

 その建物は江東区大島2丁目の工場が密集した地帯にあった。三階建ての吹き抜け構造になっていて、ざっと目で計算したところ2000㎡、外には外壁と専用の駐車場までついている。それなりの規模──作業はほとんどがオートメーション化されていて、クレーン、アーム、工作機械で埋め尽くされている。


 恵三は工場内をぐるりと歩き回ってようやく見つけた人間を捕まえて訊いた。


「すいません、私、警察のものなんですが」


 臨時で貸与された警察官の識別番号を提示する。恵三と足元の犬を怪訝そうな顔で見比べていた男は、唐突に降って湧いた厄介ごとをなすりつけられそうな他の誰かをオタオタしながら探して、やがて観念したようにこちらに向きなおった。


「えっと……なんでしょう?」

「あー、いえいえ、そんなに硬くならないでください。別にこちらの工場がどうこうってわけではなく、とある事件に使われた汎用デバイスのパーツのシリアルナンバーを調べたところ、ここに納入されたことが分かりまして。それで、購入者について情報を開示いただきたいのですが」


 事前に田中にレクチャーされていた通りの台詞を言うと、男がさらに慌てた。


「顧客の、ですか?」

「ええ。名前、住所、他にも何か特筆すべき情報があれば、それも」

「ちょっと待ってください、その、私の判断ではお答えできかねるというか……」

「では、その判断ができる人に聞いてもらってもいいですか?」


 作業員が慌てて工場の奥へと走っていく。慌てすぎて、作業用らしきタブレットを稼働中のマシニングセンタの上にほっぽり出したままだった。手持ち無沙汰になった恵三は両手をズボンのポケットに突っ込んでだだっ広い工場をぐるりと見まわす──忙しく稼働するベルトコンベア/プレス機/旋盤/アーム。


 むせかえる油と金属の臭いに我慢できなくなったラブラドールレトリバーがくしゃみをしながら通信を送ってくる。


『なあ佐藤、まどろっこしい真似はそこまでにしておいて、そこの、目の前に無造作に放置されているタブレットから情報を抜き取れないのか? 得意なんだろう、そういうのは?』

『警察に務めてたにしては順法精神が欠けてませんか?』

『器物破損や傷害は平気でやるくせに今さら窃盗の一つくらいで躊躇うとは、随分歪んだ倫理観をしているな』

『いやいや、あれは正当防衛が成立したり公権力の監督下でやったことじゃないですか。要するにあれらは合法で、田中さんがいま教唆してるのは犯罪ってわけです』

『なあ佐藤、物事の優先順位というものは流動的だとは思わないか?』

『まあ、実のところを言えば、ここで何食わぬ顔でハッキングしてハイさよならってやったところで良心は傷みませんが……実はですね、俺は今でも軍の観察下にあるんで、あんまり下手なことはできないんですよ。もしかするとリーチがかかってるかも』


 田中が頭を振った。そのせいで余計に金属くずが宙を舞う。


『日頃の行いというやつか。そういえば、だ。この件、初めは何やら巻き込まれたような顔をしていたが、ふたを開けてみれば、君が過去に踏み倒してきたツケが回ってきたようじゃないか?』

『そうらしいんですが……どうにも記憶になくて。しかし何というか、意外ですね』

『意外、とは?』

『ボスの指針? 理念? 田中さん、そういうものと反りが合わなそうだなと』


 恵三のみたところ、弥永奏は少なくとも体面は取り繕うタイプだ。


『何事も一から十まで、とはいかないものさ。だが、待遇には概ね満足している。目的も無しに日々を無為に過ごすのは堪えるからな。君も、その口だろう?』


 恵三は笑った。彼がスカウトされた経緯は容易に想像がつく。共感が生まれるのに、共に過ごした時間は必要ない。共通する過去さえあればいい。なぜ自分は弥永に付き従っているか──楽しいからだ。


『俺の方は、もう少し自分を誤魔化すのが上手かったですがね』


 去った時と同じように、作業員が律儀に駆け足でもどってくる。


「お待たせしてすいません、上役に確認して許可をもらってきましたので、番号をおっしゃってください」

「E0852376-R115」恵三は破壊したデバイスの足パーツのBIOSに記載されていた番号を伝える。

「……ありました。エムロードのパーツですね。こちらです」


 タブレットに表示された情報を記録──購入者は山下興産。千代田区に居を構えている。フリーの地図情報で確認すると確かに倉庫らしきものはあった。注文はおよそ三か月ほど前、納入は一週間前になっていた。


 恵三はご大層な機器の数々を見ながら言った。「こちらではメーカーから納入されたパーツをそのまま配送してるんですか?」

「そういう場合もあります」

「では、他には?」

「色々やってますよ。メーカーから受託してパーツの部品やそのものを生産することもありますし、お客の要望次第では各メーカーからパーツを取り寄せてから組み上げることもありますね。それ以外だと、修理なんかを」


 作業員が指さした先では車のシャシーがクレーンから吊り下げられていた。


「なるほど。組み上げっていうのは、一式を送ってもらってこちらの工場でやるんですか? わざわざそんなことをしなくても、メーカー側で直接完成品を購入すればよさそうなもんですが」

「純正品ならそうなんですが……」作業員がやや言葉を濁した。「その、中には通ぶって違う会社のパーツを組み合わせてカスタマイズするお客様もいまして」


 恵三は笑った──戦地で部品が足りない場合などによくやった。そういうものを特集したマニアのサイトもある。


「互換性の問題でトラブルが起きるでしょう?」

 作業員はため息をつく。「あるあるですね。大体のメーカーは規格に則って各パーツを造ってはいるんで理論上は問題ないはずなんですが、やはり制御するプログラムが違うせいか問題は尽きませんね。注文を受けた際に動作保証はできないことを念押ししてはいるのですが、契約書を読まずに後からクレームを入れてこられることも度々あって頭を抱えていますよ。安い買い物じゃないでしょうに」

「この、山下興産なんですが、こちらにはパーツのみを?」

 作業員は首を振った。「いえ、一括ですね。ベースは霧島でヘッドパーツはアームストロング、腕と足がエムロードのものです。あとは統一感を出すために外装に手を加えてほしいとのリクエストがあったので、少し形状を変えています」

「もしかして、霧島の製品に似せるように言われました?」

 作業員がはっとした顔になった。「ええ、ええ、そうです」

「こう言ってはなんですが、ずいぶん怪しい注文のように聞こえますね。さっきの話だとカスタマイズは趣味人の注文ってことですけど、依頼したのは法人ですよね?」

「その……この工場の捜査ではない、とのことですけど」


 作業員はバツが悪そうな顔で手を揉み始めた。恵三は頷いた。正規の警官ではありませんしと思わず言いかける。


「製造メーカーに完成品の販売を頼む場合、これがなかなか審査が厳しいんですよ。性能にもよりますが、使い方によっては汎用デバイスはかなり危険な代物ですからね。ですけど、パーツ毎だったら面倒が少なく一式を揃えられるんです。きっちり組み立てるには設備や技術が要るので個人には難しいですし、ルートも限られるので思い通りの注文を何でもというわけにはいきませんが」

「こちらの工場は、それをやってくれる?」

「法的には問題ない、と聞いています」


 最後の方は消え入りそうな声──考えたものだ。例えばデバイスの腕や足を修理や換装の名目で各社に別々に注文し、後で組み立てて素知らぬ顔で動かす。恵三が見た限りデバイスの動作におかしなところはなかった。そうなると、パーツの相性にかなり詳しい人間の注文ということになる。


 そして外装を霧島の製品に似せた。いったい何のために──何らかの意思表示? 企業の存在を臭わせるため?


『佐藤』


 考え込んでいる恵三に田中からの通信が入った。


『なんです?』

『この工場、なかなか特殊なことをやっているように見えるが、これが普通なのか?』

『いや、かなり珍しいと思いますよ。多分、元企業勤めか何かの腕のいい職人が──ああ……冴えてますね。いや、俺がアホなのか』


 田中の質問の意図を理解した恵三は聞いた。


「すいません、これと似たような注文ってありませんでしたか?」


 凶器を失った犯人はどうするか。第二、第三の凶器を用意する。あるいは、既にしている。


「ありました。かなり特殊な注文ですので記憶に残っています。あの、黙っていたわけではなく、今お伝えをしようと──」

「配送先とその日付を教えてください」


 作業員はしばらくタブレットの画面を操作したあと、三つの住所を読み上げた。注文の時期もほぼ同じ──恵三は席を外し、高良の番号に連絡を入れる。


『佐藤です。メッセージを聞いたら折り返し──』

『……起きてる。正確には起きたところだが』


 徹夜明けで寝ていると思っていた相手が地獄の底から這いあがってきたような声で応答に出た。


『あー……寝てなくていいんです?』

『いい。ちょっと待ってろ』飲み物で喉がうごめく音。『言ってくれ』

『犯行に使われたデバイスですが、いろんな会社のパーツを組み合わせて作られたカスタム品だそうです。ついでに外見を霧島の製品に似せてくれって注文付きで。納入先は千代田区の山下興産って会社の所有する倉庫とのことでした』

『そこに出入りしてる人間のリストアップと、でかい荷物を運び出した形跡があるかどうかを調べてみよう。警察ながら街路に配置されてるカメラの映像を見ることができるからな。私有地内は難しいかもしれないが』

『で、同じような注文が他に三件。注文の明細をいま送りました』

『中野区江原町二丁目、目黒区上目黒一丁目、荒川区東尾久一丁目……全部で四機か』


 通信ごしの溜息。


『疲れてますね? カメラの映像をもらえたら、調べ物はこっちでやっておきますよ』

『いや、これは警察の──ああ、いや、そうだな……手配しておく』


 通話を終えた恵三は戻って作業員に頭を下げた。


「ありがとうございます。お仕事中どうもすみませんでした」

「いえ、こちらこそ。何かのお役に立てたのならよかったです」


 表に停めてある車のところに戻ろうとして、恵三は振り返った。


「ちなみになんですが、こちらで人型の汎用デバイスを注文するとしたら、値段はお幾らくらいになるんです? スペックは……そうですね、さっき見た注文と似たような感じで」


 作業員がタブレットにカタログを映してこちらへ画面を向ける。表示された値段に恵三は思わずのけぞった。比較するとしたら──ブランドの高級車。


「今回はちょっと都合が悪いんですが……もしかしたら注文に来るかもしれないので、そのときはお手柔らかにお願いします」

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