第17話 事件の構図 二つのライン

「ふーむ、宇佐見賢介ですか」

「もしかして、お知り合いですか?」

「いいえ、まったく。ただ呟いただけです」


 翌朝、事務所に出向いた恵三はソファで弥永と向き合っていた。来る途中のベーカリーで買ったホットサンドとトマトサラダを挟んでのパワーブレックファスト。


 彼女は終始興味深そうに報告に耳を傾けていたかと思うと、聞き終えるなり素早くノートにペンを走らせる。描きあがったのは事件に関わっている人間と組織名の関係図。クラップス/霧島/加藤/川島/宇佐見/犯人。そして犯人から欄外の佐藤恵三に伸びる矢印が一本。


 何がどうなっているのかまったくの不明。


 弥永がペンを置いた。「高良さんの方で何か仰っていませんでした?」

「状況がそれどころではなかったんであの場ではそのまま別れたんですが、後でメールが送られてきてました。着信の時刻を見るに、今頃は仮眠室か机に突っ伏して寝てるんじゃないですかね」


 弥永のアドレスに、高良からのメールにあったURLを送った。


 ニュースサイトのアーカイブ:自律型兵器に関する有識者へのインタビュー。受けているのは軍事高等研究財団の科学者=宇佐見賢介。


 兵器の国際共同開発フォーラムの記事:日付は数年前。壇上に立つ外務大臣とフラッシュをたくメディア。出席者の中にプロジェクトの主任研究員として宇佐見賢介の顔がある。


「名前から拾えた顔の画像で検索をかけてみたそうです。するとそいつが引っかかった。宇佐見賢介はとある兵器開発プロジェクトに携わっていたようです。で、まあ、一通り見てもらえれば分かるんですが、なんと共同開発してるメーカーっていうのが──」


 弥永の眼球が左右に素早く動いてスキャナーのように文面を舐める。


「クラップスと霧島重工」

「そうです。俺はてっきり、その2社は商売敵だとばかり思ってたんですが」

「企業にとって重要なのはシェア、技術、それに付随する利益ですからね。仮に因縁があったとしてもそのためなら軽く水に流せますし、宗旨替えもします」


 企業の変化していくイデオロギーを表現しているつもりなのか、弥永が人差し指を天井に向けてくるくる回す。


 開発に取り掛かったのは自律型兵器。兵器とひと口に言っても様々な種類がある。偵察に使うのか、物資の運搬に利用するのか、あるいは歩兵の代用にするのか──その規模やコンセプトなど詳細は一切が不明だった。部屋を出てから事務所につくまでの短い時間とはいえ、恵三の方でも続報について探してみたが、ついぞ見つけられなかった。進捗が問題なく進んでいるのか滞っているのかすら分からない。


「犯人の狙いがいまいちはっきりしませんね」


 一通りを読み終わった弥永が言った。恵三も頷く。一連の襲撃行為がクラップスと霧島の会社自体を狙ったものであれば、はなはだ非効率と言わざるを得ない。自由に使えるデバイスがあるのだから、こそこそと社員を狙い撃ちにするよりは、社屋に特攻でもかけた方がより大きなダメージを与えられる。


 こいつは殺す相手を選んでいる──それは間違いない。だとしたら、今日の襲撃は何が目的だったのか。霧島重工が恵三たちにつけた尾行に、偶然にも犯人のターゲットとする人物がいたのか。


 どうも違うように思える。恵三が見ている前で、人型デバイスは霧島のエージェントに手をかけた。そのまま頭を握りつぶすこともできたはずだ。だが、それをしなかった。無傷で捕らえたかった/ちょっかいをかけてみただけ/あるいは何かしらのパフォーマンス。


「犯人の残した言葉を信じるなら、この兵器開発プロジェクトが糸口になるんですかね? もしかすると、関係図に名前のある連中が芋づる式で引っ張れるかもしれない。しかし、なんでわざわざ情報を残したのか」

「もしかすると、調査を攪乱するためのまったくのデタラメである可能性も。あるいは、そうすることで何か自分に利がある。まあ、どうとでも考えられますね」弥永が二つ目のホットサンドを齧る。口元を手で隠し、咀嚼し終えてから言った。「佐藤さん、もうお食べにならないんですか? おいしいですよ?」

 恵三は両手を上げる。「手足がこれなもんで、食いすぎるとすぐカロリーオーバーするんですよ。そのくせ食欲は前のままなんで結構気を使うんです」

「なるほど、それは失礼しました。さて──川島さんご本人から直接話を伺えればいいんでしょうが、まだ会話できる状態ではないそうです。こうも立て続けに問題が起きるとなると、まごついてはいられないので何とかしたいところですが」

「あの……いいでしょうか……」


 今朝の事務所には珍客が来ていた。羽瀬川蓮花──どういうわけかフラ・ダ・リの用心棒が、物騒な大小2本のブレードを携えて弥永の隣に座っている。今まで所在なげに会話を聞いていた羽瀬川が、事務所の壁の方向を凝視しながら控えめに手をあげた。


「なんでしょう?」

「うちのお店って、基本的には紹介制なので……その、もしかすると……なんですけど、川島さんにご紹介した方だったり、逆に川島さんが、その、誘った人がいるんじゃないかなって……」


 弥永が笑って人差し指を立てた。さっそくタブレットを操って店のオーナーから貰ったデータを眺め始める。


「羽瀬川さんはどうしてこちらに?」


 恵三が尋ねると、特等席の専用カーペットの上で丸くなっていた田中が欠伸をするように顔を上げた。


「そういう話の運びになったのさ」

「そうなんですか」恵三は羽瀬川の方を向いて頭を下げる。「ええと、それじゃあ、よろしくお願いします」


 羽瀬川が頭突きのような勢いで頭を下げて、かろうじて聞き取れる程度の声でぼそぼそと呟いた。了解の旨を伝えているのだろうと恵三は思うことにした。


「それで、どうします?」恵三は弥永が置いたペンを掴み、関連図に今の報告では伝えなかったことを書き加えた。


 〝あの女〟──それと〝犯人〟とを線で結んだ。ペンを返す。


「やるべきことは変わりません」


 弥永はそれを受け取り、自分の名前と〝あの女〟を線で結んだ。


「と、言うと?」


 恵三は緩やかにペンを催促──〝弥永湊〟の名前と〝犯人〟を線で結んだ。


「犯行を阻止して、犯人を捕まえます」


 弥永は笑ってペンを受け取り、 〝弥永湊〟と〝犯人〟を繋ぐ線に〝×〟を書き加えた。


 ようやく構図が見えてくる。弥永と恵三、女と犯人の二つのライン。つまりこれは、どちらがより優れたプレイヤーであるか角を突き合せての勝負というわけだ。恵三はおどけたように目をつむって恭順の意を示した。


 弥永がタブレットを持ち上げた。「いくつかそれらしい名前が上がったので、食後のコーヒーが終わったら出発しますか。佐藤さんもいかがです?」

 恵三は手を上げた。「それなんですが、ついさっき高良刑事から新しいメールがきました。まったく、いつ寝てるんだかわかりゃしない──ああいや、それはそれとして、先日の活動停止したデバイスのパーツを調べたところ製造した工場がいくつか候補に上がったそうです。そっちから追うのもありかと。さすがに個人であの機体を作り上げるのはそうとうな手間ですからね。あ、コーヒーはいただきます」


 弥永の後ろ姿が鼻歌をバックにコーヒーメーカーにカップをセットする。「ここは効率よくいきたいところですが」


 朝の惰眠をむさぼっていたレトリバーが軽やかな足取りでソファにやってきた。同意を求めるように恵三を見上げてから言った。


「分かれて行動するのは危険では? 状況はかなり煮詰まっているように思えます。ここで戦力を分散すると大事になりかねない」


 コーヒーがドリップされるまでの間、弥永はステップを踏みながら物思いにふけっていた。トレイに、3人分のカップ/犬用のホイップクリーム/思案の結果をのせてやってくる。


「2:2で別れましょう。速度は大事です。大抵のことを解決してくれます」


 ボスの指示──反論がしっぽを巻いて逃げる自信に満ちた態度。誰からも口答え無し。


 弥永がコーヒーを飲みながら事務所の面々の顔を見比べた。どの組み合わせでいくべきか──羽瀬川が断崖絶壁に追い詰められたような顔で恵三の方をちらちらと見ている。人見知り極まれり。苦笑いする恵三を見て弥永は楽しそうに笑った。


「それじゃあ、羽瀬川さんは私と一緒にフラ・ダ・リの顧客を回りましょうか。佐藤さんには田中さんと一緒に工場の方をお願いします。この中で誰よりもそういったものに詳しいかと思いますので」


 確かに、武器については一家言ある。それが多目的デバイスのものに関してならなおさら。


「了解です、ボス」

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