第14話
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『お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか』と品のあるタキシードの男性が訪ねて来た。
「ビン・シスです」
『ビン・シス様ですね……。』カウンターにあるモニターを見ている。『ご案内いたします』
どうしよう……写真で見たより広いし、綺麗だし、高級……。一様多めに、10万ウォンぐらい持ってきたけど足りるかな。
『シス様。こちらのお席でございます』
そこには、メニュー表を見ている社長が向かいの席に座っていた。
「あ、ありがとうございます」
椅子を引いて待っていてくれているウェイトレスさんにぺこりとお辞儀をして、シスは社長の向かいに席に座った。来たこと無い高級なところに社長と二人。今までに感じたことのない緊張感がシスを襲っていた。
「社長……なぜ私をこのような場所に?」
『お礼』
え? ……お礼?
「私が社長からお礼がもらえる程、すごいことをしたでしょうか」
『お前の子どもっぽいアイデアのおかげで、子どもの服をつくろうという考えが浮かんだから』
子どもっぽいって……褒められているのか、けなされているのか。
『お前は、ワイン飲めるか?』
「あ、分かりません。飲んだことが無いので。それに、私はお酒が弱くて」
『お前、何歳?』
「24です」
『ふ~ん』
社長は、ゆっくり手を挙げてウェイターを呼び、『いつもの』と『ワイン二人分』を注文した。いつものって、社長はここの常連客ってこと? ……ありえない。この人、人間? こ、こんな所にいつも来ているなんて。
社長が注文した料理はどれも高そうで、すごくおいしかったけど、お金の事を気にしていたらおいしさなんて感じなかった。本当にお金足りるだろうか。
だいだい食事も終盤に差し掛かったころ。
『今日のワインはどうだった?』
「すごくおいしかったです」
おいしかったのは本当。でも、私には高そうなワインより屋台などに売っているビールの方が合うかな。
『ビールね……』
社長は、すごく小さな声でそう言ったように聞こえた。
「はい?」
『いや、それはよかった。これからも、たくさんの良いデザインを提案してください』
「はい……」
そして社長は立ち上がり、会計へ向かった。お金、どのくらいなんだろう。
『このカードで』
「えっ、あ、社長。私も払います」
社長はゆっくりシスの方と向き『いらない』とだけ言った。社長のあまりにもスマートな行動に驚いた。結果、お金は全て社長が払ってくれた。帰りのタクシーも出してくれて、会社にいる時の社長の姿とさっきまで会っていた社長の姿があまりにも違い過ぎて、レストランに居た時はさすがに困惑した。でも私は思った。さっきまで会っていた姿が、本当の社長の姿なんじゃないのかって。タクシーから夜空を見たら、満点の星が綺麗に輝いていた。
***チェギョンSIDE
家に帰っている途中、信号機の赤ランプをぼーっと見つめながら、さっきまでのシスの姿を思い出していた。
ずっと金を気にしていたな。金が少ないの? 貧乏なの? なら、給料を上げる? お礼だとか言いながら、シスと会えて嬉しい自分もいて……。
不思議な感情に心が覆いつくされる。
すると、巨大な物音が街中を響き渡った。チェギョンの目の前で事故が起こったのだ。チェギョンはただ、青信号になった信号を見つめ、横断歩道を進み始めた。回りの人たちは、慌てたり、泣き叫んだり、大声を張ったり、電話したりしている。すぐ隣では、車が燃え、ただでさえ暑い夏をもっと暑くしていた。チェギョンは、表情を何一つ変えないまま、その場を去った。
目をさすような明るい光のせいで、チェギョンの眠気は一気にどこかへ消えていった。気分が良くないまま、リビングのソファに腰かけ、おもむろにテレビを点ける。
『……昨日、大きな交通事故がありました。原因はまだ分かっていませんが、何らかの原因があるとみて、現在も調査を進めています。この事故での死者は5名、重傷者7名、軽傷者3名……』
昨日の事故。5人も死んだのか。また……。
会社に行き、チェギョンはある場所に向かった。そこには色とりどりの花があり、太陽の光に打たれ白く輝いている木々の葉、便利な場所に置いてあるベンチたち。ここはチェギョンが一番気に入っているこの会社の中庭である。まだ朝早いので、人はまだあまりいない。……はずだった。
『社長ですか?』
ベンチに座っていた僕に、後ろの方から誰かが話しかけて来た。
「そうだ」
僕は後ろを振り返らずにそのまま話す。だいたい誰だかは分かっている。僕の一番、今一番、会いたい人。
『社長、先日は大変おいしいお食事を有難う御座いました』
その人は僕の前に立ち、柔らかな笑顔を浮かべている。
「お前は……何でこんなに早く来てる? もう少し遅く出勤しても」
『ちょっとやることがあったので、プレゼン用の書類とか……』
「そうか」
そして、シスはお辞儀をして、会社の建物へと入っていった。チェギョンも社長室に行き、仕事に取り掛かかった。
***シスSIDE
「部長、デザイン出来ました」
部長のデスクまで行き、書類を手渡す。
『どれどれ~? そうね』
部長の顔に笑顔が無くなっていく。
『駄目ね。もう一回やってちょうだい』
「あ、部長。具体的にはどんなところが……」
『そうね、一番は、ここからここの長さとか、ここの襟のところとか。夏服なんだから、襟は暑苦しいでしょ? ね、考えてきて』
そう部長から言われたものの、いいアイデアが全く浮かばない。隣のジェンさんなんて、デザインのOKを部長に言われたので、ルンルンにデスクに帰って来た。
「ジェンさん、デザインってどうやったらできます?」
『デザイン? そんなの簡単。頭で思いついて、ありのままを紙に描くだけだよ』
「はあ、なるほど」
ジェンさんに聞いた私がバカだったか。
シスは気分転換に会社の真ん中にある大きな中庭に出た。ここは自然が合って、空気を吸うにはピッタリな場所だ。空を見上げていたら、一羽の小さな鳥が飛んでいた。何あの可愛い鳥、見たことないな。その鳥を目で追っていたら……私の心拍数は一気に速くなった。男性などその場所に飽きるほどいたが、シスの目を引き寄せたのは〝社長〟だった。
社長はいつも本を読んでいるけど、そんなに本が好きなのかな?
そんな疑問を頭の中に浮かばせながら、そっと社長に近づこうとする、と。
「!?」
社長がタイミングよく顔を上げ、周りを見渡し……私と目が合った。社長、タイミング良すぎでしょ。
「社長は、この場所がお好きなんですか?」と、小走りをしながら社長に近づく。すると社長は勢いよく立ち上がり、シスの口を手で塞いだ。
えっ!? 社……長……?
『シッ! ……こういう人がたくさんいるところでは、社長って呼んじゃダメ』
「あ、はい、すみません」
そういって社長の座った横に自分も座る。
「なんで呼んじゃダメなんですか?」
『バレたくない、面倒だから。俺が社長だってバレてるのは、お前と秘書と副社長と、デザイン部数人だけ。他はみんな知らない』
その時、前ジェンさんが言っていたことを思い出した。
――そうだよ! この会社一イケメンだって噂だよ。でも、直接見た人は少ないんだ
「じゃあ、そんなレアな社長の存在を知っている私はラッキーですね!」
シスは無邪気に笑ってみせた。
「ところで、こういう場合はなんて呼べばいいんですか?」
『チェギョン』
「チェギョン……いい名前ですね。じゃあ、社長室以外はそう呼びます」
社長の方を向いて喋っていると、私の目をじっと見つめる社長。すると、なんか、悩みある? と社長が聞いてきた。そんな事、社長が聞いて来るなんて思わなかった。だって悩みあるんだもん。
「なんで、分かったんですか?悩みがあるって」
『ただの勘』
それだけ言い捨てて、社長は前を見る。
「実は、デザインが浮かばなくて。浮かんでも、形が決まらなくて」
『そうか』
「さっきも、部長に提案したんですけど、駄目だったのでこうして気分転換しに来たんです」
『いつでも来ていいよ』
……え?
『分からないことがあったら、いつでも来ていいから。これでも僕、色々資格持ってるし』
そう言って、またシスの方に顔を向ける。
「有り難うございます。でも、そんなに社長室に出入りしたら変じゃないですか?」
『そう? 嫌なら、別に来なくていい』
社長はベンチから立ち上がり、シスに背を向け歩き出す。
「い、行きます!」
シスはベンチから立ち上がり叫んだ。自分でも今、何が起きているのか分からなかった。ただ、社長の背中を見ていたら、体が勝手に動き、勝手に喋っていた。それを聞いた社長は、一回後ろを振り返り、シスを見た後、何もしゃべらず去っていった。
その日、夕方まで粘って頑張ってみたが、全くアイデアが浮かばず。社長の所へ行くことにした。
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