第12話 繋がるラインと不可解な中点

 恵三が枝豆のさやを皿に投げ入れてビールを飲み干した。コールボタンを押そうとして高良のジョッキの中身が減っていないことに気づいた。


「おかわり頼みますけど、どうします?」

「そんな気分に見えるか?」

「私は白水で」弥永は大皿をひとりで空にする勢いでシーザーサラダを食い続けている。「怒られたんですか?」

「さんざん嫌味を言われたよ、監督不行き届きで委託先が暴走したことについて。もちろん即座に言い返した。臨時の部下のスタンドプレーがなければ貴重な証人を失うところだったし、まともな取り調べも報告もできない馬鹿のせいで割りを食うのは金輪際ごめんです、とな」


 恵三は注文用のタブレットでビールと焼酎、それからカロリーの低い食べ物をリクエストに入れた。ゲソの炙り焼き。巻き卵。オクラの酢味噌和え。今後の相談とご機嫌取りを兼ねてやってきた居酒屋は繁盛している。防音の行き届いた個室にときおりやってくる店員は料理と一緒に喧噪を届けてくれる。


「おかげでさらに10分も余計に小言を聞かされたよ。俺は言外に〝余計なことをするな〟と伝えたつもりだったんだが、分かりにくかったか? もしそうなら今後のことを考えて、一言一句あまさず俺の意図を明示するよう発言を心掛けなきゃならないってことになるんだが?」


 息巻いた高良を弥永がなだめる。


「まあまあ。先ほどご自身でおっしゃってましたが、悪いようにはならなかったんだから怪我の功名ですよ」

「結果が良かったからって、その過程が正しかったことにはならない」

 どこかの犬と似たようなセリフを吐く高良。弥永がもっともらしく頷いた。「まさに。だからこそ、正しい過程を歩めるようにしませんか?」


 今後の協力体制についての話し合い。それが高良を呼んだ理由のひとつ。彼女は自分が望む方向へと話題へと誘導するのが本当にうまい。


「曖昧な表現だ」

「では、はっきりと申し上げます。今日、二度に渡って殺されかけたあの男性について、分かっていることを教えてください」

「わざわざ俺から聞く必要があるか? そもそも、その男が佐藤の目撃した事件と関係しているかもしれないと連絡してきたのはそっちだろう?」

「情報の入手先が違えば内容も変わってきますから」


 持て余すように揺らしていたジョッキの中身を、高良は景気づけのように一気に飲み干した。恵三は追加のビールを注文する。


「名前が川島吉貴。入院中なのは知っての通りだが、投与された鎮痛剤の影響で意識が朦朧としているため話は聞けていない。明け方、女を呼んだモーテルで身柄を拘束されたときに担当した警官はこっちの事情を何も知らない人間で、連続殺人の可能性など考慮せずに通り一遍の取り調べをしただけだった」

 弥永が頬に人差し指を当てた。「女を呼んだ──つまり、私がどうやって川島さんについて知ったかについては既にご存じである?」

 高良が当然だという顔で頷いた。「一緒に連行された女の身元引受人に君の名前があった。仕事上の関係なのは想像がつく。俺が気になっているのは、君はこの事件の裏でどんなふうに糸を引いているのかってことだ」


 恵三は思わず吹き出した。二人からの視線が刺さる。こぼしたビールをおしぼりで拭き取りながら言い訳をした。


「いや、俺と同じこと言ってるもんで、つい」

 高良が堪えきれずに仏頂面を崩した。「それで、実際のところは?」


 貼り付けたように完璧な弥永の笑顔。彼女がどういうときにこの顔をするのか段々分かってきた。もしかすると鏡の前で練習したことがあるのかもしれない。


「濡れ衣ですね。ですが、そう判断する何かを高良刑事はお持ちであるということですよね?」

 高良は、口にするべきかどうか少し迷ってから言った。「川島はとある重工メーカーの部長職だった」


 重工メーカー──符号の一致。思わず恵三は聞いていた。


「クラップス?」

「いいや。霧島重工だ。だが、去年まで兵器部門に所属していた」

「ああ……もしかして?」

「想像通り、お前の知り合いだ、佐藤恵三。正しくは、お前から貰った連絡先にその名前があった。氏名と所属していた時期から考えて同一人物で間違いない。これも前と一緒、いったいどういう偶然だ? それに加えて両方の事件に首を突っ込んできた妙な弁護士までいて、その二人には繋がりがある。これで怪しまない方がどうかしてると思わないか?」


 高良はそこで押し黙った。こちらの申し開きを待っているが──記憶の欠けている恵三には本当に分からない。


 事件の関連図を想像する。遠隔操作の人型デバイスで殺された第一の被害者。同じ方法で殺されかけた第二の被害者。その間につながる職業上の線──その中間地点に自分。そこから遠くない位置に弥永がいる。不可解にもほどがある。


 弥永はいやに落ち着いた様子で口を開いた。「私たちも川島さんについての詳細をいま知ったところなのです。裏で糸を引くなんて、できるわけがありません。その疑念はともかく、我々が捜査に協力したことで少ないながらも成果を上げているという事実について着目してもらえませんか?」


 高良は腕を組んで睨むようにこちらを見据えている。アルコールと料理が運ばれてきたが、店員は部屋の空気を敏感に察知したのか置くものを置いてそそくさと戻っていった。


「悪いが全面的な信用は無理だ。どうしてもな」

「どうしても、ですか?」

「ああ。君は自分がどう見えるか考えたことはあるか? どうして来須杏子のクローンが小さな事務所を構えて弁護士なんかやってるんだ? 研究職への適正がなかったなんてことはないんだろう? どうせ弁護士をやるにしたって、でかい企業にでも雇われた方が何十倍も稼げるだろうに」

「私が今の立場にいるのは個人的な理由なので、お話しする気はありません。それで、どうされます? 契約を打ち切りますか?」

 高良が首を振った。「早まらないでくれ。全面的には、と言ったはずだ。誰の協力があって捜査が進んでいるかくらいは俺にだって分かってる。だから、そちらが行動で信頼を示す限り、絶対にそれを蔑ろにはしない」


 恵三が思い出したように運ばれてきた酒をそれぞれの前に置いた。各人がグラスを持ち寄って軽く打ち合わせる=仕切り直しの儀式。


 弥永が焼酎をなめるように飲む。「二つの事件、被害者の所属はシェアを食い合う企業同士だった。いまのところ、企業の報復合戦というふうにも見えなくもないですね」

「クラップスや霧島くらいの大企業にもなれば物理的な防衛手段も豊富だろうしな。何しろそれを自分のところで作ってる。もののはずみで武力衝突、というのもおかしな話じゃない」


 自嘲気味な高良の態度──企業が自衛力を過剰に所持するようになったのは警察組織の弱体化とは無関係ではない。


「あー、そうだ。ひとつご相談があるんですが」


 恵三が片手を軽く上げた。高良がわずかに身構える。


「どんな?」

「企業の私兵が関わってくるとなると、今の状態だと少し手に余るかもしれなくて。ほら、例えばいきなりトラックに突っ込んでこられたりすると、多分そのまま轢殺されると思うんですよ」

「……つまり?」

「警察の持ってる装備って借りられます?」

「何を融通しろって?」

「何、と言われると案外困るんですよね」恵三はおしぼりで口元の泡をぬぐった。「大体なんでもやらされてたんで」


 各種デバイスの操縦者ということで戦地に配備されたが、脳波で機械を操縦できる人員の活躍の場は多かった。人型デバイスはもちろん、装甲車、多脚戦車、ドローン、ヘリ、場合によっては航空機まで動かした。当然、遠隔操縦で。そして、敵も同様に無人機だった。どの国もいかに無人機で人的資源を浪費しないかに血道を上げている。兵士の浪費=国力の疲弊≒政府の支持率の低下。


 無人機と無人機が争う血の流れない戦場を揶揄して、戦争はゲームになってしまったと宣った新聞記事を読んだことがあるが、恵三に言わせれば、それはそれで極端な意見だった。


 現実には通信や電力の制限がある以上、生身の出番はいくらでもあった。量子通信の可能な機器の数は少なく、いまだ主流を占める電波による通信は阻害されやすいという欠点がある。わざわざ戦車や戦闘機を破壊するくらいなら、その命令を飛ばしている電場を妨害すればいい。上空を取ってのECM、基地局の破壊、妨害手段はいくらでもあった。そのような場合、やはり直接危険地帯に赴く必要があった。


「汎用デバイスがあればそれに越したことはないんですが。警察にも納入されてますよね? あれって借りられます?」

「あれが一体いくらすると思ってるんだ? 外部に貸し出しなんてできるわけないだろうが」

 恵三はテーブルに肘を乗せた。「じゃあ、戦車はどうです? 別に複数人乗りじゃなくて、多脚の小型のやつでいいんですけど」

「そんなもの、警察では特殊部隊しか持ってない。他にまともな選択肢は無いのか?」

「それ以外……あー、装甲車は? それなら結構自信がありますよ。人手が足りなくて、運転手と射手を兼任なんてザラでしたし」

 高良も身を乗り出した。「いいか。俺の権限で持ってこれそうなのは、せいぜい人がひとりで持てるくらいの火器、それと押収した持ち主不明の車くらいだ。半分はなんとか動くだけの事故車両だがな。もしさっきの企業同士の抗争って推測が当たっていたとしても、いまはただ憶測で喋ってるだけの段階でしかない。これじゃあどんな許可だって下りない」


 恵三はジョッキを持ち上げてガラス越しに歪んだ相手を見た。車を使ったカミカゼアタックは得意技の一つ。


「じゃあ、それで」

 高良はため息をついて頭を振った。「話を戻すぞ。結局のところ、何もわかってないに等しい状況だ。ここでああだこうだ頭を捻っても答えは出ない。明日にでも直接あたってみるつもりだが、その時、あんたにも同席してもらいたい」

「俺を?」

「ああ。そっちが被害者のことを忘れていても、向こうはそうじゃないかもしれない」


 何かしらの牽制にはなるかもしれないという判断──恵三は隣に目を向けた。雇い主はにこやかに頷く。


「よし。出発は朝一だ。二日酔いで遅刻なんてしたら、ただじゃあ置かないからな」

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