第40話ーB とても、幸せな毎日だった。 ②




 ――僕の身体を、優しく抱くように涼しい風が吹き抜ける。


 もう、これ以上、何も言えない。僕は、この場で語る言葉を、ただのひとつも持ってはいない。

 だって、もう泣きそうで、それを必死に堪えるばかりで、何か言おうものなら、ボロボロと涙をこぼしてしまうだろう。

 あぁ、僕は、これでようやく失恋できたんだ。一方的な片思いだったけど、十年以上想い続けた相手との、ぐうの音も出ない、大失恋だ。

 笑いたいヤツは笑えば良い。はじめから無理な恋だったんだと、笑ってくれ。僕自身、そう思うから。

 彼女が腕を放した時に、ようやく僕の恋は終わった。そう、確信した。でも、やっぱり、悲しいなぁ。

と。


 「――は? 」


 突然、熱のある声を当てられて、反射的に顔を向けた先。心底理解できないことに出会ったような、そんな怪訝な顔のアイツがこちらを見つめていて。

 そして、少しの沈黙の後、


 「……はぁ? 」


 真っ白な顔の彼女の瞳が、キリリと、猫のように尖った。


 ――え、なんで。どうして。


 僕は、違う意味で息をのんだ。いや、息が止まった。そして、


 「ぐはっ! 」


 唐突な痛みが僕の額を襲い、それがアイツからの頭突きだったとわかったときには、


 「……一応、先に聞いとくけど、」


 ――涙すらも引っ込んだ。


 え、いや、その。僕の身体は、まさにヘビに睨まれたカエル。どうやら、息の仕方も忘れたようだ。


 「――アンタ、アタシをバカにしてんの? 」


 だって、その顔は、僕がこの世でもっとも恐れる、こいつの、本気で激怒した時の顔だったんだから。



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