【怪奇暴き】怪しく奇妙な物と者(お題:現代舞台の怪奇小説)
怪奇とは、怪しく奇妙と書く。
『それ』は、不可思議で恐ろしいものだ。
例えば、幻影を魅せる煙管だとか。
例えば、心を聴き取る占い師だとか。
例えば、いつまでも溶けない飴だとか。
そういう怪しさは、つまり解明されない恐怖だ。説明できない恐怖だ。前時代的な、あるいは先史文明的な、不安定な、科学の立ち入れない何かによるものだ。
工場ではない、一子相伝の製法だから。
霊験あらたかな血を引いているから。
息には願いが籠められているから。
もしかしたら、それらさえも十年か、百年後には解き明かされるのだろう。けれど、今の時点では戯言に過ぎない。
思いを込めたところで飴に魔法は宿らないし、霊力なんてものは計測されないし、息に願いが籠るなら冬場は銀幕ならぬ白幕だらけである。
だから、そういった合理的な説明が通らない奇妙さは「怪しい」……故に「怪奇」である。
僕はいつも通り、ぽつぽつと例示と理屈を並べて心を落ち着かせる。説明がつかないものは怪しい。怪しいものは危うい。故に怪奇は危ういし、僕自身は危うくない。今からすることは危うくない。
街路の隅の小さなビルの突き当りのドア。その傍らにある静電気除去マットに手を触れる。触れた手に意識を集めて、小さく呼吸をして、数秒カウントする。
掌にじんと熱が籠っていく。手首のリングによるものだ。このリングは僕の血中にあるとある成分と、僕の意思――つまり、電気信号や筋肉の伸縮――による微細な動きを感知して、より大きな力を生み出す。一般的な熱力学とは違う、けれど確かに体系化された法則に基づく反応だ。何も知らない人はこれも魔法と呼ぶかもしれないけれど、とにかく「怪しく」はない。理論がある。
十分に力が籠ったな、という手応えを感じて、左手でドアを開ける。コンクリートのビルから想像できないような、薄暗いレンガ造りの壁と、下へ延びる階段が続いている。薄暗い黄泉路を照らす蝋燭は金色だ。これは由緒ある蝶の鱗粉を蝋に混ぜたためであり、原理原則は解明されている。なんなら、成分の配合によっては銀色でも、何色にでも出来る程度には、だ。
悪魔だとか。神だとか。
奇跡だとか。運命だとか。
パワースポットだとか。マジックアイテムだとか。
そんなものは、すべて戯言だ。全ては理論で解明できる。
そして解明できれば、怪しくない。
怪しくないなら、安全だ。
階段を降りきり、僕はもう一度だけ深呼吸をする。
表の常識は捨てろ。明日の小テスト対策は一旦忘れろ。
この世には、僕が知らないことがある。けれど、人類が知ることのできるものでもある。
怪奇。
怪しく奇妙なもの。
僕たちはそれを暴くもの。
いずれは、この世界から「怪奇」はなくなるだろう。
ドアノブを捻る。古今東西、あらゆるモノの詰まったぐちゃぐちゃの混沌の、その奥の奥にて、忌々しいほど美しい女が笑う。果たして、今日は何の用向きなのだろうか。
「おはよ。さぁ、今日も元気に裏稼業、ってねぇ」
「……はい、ボス」
前言撤回。――いずれは、この世界から、「怪奇」はなくなるだろう。あの女一人を残して。
その日まで、僕たちは世界を暴き続ける。
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