第22話 シスじゃないシス






***シスSIDE



『僕は、人じゃなくて……死神なんだ。』

 

 そう言われた瞬間、この人誤魔化してるって思った。こんな奴と居たくないから、適当に死神だって嘘を吐いて、呆れさせて、出ていかせようとしているって。私の目からは涙が流れた。私の恋は終わっていたんだね、とっくに。そうか、そうだったんだね。こんなにチェギョンさんに付きまとっていた私がバカみたい。そうして私は、走ってチェギョンさんの家から飛び出した。外は、どしゃ降りの雨になっていた。来たときは晴れだったのに……。私はその悲しくも強い雨に打たれた。打たれながら泣いた。もういっそ、チェギョンさんへの熱い想いも、さっきまでの記憶もこの強い雨に流してもらおう。そうすれば、きっと、気分が楽になるから……。


 家に帰ってから、チェギョンさんに言われた言葉たちを一文字ずつ思い返していた。


――僕の近くにいると危険なんだよ


――僕は、人じゃなくて……死神なんだ


 嘘、嘘よ。死神なんて嘘だ!


――シス……僕……僕……またやっちゃった……


 でも、そうしたら、あの時のチェギョンさんの涙とあの言葉は何だったのか。よりいっそう、頭の中が困惑する。それでも、もし本当に死神でも、私は……私は……。


 チェギョンさんが好き。


その気持ちに変わりはない。チェギョンさんは私を求めていなくても、私の事を嫌いでもいい。ちゃんと、この気持ちは伝えないと。伝えてから終わらせよう、この恋を。


 シスは雨の中、走った。チェギョンの所へ。そして、インターホンを押す。扉を開けたチェギョンさんは、あの時のように泣いていた。


「チェギョンさん……」


『何しに来たの? ……それにすごく濡れてるし。前、もう濡れないようにって言ったよね?』


「はい……でも、チェギョンさんに言いたい事があって」


『……中に入って。濡れたままじゃ風邪ひくから、お風呂貸すよ』


「うん」




***チェギョンSIDE



 シスは何のために帰って来たのだろう。言いたい事って何だろう。チェギョンはシスのシャワーの音が響く部屋で考える。シスがあがってくると、さっきまで流していた涙を拭いて自然体で接した。


「で? 言いたい事って何?」

 シスをソファに座らせようとして、立ち上がったチェギョンだったが、チェギョンがその異変にすぐ気が付いた。


「シス?」

 顔、身体、格好も全てシスなのだが……何か違う。


「シス?」


『久しぶりだな、チェギョン』


「――!?」


 シス、じゃない。シスのはずなのに、声は全く違う。その声は、兄の声だった。顔つきも兄らしくなっている。


「兄上……」


『なんだよ、久しぶりに会った兄にそんな顔しなくてもいいだろ?』


「兄上、シスの身体を使うのはやめよ。それに、何のために僕の前に現れたんだよ」


『そんなの、理由は一つに決まってる。……薔薇だ』


「薔薇?」


『今もあるんだろ? この家のどこかにあるはずだ』

 そう言って兄は姿を消した。シスの姿と共に。その瞬間、危険だと思った。兄が薔薇を目の前にして何をしようとしているかは知らないが、とにかく、兄を止めなければ。チェギョンは急いで自分の部屋に行った。だが、そこには兄も居た。


「何する気だっ!」

 すると兄は、チェギョンの血がしみ込んである薔薇を持ち……


「――!?」


 その薔薇を折った……。

 そして兄は、嫌気がさすくらい高い声で笑った。


『死ね、死ぬが良い』


「何で……兄は一体何がしたいんだ……」


『私はただ、お前を消したい。ただそれだけだ』


 チェギョンは勢いよく兄の首を絞めた。目が血眼ちまなこになるくらい強く。だが目の前にいるのは、僕の想い人――シス。


 殺したい。僕の頃を前世でも殺めた兄を殺したい。でも……殺せない……。


 チェギョンの手の力はどんどん弱くなっていった。


「ダメだ……出来ない」

 やっぱりシスは殺せない。殺せない……。薔薇の力は凄かったことを思い知らされる。チェギョンの体力はどんどん底をついていく。とうとうチェギョンはその場に倒れ込んでしまった。


すると、『チェギョンさんっ!?』という声がした。シスだった。


「シス……もとに戻ったんだね」

 チェギョンは優しく、壊れそうな笑顔で笑った。


『チェギョンさん、これはどういうことですか!?』


「シス……僕はもう、いなくなるよ。僕が死神だって信じられなかったかもしれないね。でも本当なんだ。……ありがとう、シス」


『えっ!? チェギョンさんっ! チェギョンさん!!』

 シスの目からは数えきれないほどの涙がこぼれた。


「泣かないで、シス。僕の事は忘れて良いからね。……じゃあね。シス」


 チェギョンは徐々に薄くなり、完全に居なくなってしまった。





『チェギョンさん……チェギョ……』

 シスは泣き崩れた。さっきチェギョンのいたところを手で優しくなでながら。その時、シスはチェギョンは本当に死神だったという事を理解した。







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