第21話  君は僕のそばにいてはいけない






『消す?』


「はい、そうです」


『それはまたどういうこと?』


「僕が兄を殺すことができたら、僕を消してほしいんです、言葉の通り。僕は消してもらいたいんです。お願いします、楽にさせてください。僕が死神になった本来の目的は兄を殺すことですから。……それに、この世にいても悪い事だらけなので」


『そう……分かったわ。その代わり、絶対に兄を殺しなさいよ。殺せなかったら、あなたが一番嫌う処分を下すわ。分かった?』


「はい」


 神と別れ、ブラブラと高い建物があるところを探す。高いビルを見付けたら、そのビルの屋上にのぼった。ギリギリに立って、この世の景色を見渡す。すると、一瞬風が強くなった。スーっと空気を吸う。そして目をつぶり、身体の前に体重をかけた。(体重はないが、そういう感覚)そして地面に向かって落ちた。が、やっぱり死ななかった。痛みも感じなかった。やっぱり僕は人間でもないし、生きてるわけでもなかった。


 歩道を歩いていたチェギョンが赤信号で止まった。「はぁー」と、深い溜め息を吐いた。その溜め息には、不安、孤独、怒り、恋しさ、色々な感情が交じっていた。すると、またしてもチェギョンの前で事故が発生した。今度はバイクと、トラックとトラックの衝突事故だった。


「はぁー」

 今度はため息と一緒に、涙がこぼれてきた。「どうしよう……」


涙をこぼしながら、声を漏らす。まただ……。罪もない人をどんどん殺してしまう自分が憎い。そして僕の背後にはどんどん死者の霊が増えていく。


『チェギョンさん?』

 目に涙を溜めながら、声の方を見た。



「なんで……」

 そこにはシスがいた。すると、シスは走ってチェギョンに近づき、その場で抱き締めた。


『チェギョンさんがどうして泣いてるのか、私は分からないけど。でも……今のチェギョンさん、なんか苦しそう」


「シス……僕…僕……またやっちゃった……」


止まらない涙を必死に止めようをする僕を、シスは何も言わず、ただじっと抱き締めてくれた。また、罪のない人を殺した罪悪感が体の中に広がった。その罪悪感はシスの温かい温度でも消すことは出来なかった。


「ダメだ……ありがとうシス、でも! ごめん………」


 チェギョンはシスを静かに離し、シスの顔を一度も見ずに走って家に帰った。家の玄関を閉めた瞬間、チェギョンはその場に崩れ落ちた。また溢れてきそうな涙を必死に唇を噛んで抵抗した。


 その後、僕は会社に行ってもシスに会わす顔が無かった。でも、シスはこんなことで弱くなったりしなかった。



コンコン――ガチャ――。


『社長……体調は大丈夫ですか?』

 シスが近寄って来た。


「何の用?」


『大丈夫かと思って、顔を見に来たんです』


「ここは会社だから、仕事に集中して」と言って僕は手元の資料を見た。


『社長の事考えたら、集中できませんッッ!!』

 シスの声は社長室中に響いた。


「シス……」


『私は……私は、チェギョンさんが心配なんです。このごろ変ですよ。今のチェギョンさんは、私が知ってるチェギョンさんじゃない。……もっと知りたいんです、お願いします。なんであの時泣いていたのか、なんで急に私に…冷たくなったのか」


正直に言ってしまいたかった、死神だって。僕のそばにいたら危険だから、死んでしまうかもしれないからって。


「君は……君は僕のそばにいてはいけない」


『それは、どういうことですか?』


「まだ、知らないほうがいい」


『知らないほうがいいって……私だって「いいからッ!! ……お願い、一人にして」


『……すみませんでした』

 シスは僕に背中を向けて去ろうとしていた。その背中が、何故だか誰かに似ていた。


「!?」


扉の閉まる音が大きく感じた。


「シス……兄……」


 僕は見えてしまったんだ。シスに霊が乗り移っていた。その霊は、僕の探していた……兄だった。


 シスがいなくなった後の空っぽの社長室に、チェギョンは一生懸命考えを埋め込んだ。という事は、シスと兄は一心同体ということになる。僕が殺すために、この手で殺すために探していた兄は……シスだった。


「嘘だ。じゃあ僕は……シスを殺さなくちゃいけないって事になる」


そんなの嫌だ。シスを死なせないために、消してくれと神に頼んだのに、殺す相手がシスなら……。チェギョンは誰も立っていない社長室の扉をじっと眺めていた。





***シスSIDE





―――君は僕のそばにいてはいけない


そんなこと言われるなんて。「そばにいるな」って事でしょう。好きな人に言われる、これ以上の苦痛はないよ。


―――シス……僕…僕……またやっちゃった……


「やっちゃった」って何。それにって。たしかあの時、チェギョンさんの目の前で事故が起きていた。その事故をただじっと、涙を流しながら見ていた。あの時、チェギョンさんは何を考えていたのだろう。何を思って涙していたのだろう。沢山考えた。沢山考えたけど、何一つ分からなかった。何一つ、チェギョンさんを分かれなかった。





 そして今日は私の誕生日。去年は、一人でケーキを買って、一人で誕生日ソングを歌って、一人でお祝いをしても何も苦痛ではなかった、むしろ楽しかった。でも今年は違う。

ケーキを買いに行く気力もない。ただ朝からベットに体を預け、預けすぎて、もう私はベットの一部になっている。


会いたい。チェギョンさんに会いたい。でも、会えない。私の誕生日を祝ってほしい。私の姿を見るとチェギョンさん、顔が少し強張って優しくなくなる。この頃、肩が重くなって体が重く感じる。疲れすぎなのかな……。







***チェギョンSIDE





 チェギョンはまた神に会っていた。またあの時のカフェで話している二人だが、神はチェギョンの異変に気付いた。


『あなた……大丈夫?』


「何がですか?」


『死にそうな顔してるわよ。死なないけどね』と言ってクスっと笑った。


「一つ、聞いても良いですか?」


『なに?』


「兄の霊が、人間に乗り移っていた場合、その人間を殺せば、兄も殺したことになるんですか?」


『ええなるわ。 そうね……その場合は、人間を殺すことが一番簡単だけれど、それって可哀想じゃない? 罪のない人を殺すのよ? ただ霊が勝手に乗り移っていただけなのに』


「はい」


『でもね、人間を殺さないで済む方法もあるのよ。それは、霊が人間から離れた時。その時に霊を成敗すれば、もうこれ以上素晴らしい殺し方はないでしょう?』


「そうですね」


 じゃあ、兄がシスから離れた時に成敗すれば、兄に永遠の苦痛を与えられる。


「どうやって離させればいいんですか?」


『それは知らないわよ。聞かれたの初めてだもの』

 そういって神はコーヒーを一口すすった。




 今日は日曜日なのでおとなしくリビングで本を読んでいると、ピンポーン――とチャイムが鳴った。僕は、誰なのかは全く気にせず面倒くさくなって直接玄関のドアを開けた。


『こんにちは』と、目の前の女性はにっこり笑った。なんでこの人は、あきらめずに僕の所に来るのだろう。逆に僕の方が先に諦めてしまいそうになるくらいだ。


「シス……何の用だ?」


『チェギョンさん、何してるかなーって思って。あっこれ、途中で美味しそうなチキン屋さんがあったから一緒に食べようかなって…どうですか?』と、右手に持っていたレジ袋を僕に見せながら言った。シスの純粋な潤んだ瞳が真っすぐ僕の目に入って来る。


「うん、入って」


そう言うしかなかった、そうとしか言えなかった、シスの顔を見たら。シスをリビングに案内した後2人で、チキンを食べ始めた。


『今日ここに来たのは、チェギョンさんとゆっくりお話がしたくて。まぁ、本当に通してくれるとは思いませんでしたけどね。……私、正直に聞きたくて、チェギョンさんの気持ち。教えてください』


僕は黙っていた。


『あの日……。いや、まず、チェギョンさんは私が嫌いですか?』


「いや」


『……じゃあ、なんでこの頃すごく冷たくなったんですか?』


「冷たくなってないよ」


『嘘。……本当の事を言ってください。本当の事が知りたいんです』


シスのまっすぐな眼差しに僕は負けてしまった。素直に話そう、素直に話して、もう嫌われてしまおう。嫌われれば、もう僕の所には来ないだろうし、シスを救うことができいるから。


「分かった。正直に話すよ」

 そう言った瞬間、シスはほっとした表情を見せた。


「僕は確かに、シスに冷たく当っていた。でもそれには理由があったから。…僕の、僕の近くにいると危険なんだよ」


『危険?』


「うん。……僕に深く関わったり、一緒にいたりする人は100%必ず、死ぬんだ」


『死ぬ……。それは計画的にってこと? チェギョンさん、本当はヤバいくらい悪い殺人鬼とか?』


「それは違うよ。僕はちゃんとした人……いや、人じゃないんだ。僕は、人じゃなくて……死神なんだ」






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