【怪奇暴き】イマジナリーゴッド・あるいは……(お題:イマジナリーフレンド)
「イマジナリーフレンド、って知ってるかい」
風景が過ぎ去っていく。
きっとゆっくりと目を遣れば、川なり木々なり建造物なり、何らかの具体的なモノとそれについての称賛が生まれるだろうけれど、あいにく、新幹線の速度では「風景」と一緒くたに表現するしかなくなってしまう。
そんな世界を見ながら足腰の筋肉痛に想いを馳せていたせいで、僕はボスの発言を聴き落としかけていた。危ないところであった。
「……空想上の友人、って奴ですよね。いわゆる、幼児の発達過程における」
「何だ君、ぼんやりしてた割に嫌にぺらぺら喋るね」
「この間の講義で出たんで」
「ほう。理解が早くて助かるよ」
「僕としては全然、ですけどね。なんです、急に」
向かいの席でけらけらと笑い、ボスは缶ビールを傾ける。あまり顔には出ないタイプだが、どうやらそれなりに酔っているらしい。そもそも、脈絡もなくこんな話題を出してくる時点で妙と言わざるを得ない。
僕の問い返しを受けて、彼女は口角を上げるでもなく、目線を落とすでもなく、ただゆっくりと僕を見て言った。
「いやぁ、別に。ただね」
「ただ?」
「君が、随分しんどそうだったからね。上司としては、少し気を紛らわせてやろうかと」
「……そう、すか」
僕は、怪しく奇妙なる女があまりに神妙に語りかけるものだから――そして、その意図が綺麗に図星を指していたものだから、茶化すことも出来ず静かに頷いた。
二泊三日の山村訪問で、僕らは「神下ろし」の儀式を見学した。かつては村人四人の「犠牲」を伴う儀式であったそれが、単なる夏祭りになるまでの軌跡を追う近現代的学術調査、というのが建前。その裏側に潜む怪奇を暴く、というのが本命の目的だった。
結論から言えば、期待していた類の怪奇は、即ち山の神は存在しなかった。普通に考えれば当たり前かもしれないが、実のところ、可能性はあった。他所の地方の祭りには神と呼ぶに足る怪魚がいたこともあるし、贄を要求する人狼、もとい、皮膚状態を制御し、変身と躍動を可能にする怪人の記録も読んだ。もしかしたら、今高速で流れて言った車窓の景色のどこかにもそういうものが潜んでいるかもしれない。
だから、下世話ではあるけれど、少し期待していたのだ。本物の山の神がいるかもしれない、と。
「……まぁ、なんだかなぁ。確かに私は……私たちは、怪奇を見出し暴き手繰るのが生業なのだけれど」
「この世の全てを暴くわけではない」
「うむ。……例えば、今回の山村みたいにね」
今回の山村の祭りは、首四つから四人の舞に奉納品が移り変わってなお「犠牲」がある、とボスは看破した。それは、一口に言ってしまえば「時間」だ。練習時間や、舞役の意識を占有する時間――そして、舞役の
だが、ボスはそれを暴かなかった。あくまで、僕ら二人の間だけに留めて、ただ舞を見ただけの観光者として村を去ったのだった。
「後味が悪いんだろ」
「まぁ、そりゃ、人命が関わりそうですし。せめて、神職や村長あたりには言ってもよかったんじゃないかな、って」
「まーそうなんだけど。しかし、急に
「……フレンド?」
「イマジナリーフレンド。最初に聞いたでしょう、もう忘れたの?」
「……こちらこそ、忘れたものだと」
「ボスのこと舐めてるよね、助手くん」
「いいえ?」
僕は曖昧に微笑んで、じっとり睨むボスを躱す。ボスはあからさまに分かりやすく唇を歪ませて、苦い顔をしてみせた。
「……ま、いいや。……あの村の人たちは、つまり、イマジナリーフレンドで遊ぶ子供みたいなもんなんだよ」
「……随分乱暴な仮説を立てますね」
「そりゃ、神……にあの儀式において相当する、何かはいた。いたけどね、それを認識できてなかったら、イマジナリーフレンドと同じだよ」
「空想上の存在と、現実の怪異が偶然一致しただけ、ってことで?」
「そういうこと」
ボスは小さく頷いて、ミックスナッツを一つまみ口に放り込む。いつの間にかビール缶は空。しかも専用の機材でも使ったような見事な螺旋型になっていた。
「寿命食いのことを暴いてもいいだろう。だけど、その後に何が残る? あの村の儀式が途絶え、神職の家系が没落するだけならまだマシだが……あの祭りが途絶えるということは、周辺の経済全部が潰れると言ってもいい」
「……まぁ、そうかもしれません」
「確かに、人間四人は重い。彼ら彼女らの将来も重いさ。けれど、四人が数年ずつ、しかも持ち回りで平等に負担する。それなら、あの山と麓一帯の経済と、命の方が重い」
僕は、静かに納得する……否、納得しようとする。命は四則演算するべきものではないけれど、金の数字は四則演算できて、金の流れは命を生かしも殺しもする。
それに、何より――
「空想上の神だとしても、それでバランスが取れているなら、取り上げるべきでない遊びもあるってことさ」
――村人たちも、寿命食いも、等しくあの祭りを本当に楽しみにしていた。ならば、納得するしかないじゃあないか。
「……大事なことはね、助手くん。君は『知りたい』と言って、『知らしめたい』とは言わなかったことだ」
僕がまた、ぼんやりと窓の外の「景色」に視線を飛ばしていると、ボスは割り込むように、窓に映り込みながら言った。独り言のように、視線を合わせずに、けれど僕の世界にそっと半透明に割り込んできて、ぽつり、ぽつり。
「何を暴き、語るべきかは、これから学ぶ必要がある。精進なさい。……だけれど、その基礎基本はちゃんと持っている。……安心なさい」
そして、彼女は眠りに落ちたようだった。
僕はボスを、せめて座席に収まるように調整しながら、もしこの怪異なる女性が僕の空想上の存在だったら色々と不味いな、具体的には交通費と食費と外聞等々が不味いな、と益体もないことを考えてみたりした。
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