第10話 勝負師はカモの仮面を外す


 俺の背後で殺気と紛うような気配が動いたのは、軍資金が半分ほどに減った時だった。


 ――ギランの奴、始めやがったな。


 俺は山師特有の勘で、ミッションが本格的に動き出したことを悟った。恐らくルーレットで景気よく「負けつづけ」ていたギランが、ボランティアをやめて本気の勝負に出たのだろう。こうなればもはやどの目に張ろうと結果は一緒だった。


 胴元はギランの思考を読み切ったと思い、ギランが張った目のすぐ近くに玉が落ちるよう細工するはずだ。

 だがジェイドが都合してくれた偽のIDからは、逆に敵の判断を狂わせる周波数が出ており、胴元が誘導した別の目がギランの張った目になるよう、調整されているのだった。


 フロアを満たしている緊張をはらんだ沈黙は、おそら全財産を巻き上げられて奈落の底へと突き落されるカモを憐れんでの静けさに違いない。


 客たちの関心がルーレットと玉の動きに集中した次の瞬間、地鳴りのようなどよめきがフロア全体を揺るがした。


「どうやら、わたしの勝ちのようですな」


 ギランの声を耳が捉えた瞬間、俺は立ちあがってトラブルを手伝ってくれそうな客を物色し始めた。胴元が震える声で「どうぞこちらへ」とギランを促すのが聞こえ、振り向くと奥の隠し扉を思わせる扉から、ギランと胴元が別室へ続く通路に出てゆくのが見えた。


 フロア内を歩きまわった俺の目はやがて、不自然に注目を集めている男性客のところで止まった。男性客はカードで勝ち続けているらしく、テーブル全体に男性客に対する疑念のような物がくすぶっているのがわかった。男性客の背後にはパートナーと思しきナイトドレスの女が控えていて、男性客の肩に手を置いたり耳元で何かを囁いたりしていた。


 ――ははあ、あれがイカサマの種か。


 仕掛けは不明だが、パートナーの女が何らかの形でサポートしていることは間違いないようだった。俺は二人の背後を通り過ぎるふりをして、女の襟首にノミ型のマイクロロボットを放り込んだ。やがて、女がムズムズしだしたかと思うと「いやあ!」と叫んで身体をくねらせ始めた。


「おいっ、どうしたんだ。まだ勝負の途中だぞ」


 パートナーの異変に気づいた男性客が腰を浮かせて色をなすと、他の客たちが一斉にざわめき始めた。


「女はいいからゲームに戻りな、旦那」


 男性客は勝負相手の挑発にあからさまに狼狽を見せると、「勝負はいったん、お預けだ」と叫んだ。


「おいおい、これだけ損をさせておいて急に逃げるってのはずるいんじゃないか」


 テーブルの周囲に不穏な空気が漂い始めたのを感じた俺は、自動で発火する癇癪玉をこっそり床にばらまいた。数秒後、あちこちで銃撃を思わせる乾いた音が響き、フロアは騒然とした。


 俺はあちこちで小競り合いが始まったのを見て、素早く壁際へと移動した。やがて、奥の隠し扉が開く気配があり、警備員風の男たちが姿を現した。


「――何事だ!」


 俺は風のように動くと、警備員たちの目を盗んで奥の通路へと飛びこんでいった。通路の突き当りには重厚な造りの扉があり、立ち止まって様子をうかがっているとやがて扉が開いてギランが姿を現した。


「よう、いいところへ来たな。ちょうど片付いたところだ」


 ギランはそう言うと俺に中を見るよう促した。室内では高そうなカーペットの上に胴元をはじめとする数名の男たちが折り重なって倒れていた。


「俺としたことがつい慌てて、格好悪い立ち回りになっちまった」


 ギランはそう言うと、左手を俺の前にかざしてみせた。ギランの左手は手首から先がなく、右手の先から手錠のはまった左手首がぶら下がっていた。


「さて、のんびりしてる暇はないぜ、ギラン。こいつらの服とIDを奪って黒幕のいるVIPルームを訪ねるんだ」


「いよいよ島の王に謁見ってわけか。生きて還れるかな」


「還れるとも。黄金の土産付きでな」


 俺とギランは奪い取った服を素早く身につけると、部屋の奥にあるエレベーターへと飛び込んでいった。

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