第4話:合コンとクリスマス

 昼の十二時三十二分。ブブ、と携帯が振動した。

 デスクの上に置いておいた携帯の画面を見ればLINEの通知。送り主は大学時代から続く数少ない付き合いのある同期だった。

 トーク画面を開けば『メリークリスマス』のスタンプ。続けて『今夜暇?』と一言。『用件による』そんな返事に、頼みがあると懇願を滲ませた返答。嫌な予感。何だ、と一応訊いてみれば、合コンのメンバーが一人足りなくなったから来てくれ、だと。嫌な予感的中。『暇じゃなくなった』無碍に返したら着信が入ったから即座に断絶ボタンをタップする。『今学校なんだ』『俺も会社』『じゃあ掛けてくるな』『なぁ頼むよ』お願い、のスタンプに少しイラッとする。

『どうせクリスマス一人なんだろ。寂しく過ごすよりわいわいしよーぜ。会費は俺が出すからさ』

『おれはキリスト教信者じゃないからクリスマスは関係ない』

『彼女くらい作れよ』

『面倒臭い』

『どーしても駄目か?』

『彼女を作る気がない。酒は飲めない。昨今の居酒屋は煙草も吸えない。おれには何のメリットもない』

 畳み掛けるように打ち込んだら、数分のラグの後、甘美な一言が返ってきた。

『図書カード一万円分出す』

 思わず文句を打ち込む手が止まった。図書カード一万円分……これはデカい。

『何でそんなに必死なんだ』

 一応冷静さを保って疑問を投げれば、先輩の顔を立てたいのだと。

 差し詰、その先輩とやらが狙っている女でも来るのだろうなと推測する。

『会ってすぐ渡せ』

『お、来てくれる?』

『お前の為じゃない。図書カードの為だ』

『それでも今回は許す。後で詳細送るわ』

 ありがとう、を伝えてくるスタンプひとつ。携帯は暫く沈黙した。

 合コンなんていつ振りだろう。面倒臭いイベントのトップ3を競うそれに行くのはこのLINEを送ってきた同期に誘われた時ぐらいのものだ。

 定時で学校を出て指定された場所へ指定された時間に赴く。

 真っ先に図書カードを受け取れば、あとは人形のようにしていれば良い。

 端っこの席に落ち着いて、おれは他所向きの笑顔を浮かべながら烏龍茶を舐めた。

 時折ちょっと、と席を外したのは喫煙ブースに行く為。

 加熱式煙草のスティックを温めていたら、合コンに参加していたメンバーの女子が一人おれを追うようにして喫煙ブースに入って来た。

「白井くん、だっけ? お酒飲んでなくない?」

 きゃらきゃらとした声音は完全に酔っ払いの陽気さ。しかし鋭い観察眼だ。

「おれ酒弱くて」

「そっかー。てゆーか、最近煙草吸えないのキツくないー?」

 それには激しく同意しよう。

「ねぇねぇ白井くん」

「何だい?」

「煙草吸うのわたし達くらいみたいだし、煙草吸えるどっかにに抜け出さない?」

 ほう、それは逆お持ち帰り作戦か。何と浅はかな。

「悪いけど、この後用があるんだ」

 実に申し訳なさそうに(無論演技だ)申し出を断れば、彼女はちぇ、と唇を尖らせた。

「わたし白井くんのこと良いなーって思ったのになぁ」

 どうせそこら辺で同じ台詞を吐いているのだろう。合コンで気安く好意を寄せてくる女は大抵「彼氏」というステータスが欲しいだけだ。

「ごめんね」

 先に吸い終えた煙草の吸殻を灰皿に放り込んで、おれは無愛想な態度で喫煙ブースを先に出た。

 一次会が終わって、二次会へ……という流れには乗らなかった。メンバー補填の役目は果たしただろう。

 じゃあ帰るわ。同期に耳打ちをして、おれは颯爽とその場を後にした。

「クリスマス、ねぇ……」

 あと一時間もすれば終わってしまう聖夜。家まであと五分の距離にあるコンビニにふらりと立ち寄る。

 特に欲しいものもないのに店内をぐるりと一周して見付けた一人用のケーキ。

 チョコレートケーキと、苺のショートケーキがひとつずつ哀愁を漂わせていた。

 立ち止まること十秒。苺の方を手に取り、ついでにカフェオレにも手を出してレジに向かった。

 家に帰り、マフラーを外してコートを脱ぐ。

 乱雑な部屋の中、そこだけ綺麗に整頓されているキャビネットの写真立ての前に、買って来たケーキをそっと置く。

「メリークリスマス、だってさ」

 誰かと一緒に楽しむことがなくなったクリスマスは、今年で六回目になった。

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