混浴の試練、ふたたび

「あ、いや、だって、他の既婚者さん、ダンナさんと一緒に入るって」


 それ、からかわれてない!?

 なんてことを吹き込んでくれるんだ?


 なんでも新入社員は再就職組らしく、稼ぎのいいウチを選んだそうな。三人の子どもを育てた五〇代のベテラン主婦だが、未だにダンナさんとお風呂を共にするという。


「節約のためとかで。年に一回は海外旅行に行くから、その資金の足しにするためですって」


 涙ぐましい努力なんだろうけど、おそらく好きでやってるよね? 


「ムリしなくてもいいよ」

「一度は、入ったじゃないですか」


 そりゃあ、水着着用でなら一緒に入ったことはあるけど。


「せっちゃんがどうしても、っていうな……」


 ああ。ダメだ。


 せっちゃんに意見を委ねている。


 これは逃げだ。


 僕は結局、すべての判断をせっちゃんに押しつけてきた。

 キスの時と同じ。

 これじゃ、何も変わらない。


 僕は布巾を握りしめて、せっちゃんを壁に押しつけた。


「康夫さん?」


 せっちゃんの隣にある、壁際のボタンを押す。


 お湯を張る音が、バスルームから聞こえる。



 そうだ。栓をすることを、すっかり忘れていた。



「ちょっと待ってて」と、一旦席を外す。


 栓をし終えて、鏡を見る。顔が、湯気より茹だっていた。


 赤い顔のままで、洗い場へ戻る。


「あの、せっちゃん」

「はい!」


 せっちゃんの洗い物も、どこかせわしない。


「僕は、一緒に入りたいです!」

「私もです。ずっと思っていました。一緒になって、もう結構経ちますもんね。お着替えに鉢合わせたことだって何度も」

「入っていることに気づかないで、おトイレで鉢合わせになったこともあったよね!」

「そうです。恥ずかしいことは何度もありましたもん!」


 とはいえ、踏み出せない。


 洗い物は、とっくに終わっていた。



 パッヘルベルのカノンが、風呂焚き完了を告げる。



「うおおお!」

 唐突に、せっちゃんが上着を脱ぎ捨てた。


 マジマジと見てはいけないとわかっていても、目を離せない。


 僕も服を脱ぎ捨て、目を塞ぐ。


「参りましょう」


 まるで出陣するかのように、手を繋いで風呂場へ。


 せっちゃんの背中を抱き寄せて、一緒に湯船へと浸かる。

 大丈夫、溢れないようにお湯の量は調節した。


「はああああ」


 一仕事やり終えたような安堵感が、押し寄せてくる。


「今日は早く眠れそうです」

 温かいお湯に身体を浸して、せっちゃんはリラックスしていた。


 気がつけば、すっかり僕に身体を預けている。


「僕は、眠れなくなりそう」

 せっちゃんが溺れないように、僕はその身を抱え続けた。


 そろそろ、身体を洗いたいんだけど……?



「え、ちょっと待って! せっちゃん、気絶してない!?」

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