第15話 第二ラウンド...1

「それで、本日はどのようなご用件でしょうか?」


 さんざん待たせたあげく、来賓室にやってきたクラップス社の担当=スリーピースをかっちりと着こなした優男=キャスパーと名乗った男はそう言って首を傾げた。高良が目じりを痙攣させながら乾いた唇を開いた。


「先日そちらの亡くなられた社員のことについてとアポを取るときに伝えているはずですが」

「ああ! そういえばそんなことを秘書から聞いた気もします」


 キャスパーの表情が瞬時に切り替わって沈んだものになる。


「そうだ、だんだんと思い出してきました。あれは確かに痛ましい事件でした。彼はとても優秀な人材だったのです。わが社にとって大いなる損失であると言っても過言ではありませんでした」


 哀悼の意を口にするキャスパー。高良は辟易した様子で椅子を少し引いた。


「何かトラブルに巻き込まれていた、といったことは?」

「いいえ。少なくとも社内の監査ではそのような事実は見つけられていません。何者かの悪意にさらされたのではないかと考え、こうなった経緯を我々の方でも鋭意調査しているところです」

「そうですか。もちろん警察も殺人事件として捜査中ですので、何かお分かりになったことがあれば──」


 高良の発言を遮るようにキャスパーが手のひら大のステンレスケースを差し出した。ケースを開けてみる──中身はデータチップ。


「そちらは亡くなった加藤に関するファイルです。異動の経歴、賞罰の記録、内部での人事評価、その他諸々ですね。ぜひ捜査にお役立てください」


 キャスパーの笑顔──何かほかに質問は?


「加藤の殺害に使われたと思わしきデバイスですが、ネットでは霧島重工のものではないかとの憶測が飛び交っているようですね。二社は、あまり良好な関係を築けていないのでしょうか?」

「あくまで憶測は憶測ですので、答えようがありませんね。例えそれが本当だったとしても、我々は毅然と対応をするまでです。ああ、もちろん法の範疇で、という意味ですよ? シェアを奪い合う企業同士での衝突はありふれたものですし、それに対する備えは十分にしておりますとも」


 何食わぬ顔でどうとでも取れる発言をしたあと、たっぷり五秒の沈黙が続いたのち、キャスパーは出入り口の方へ手を差し向けた。



 昇降機のドアが開いて薄緑のライトに照らされたコンクリートタイルが一面に広がる。二人は高良の車に向かってクラップス社の地下駐車場を歩いた。


「どう思う、佐藤?」

「どうって、なんのことです?」

「あの優男の話や態度に何か妙なところは無かったかって話だ」


 そつのない対応──手慣れている。素人考えかもしれなかったが、だからこそ怪しさを覚えた。恵三は感じたことをそのまま高良に伝える。


「慌てたふうじゃなかったですね」

「そうだな。それに準備がよすぎる。あらかじめ用意しといたって臭いがぷんぷんする」


 高良が自分のタブレットからデータチップを引き抜いて放り投げた──恵三がキャッチ/首のスロットに差し込む。それを見て高良が顔を歪めた。


「その首に挿すっていうのは、どんな感覚なんだ?」

「別に不快感や違和感はないですよ。まあ、神経系をサイボーグ化する前の記憶はほとんど残ってないんで、本当のところは分かりませんがね。警察には少ないんですか?」

「サイボーグ化は不可逆的な変化じゃないが……生身に戻すには倍以上の金がかかるし、手術の保険代だって馬鹿にならない。銃弾の雨の前に体をさらすSATなんかはともかく、公費でやれないヒラの安月給じゃそこまで踏ん切りがつく奴はいない」

「ああ、それで下に着こんだ防弾繊維のせいでスーツが膨らんでるわけですか」


 軍の考課表とはまた趣の違う加藤毅の人事ファイルを斜め読みする──評価Aの連打。優秀な人物であったことは本当だったらしい。政府から兵器開発の委託を勝ち取ったこともあるようだった。


「なんか、特に怪しいところは見当たりませんね」

「そこが逆に怪しい。犬には骨のガムを与えてやれば満足して尻尾を振るとでも思っているんだろう」

 恵三は苦笑した。「被害妄想が過ぎません?」

「この仕事を少しでも続けてりゃ、あんたにも分かるさ。嘘の情報を渡すなんて馬鹿な真似はしてないにしても、意図的に情報を制限している可能性は十分にありえる。後でそれが分かったあとに問い詰めたところでしらばっくれるだろうが」


 恵三はコピーを取ってからチップを返した。


「軽く見られてますね」

「知ってるか、佐藤。その昔は殺人が錦の御旗になって民間からの全面協力が得られた時代があったらしい」

「人の命の価値が高かった時代ですか。で、こっからどうやって調べるんです?」

「貰った経歴から加藤と少しでも面識があった人間を探して、何か問題を抱えていなかったかを調べる。同僚、上司、部下、家族、しらみつぶしにAI検索にリストアップさせる」

「そのリストってのは、どのくらいの長さになるんです?」

「さあな。数人かもしれないし、数十人かもしれない」




 二人は車に乗って区を越え、霧島重工の本社へ向かった。入り口からすぐ見えるところにショーケースがあり、過去に自社で生産したものの模型、あるいは実物が展示されていた。ロケットのエンジン/ジェット機/原子力発電所/海底資源探査船──華々しい社史。マーブル模様の入った大理石のカウンターに座る受付嬢に高良がIDを提示する。


「左手奥の部屋でお待ちください」


 小綺麗な待合室で座り心地のいい椅子に浅く腰かけて待っていると担当者がやってきた。小太りの中年男がスーツの襟を正しながら息を整える。


「いや、お待たせして申し訳ありません」


 握手を交わしたのちにIDの交換──法務部の元井政弘。恵三は元井の汗がついた手をズボンでこすって席へ着いた。


 元井がテーブルに手をついて頭を下げる。「先日はどうもお騒がせしました。なんでも、今日はその件についてお越しになられたとか?」

 高良が頷いた。「世間話はまたの機会にしましょう。事故に巻き込まれて入院されている川島氏ですが、警察では事件性の有無について調査を進めています。何か、のっぴきならない問題を抱えていたなんてことは?」

「いえ、そういった話は特に」

「誰かに恨まれていたりは?」

「やはり人が集まれば大なり小なり衝突が起こるものですが、今のところ彼に関しての苦情は特段上がっていませんね」

「なるほど。川島氏が決して安くない金を払って女を買うことを趣味にしている点については?」

「勤務時間外は個人の聖域のようなものです。犯罪に手を染めているというのならともかく、働いて得た賃金をどのように使うかについて会社側に関与される謂れはないと病院のベッドの上の川島も考えていることでしょう」


 元井の柔らかな物腰と顔つき/それと相反するような固い拒絶の態度。高良が恵三へ視線を送った──何か質問はないかの意思表示。恵三は私用のスマートデバイスでネットの三文記事を検索した。


 素人がSNSへアップロードした動画のリンクをタップ──街中を激走する人型デバイスと逃げるドローンの映像。


「クラップス社の社員の殺害に使われたと思わしきデバイスなんですが、これって霧島の製品ですか?」

 元井は笑った。「その動画なら私も見ました。確かにシルエットは弊社のものに似ていなくもありませんが、カタログにあるどの製品とも一致しないことを確認済みですよ」




 都内を駆け回ったせいで帰路についた頃には空に赤みがさしていた。丸一日費やした作業──助手席から見る高良の様子に萎えた様子は全く無い。二日でも三日でも、一週間でも同じことをひたすら繰り返しそうだと思わせる横顔。


「どうしてでかい企業の連中はどいつも似たような態度をとるんだろうな? マニュアルでも共有しているのか?」


 ラジオのボリュームを下げながら高良が言った。恵三は思わず苦笑する──ただひたすら職務のことしか頭になさそうな男の冗談。


「トラブルの対応なんてどこもやってるでしょうし、最適化されて似たり寄ったりになるんじゃ? まあ、事後の対応には社風ってやつが出てるのかもしれませんがね」

 高良が眉をひそめた。「はっきり言え」

「霧島の方は尾行をつけてきてます。社屋を出て暫くしてから目に付くようになったんで、多分間違いないです。つついた甲斐があったってことなんですかね?」


 高良の目がサイドミラーとバックミラーを行き来する。


「どいつだ?」

「結構後ろです。タブレットかしてもらえます? あと、前見て運転してください」


 クラウンの前後には警察から借り出した押収車3台が恵三のコントロール下で走っている。生成した恵三のコピーで動かしているのが1台、残りの2台はクラウンに追従するように自動運転に操縦を任せていた。


 そのうちの一台の車載カメラの映像を表示させて、タブレットをダッシュボードに立てかける。どこにでもあるようなカーキ色のありふれた乗用車に二人組の男が乗っている。右斜め後ろからの撮影であるため顔が見えない。


 恵三が訊いた。「どうします?」

「どうせ今の時点で問い詰めたところで何も喋らないだろう。前に回って、顔を撮っておいてくれ。後で身元を調べる」


 了解、と言いかけたところで、カメラの映像の中に巨大な何かが降ってきた。その物体は霧島の尾行車の後部に落石のようにぶちあたってトランクリッドとリアバンパーをひしゃげさせる。


 巨大な物体=人型デバイス。デバイスはルーフに爪を立てて走行中の車にへばりつき、窓ガラスを破壊して運転手の首根っこを引っ掴んだ。


 恵三が訊いた。「……どうします?」

 高良が首をふった。「どうにか阻止しろ。思うところはないでもないが、市民の危機には違いない」


 高良がブレーキと同時に急ハンドルを切って反対車線へ強引にUターンする。センターコンソール脇のボタンを押してパトランプを点灯させた。


「まあ、どうにかやってみますか」

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