【怪奇暴き】怪しく奇妙な/ではない村の儀式(お題:犠牲)

 結局、犠牲の儀式の調査は空振りだった。

 そもそも、古蔵に残された秘伝の類には『翁、媼、青年、少女の首』と記されていたのに、今では村の特産物を数個と、中年男女と少年少女の舞で儀式が成り立っている時点で、その伝承に描かれたものは無意味であるとわかりそうなものであったのだ。


「無駄足でしたね、ボス」


 僕は山道を歩いてきた疲労と神職から儀式について聞き出した気苦労を隠さず、己の影に話しかけた。それから、ついでに反応を待たずにひやりとした岩に座り込むと、入れ替わるようにするりと女性が僕の陰から……僕の影から現れた。

 彼女は、僕の疲労を意に介さずに、あるいは疲れているのが僕だけだからこそ、けろりとした様子で答える。


「まぁ、無駄になったのは君の脚だけだから気にしないけどね」

「……クソが」

「なんか言ったかい」

「今日も優雅で何よりです」

「うむ。……ちなみに、他人の影に這入り込むのは楽ではないので、その辺の認識は改めるように」

「……ッス」


 怪奇を暴くことを生業とする女にして、当代最も「怪」しく「奇」妙な女。それが「ボス」である。

 名前は知らない。弱みになるから誰にも教えないそうだ。逆に言えば、「ボス」でも「大将」でも「お姉ちゃん」でもいいらしい。候補はともかく理屈は分かるのだが、そのせいで名刺を渡すのが毎度俺になっているため、こういう外部の依頼の際は僕がメインで彼女が助手扱いになり、色々と非常に面倒なのは看過しがたい問題である。


 ……これもまた、ある種社会的な身代わりという「犠牲」なのだろうか。


「……ところで、だ」

「ハイ」

「この村の儀式は、『あたり』だよ。生贄の儀式として成立している」

「……『いる』?」

「そう。今も。……当然、明日の村祭りも成立するだろうねぇ」


 時制に勘付いた僕を見て、満足そうに口角を上げながら、ボスは語る。

 僕は自信満々に語る彼女を片目で見上げながら問う。


「いや、いや。……そりゃ、まだ文献に書いてある時代ならわかりますよ。このあたりの土地神が血を啜って、力を振るったとか。あー……もう少し論理的に言うなら、『儀式の際に振りまかれる鉱石紛が土壌に干渉した』とか、『贄を捧ぐ祭りの様子で周辺の動物を恐怖させた』とか、そういう話になるでしょう?」

「まぁ、そうかもねぇ。だけど、そんな論理だけじゃ測れないんだよ」


 とん、とん、と細く白い指が額を叩く。うっすらと汗が流れる様に、僕は彼女の中の人間性を感じて安心する。


「そもそも、犠牲とはなにか」

「……血を流すとか、身代わりになるとか?」

「うん。少し固いねぇ」


 ぴん、と指先で汗を弾く。消えて然るべきそれは、目に見えるほどの霧になったけれど、それに意味はない……そういう無意味な遊びをする女である。


「犠牲とは、犠牲であって、生贄ではない。わかるかい。『生きた贄』ではないんだよ」

「……はぁ」

「言い換えれば、命そのものではない。『代償』であれば何でもいいんだね」

「つまり……神楽を舞う四人は、何か『代償』を支払っている」

「支払わされている、が正しいけどねぇ」


 数度の問答の間に霧は失せていた。夏の熱気に少しでも涼を齎してくれるかと思ったが、無駄だったらしい。だいたい、原料はボスの汗なんだから気分はそんなに良くないんだけど。


「じゃあ、何を? 何だと思う?」

「肉体の命じゃないなら……魂?」

「ふむ。じゃあ、魂とは何だろう?」

「……わかりません」

「よろしい。無知の知は大事だね」


 ボスは知っているんですか、と喉の五合目まで登ってきた言葉を飲み込んだ。代わりに、霊山の七合目の空気を吸って落ち着く。大切なのは、まず目の前の儀式だ。


「私から今言えることは、この村の儀式は犠牲を伴うものであり、それは肉体的な生命を支払うものではないということ」

「……はい」

「加えて念押しするなら、私たちの理論は受け入れられないことの方が多い。話しても無駄だろうね」

「えぇ、分かってます」

「その上で問おうか、助手くん? ……この村の人が支払う犠牲、君はどうしたい?」


 女怪がゆらりと首を傾げ、僕に問う。草木の影が、彼女に合わせて歪み、顔を暗く彩る。

 僕は小さく息を呑んで、答える。


「……知りたい」

「だけ?」

「だけ。なぜなら、犠牲になっているのも、享受するのも、この村の人たちだから」


 ごうと風が吹いて、彼女の顔にかかった陰が失せた。強い日差しが、にまりと笑い覗いた白い歯を、作為的なほど見事に輝かせた。


「よろしい」

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