ジミ婚カップルの経過報告

 グデっとなって、せっちゃんが起き上がらない。

 あまりの恥ずかしさにお湯から上がれなくて、のぼせてしまったみたいだ。


「せっちゃん目を覚まして!」

 お風呂から脱出した僕は、ペットボトルを数本用意した。


 首筋と脇の下に挟んで、湯気を冷ます。


 熱中症の治療法である。


「ああ、康夫さん」

 ようやく、せっちゃんが目を覚ました。


「よかった! 起きないでねせっちゃん!」

「ありがとうございますぅ」


 僕たちは、手を握り合う。


 せっちゃんに服を着せて、布団まで運ぶ。


 今は、それだけで十分だ。



「そうかそうか。二人の仲が良さそうで何よりだ」

 僕たちの生活を聞きながら、社長はご満悦の様子だ。


「私も最初は、強制的な結婚にはためらいがあった。昭和の見合い制度じゃないんだからと。しかし、このままいけば芹那はずっとひとりぼっちになってしまう」


 社長だって自分の家庭がある。

 せっちゃんだけにかまけていられなかった。


「で、キミの存在を思いついた。キミなら、芹那を大切にしてくれるだろうと。マッチングアプリなんかより、ずっと信頼できる」


「そんなに、絶大な信頼を寄せていたのは、なぜですか?」


 入社以来、せっちゃんとは接点がなかったのに。


「いや、接点はあった。芹那は、キミの小説をずっと応援していたんだぞ」


 誰からも読まれていなかった、僕の小説を?


「とてもファンが付いているなんて思ってませんでした。『何もドラマが起きないから、退屈だ』ってコメントまで残されて」

「でも、謎の『いいね』はあったはずだ」

「はい。確かに応援してくれる人が、一人はいました」


 その人のために僕は書こうと。


「それが、芹那だ」


 せっちゃんは、ボクの書く取るに足らない日常小説が大好きで、地味ながらもたくましく生きる主人公を応援していたんだという。


「本当なの、せっちゃん?」

「はい。『寝室を別にして』って言ったのも、スマホを触る自分を見せたくなかったからなんです」


 たしかに、その日以来応援メッセージの時間帯がズレていた。

 電車の中か、お買いもの中にでも書いていたのだろう。

 結局イビキなんて、かかなかったもんね。


「ウソをついていて、ごめんなさい。自分からは、とても言い出せなくて」

「ありがとう。せっちゃんのおかげで、僕は自分に自信が持てました。これからも大事にするので、よろしくおねがいします」

 

 社長が立ち上がった。ボクたち二人の間に入って肩を置く。


「これからも、二人で仲良くしてくれ」


 あ、そうだと、せっちゃんが社長に笑いかける。


「実はお姉ちゃん。もう一つご報告が」


 せっちゃんは、自分のお腹をさすった。 


「新しい家族が増えました」


(おわり)

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交際0日で地味子さんとムリヤリ結婚させられたけど、めっちゃ幸せです。 椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞 @meshitero2

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