第20話 ごめん。シス。





 チェギョンは立つことが困難になり、近くにあった壁に寄り掛かった。全身に力が入らない。何だこれ、頭がクラクラするし。めまいか? すると、大丈夫ですか、と声が聞こえた。誰か入って来たのだろう。


「だいじょ……ぶ……」

 チェギョンは、ゆっくりと目を閉じた後、凄まじい音をその場に響かせながら倒れた。






***シスSIDE




バタン――


チェギョンさんが倒れた。


「チェギョンさんッ!?」

 シスはすぐさま近寄り、チェギョンの表情を確認した。目の下にはくまがあり、肌の色は真っ白く死人のようだった。もう夜だし、休憩室は閉まってるはず。




「チェギョンさん?」


チェギョンが目を開けた。


『シス……なんでシスがいるの、それにここ……』


「夜だったので、どうしたらいいか分からなくて……。なのでチェギョンさんの家まで運んで来たんです」


『運んできた?』


「はい、運んできました。タクシーを使って」


『そうか……』

 すると、チェギョンはシスから目を逸らし、シスのいる反対側の方を向いた。


『ありがとう。 じゃあ、帰って』


「はい?  ……すごく具合悪そうなチェギョンさんを置いて帰れと言うんですか?」


『僕は別に具合悪くない』

 そんなの嘘だ。嘘に決まってる。倒れた人が具合が悪くないわけがない。今にもまた倒れそうな顔しているのに。


「いやです、私はまだここにいます」

 一人暮らしのチェギョンさんが、誰もいないうちにまた倒れて意識失ったりしたらどうするの。そんなこと考えたら、心配で心配でしょうがないでしょ。


『いいから、早く帰れ』

 さっきより強い口調で言われ、なにも言葉が出て来なくなった。


「はい……」

 それしか言えなかった。私は、私と目を合わせようとしないチェギョンさんの横顔を一度見た。その顔は、怖くもあり、哀しそうで苦しそうだった。


 家に帰る間のタクシーの中で、私は泣いた。理由は分かっている。ただ単に、悲しかった。寂しかった。チェギョンさんが目を開けた瞬間、良かったって心から思った。生きてて良かったって。でも、想像していたチェギョンさんじゃなかった。私の好きなチェギョンさんじゃなかった。チェギョンさんと話せるって思ったのに、帰れって言われるなんて。私、チェギョンさんになにか嫌われるような事、したかな。


 ご飯に誘ったから? しつこかったから? ……私の事が元々、嫌いだったから?






***チェギョンSIDE



 バタンっと部屋の扉が閉まった瞬間、目がじわっと熱くなった。誤魔化そうとして、窓から月を眺める。


「シス。……ごめん」

 僕たちはお互い、関わり過ぎた。僕はシスを助けたい。ごめん。僕はシスを傷付けたかもしれないけど、それはシスの事を想っていった言葉なんだ、ごめん。


 チェギョンは数日会社を休んだ。そのせいか体力が少し落ちた感じがしたので、チェギョンは運動がてらに街を歩いた。昼でも、人は多い。同じような服を着た人々はチェギョンの肩や腕などにぶつかりながら通り過ぎていく。だが、一人だけこの世の者ではない人がいた。その者は僕の事をまっすぐ見つめてこっちに迫って来た。


 ストレートボブの髪に真っ白い服。間違いない、神だ。神はゆっくり僕に近づき、『久しぶり』と話しかけた。


「お久しぶりです」


『チェギョン、ちょっと私とお茶でもどう?』


「はい、喜んで」


 二人は、近くのカフェに入った。神は店員にカフェオレを一つ、と頼んでいた。僕は何もいらないと言った。


「何か僕に聞きたいことがあるんですか?」


『その通り。だからあなたの前に現れたのよ』


「なら、なんの用ですか?」


『単刀直入に聞くけどあなた、人を愛してる?』


「いいえ」


『本当? ……別に悪い事じゃないのよ。とても素晴らしい事。死神になった人はだいたい、心が無くなるの。でもあなたは心があるわね。少し前は無かったのに、水の無い湖みたいにね。なにかきっかけがあったのかなって思ったんだけど。……もう一度聞くけど、人を愛してる?』


「……はい」

 僕は素直に答えた。


『やっぱりね。最初っからそういえばいいのに。……で、なにか願いはある?』


「願いですか? またなんで願いを聞くんですか?」


『人を愛す死神はいないのよ。珍しくって。……で、何かないの? 願い。』


「そうですね……」

 もう二度と、神から願いを聞いてもらえる機会なんて無さそうだし、あったとしても、僕は同じことを言うだろう。


そして僕はこう答えた。



「兄を殺すことができたら……僕を消してください」





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る