第16話 第二ラウンド...2
デバイスに張り付かれて左右に暴走する霧島の社用車に、恵三は一番接近している監視車を斜め後ろから追突させた。
スピンする車体/中のエージェントによる銃での反撃/振り落とされるデバイス──空中での完璧な姿勢制御からの着地。ようやく異変に気付いた一般車が慌ててハンドルを切ったせいでガードパイプや植え込みに突っ込んで次々にクラッシュしていく。
デバイスは恵三の操っている方の車になど目もくれず、霧島の乗用車を追う。自分の手札──乗っている高良のものも含めて車が4台にほぼ生身の運転手が1名。
高良が決然と言った。「奴らを追うぞ。後ろのバッグを取ってくれ」
恵三は後部座席のボストンバッグに手を伸ばした。かなりの重さ──ジッパーを開ける。中身はポンプアクションのショットガンが2丁とボール紙の弾薬箱。
「あれと白兵戦する気ですか?」
トランクのへこみ方から見てデバイスの重量は100kgをゆうに越えている。ハンドガンの弾を悠々と弾く装甲/車を追えるほどの速度/ガラスを軽く粉砕できる馬力/加えて人間が操縦している──どんな猛獣より近づきたくない存在。
「マジな話、弾をまともに当てられるかどうかすら怪しいですよ。日本刀持って突っ込もうもんなら即ミンチです」
「そのジョークがどういうネタか分からん。映画か何かか?」
「いや、まあ、大した意味はないんですけど、ようするに距離はとってくださいってことです」
「分かってる。だが、近づかなけりゃ警告もできない」高良が警察署に連絡を入れる。「こちら高良。現在、武力衝突が起こっていることを確認。援護を求む。目標は高速で移動しているため注意されたし」
『────了解』
パトライトのおかげで車が脇に避けていく。恵三たちの乗った車が道路のど真ん中を突っ切っていく。恵三はシートを倒して寝転がった。
「ちょっと操縦に集中します。まともに反応を返せなくなるんで、運転は任せました」
体の制御機能を切って演算能力に回す。生成した新しい2つのスレッドを別の車に転送。周辺地図と位置情報から疑似的な俯瞰図を作成して4人の恵三で共有した。アタックはコピーに任せて本体はサポートに回る──手慣れた布陣。
≪4分割とはな。大丈夫なのか?≫
≪指一本動かせない。車載のしょぼいCPUを活用して何とかってところだ≫
≪無理はやめろよ。お前の脳が焼き切れたら俺たちの戻るところが無くなる≫
スレッドBがモーターの回転数を増やして速度を上げる。デバイスはジャンプで体当たりをいなし、車体を足蹴にして霧島の車に最接近を試みる。
≪あー、無理。車1台でどうしろってんだよ。体当たりしかできねえじゃん≫
≪いま向かってるから邪魔し続けろ≫
フェイントを交えてひたすらデバイスに体当たりを仕掛けるが、ジャンプで躱されて足蹴にされるだけで、まともに当てることができない。アタックにかまけてカーブを曲がり損ねたスレッドBのホイールが縁石を削る。
前を走る霧島の社用車が正面の赤信号を無視して交差点に飛び込む。追うデバイス──そこに時速124.7kmで側面から突っ込んでくるスレッドCの車。
デバイスは追突される直前、真横からやってくる車のボンネットに手をついて飛んだ。衝撃を受けがなして空中で側転。
がら空きの着地──追いついたスレッドBの車がそこを狙いに行く。
デバイスはアーム部分からアンカーを射出した。前方にある首都高の外壁をクローで掴み、ワイヤーをモーターで巻き上げて着地点をずらす。
≪先日の二の舞は演じないってことか≫無意識のうちに恵三たちの警戒レベルが上がる。≪もうひと捻り要るな≫≪真面目にやれよ≫≪楽しまなくてどうする≫
カーチェイスが続く──警察の交通規制の効果が出ているのか、道路は深夜のように空いている。恵三は警察の交通規制と渋滞情報からルートを予測し、CとDを最寄りのICから首都高へ上らせた。川越街道の254号をランデブーポイントに指定。
街道を下って北池袋ICにさしかかったところでスレッドBがバッテリーを使い切る勢いで速度を上げた。デバイスを追い越しにかかる。
その真上を走る首都高では、スレッドCとDが並んで車を走行させていた。前に位置するCがサイドブレーキと同時にハンドルを切り、リアを滑らせてサイドターンで前後を入れ替える/ギアをドライブからリバースへ。
国道ではスレッドBがこれ見よがしに尻を振ってデバイスの行く手を遮っていた──デバイスの対応=アームを車体に食い込ませて無理やり乗り越えようとする。
速度/角度/方角をソフトで計算。首都高でバック走から急停車したCのボンネットを踏みつけ、Dの車が飛んだ。
宙を舞うDの車。首都高の壁を越えた先の落下地点には、Bの車。その上には、ルーフに足をかけたデバイス。
鋼鉄のサンドイッチ。
衝突──破片が飛び散り、車体がバウンドして道路脇のディスカウントストアに突っ込んでいった。1tオーバーの金属塊に挟まれたデバイスは衝撃でバランスを崩し、転がるようにICのゲートにぶつかったあと動かなくなった。
用を為さなくなった車からスレッドを回収して統合──体を起こす。一部始終を目の当たりにしていた高良がクラウンを停車させながら大きく息を吐いた。
「……なかなか信じられん真似をするな」
「自慢じゃあないですが、俺より上手く人を轢けるやつにはそうそうお目にかかれないと思いますよ」
「本当に自慢にならない」
ショットガンを手渡される。警戒しながら車外へ出て、警察からの応援が到着するのを待った。
『いや、まさかもまさかだな』
電子音声──周囲を見渡した。声を発しそうな物体はひとつしかない。二人はいつでも撃てるようショットガンを目の高さで構えてデバイスを凝視した。
『なかなかしゃらくさい真似をする奴がいると思ったら、お前かよ』
恵三と高良はお互いに顔を見合わせた。
『お前の方だよ、佐藤恵三』
恵三は乾いた唇を舐めた。
「あんた、俺の知り合いってことか?」
『……まあ、そんなところだ。ああ、もしかしなくても、あのドローンもお前だったのか? 笑えるぜ。あの女め、隠してやがったな』
「その思わせぶりな台詞は、自白したくてしたくて堪らないって態度だと取っていいのか?」高良がじりじりと近寄ろうとする。
デバイスの操縦者が笑った。『迷ってるってところだな。いや、しかし、邪魔をされるのも気に食わないし……さてどうするか』
上空でヘリの音がする。恵三は十分に注意を払いながら空を見上げた。二台のヘリ──片方はオレンジ色の縦帯を巻いた空色と銀色のツートーン。もう片方は霧島のロゴ入り。警察と企業が同時にご到着──面倒なことになる。
『まあいいか。宇佐見賢介って男について調べてみろ』
「おい、どういうつもりで──」
『縁があったら、またな』
それだけ言い残すと、デバイスの電源が切れた。ヘリから降下してきた霧島の私設部隊と警察の特殊部隊が恵三たちを囲んで睨み合うかたちになる。どちらの目的も明らかだった──デバイスの残骸を回収したがっている。
恵三はぐるりと首を巡らせて、訊いた。「こういう場合は、どうすりゃいいんです?」
「ちょっと待ってろ」
高良が身分証を掲げて警察側の責任者を呼んだ。顔を突き合わせて無言で視線を交わしている。秘匿された通信での会話が終わって高良が戻ってきた。
「現着したのは俺たち──つまり警察が一番乗りだったし、こういうケースでは法的にもこちらに分がある」高良が未だ臨戦態勢の霧島の部隊へ向けて顎をしゃくった。「だが、あちらさんも引っ込みがつかないだろう」
「つまり?」
「責任者同士で話し合うから、あんたはここで帰ってくれて構わない」
「そいつはどうも」恵三はディスカウントショップに突っ込んで横転した車の方へ目をやった。「クラウン借りてもいいです?」
「電車でも使え。領収書は署に回してくれよ。ああそれと──この事件、何か心当たりや思い出したことがあったら、すぐに言え」
分かったなと念を押される。加藤毅/川島吉貴/宇佐見賢介/謎のパイロット/あの女。思い当たること──何もない。だが、何かを知っていそうな人物になら心当たりがあった。
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