第6話
それから毎日街へ行ったが、彼女をまた見たのはあれから一週間後のことだった。
あれは紙屋でのこと。不意に目に留まったから紙屋に入っただけで、まさかそこに彼女がいるとは夢にも思わなかった。
「なぁ、ヨンチョル。紙屋など初めて入ったが、こんなにも種類があるものなのだな」
僕は感心しながら、棚にたくさん重なってある様々な種類の紙を眺めながら言った。
「そうですね、俺も驚きましたよ」
ふいに紅色の紙があった棚に手を伸ばした時、隙間から奥が見えた。彼女が居たのだ。
「あ……」
一瞬、声が漏れてしまった。
「どうかしましたか?」
ヨンチョルが不思議そうに僕を見ている。
「ヨ、ヨンチョル……あの者だ、あの者」
「はい?」
これでも、まだ分かっていないようだ。
「僕が探している、お・な・ご!」と声を潜めて話す。
「あ~! あの者ですか」とヨンチョルもつられて声を潜める。
「ん゛ん゛……そなたは、ここに」
咳払いをして、ヨンチョルに言う。
「はい」
そして、チェギョンはゆっくり彼女に近づいた。彼女の隣に立ち、棚にある紙をめくるふりをしながら、彼女に視線を送るが彼女は紙を探すのに必死なのか全くそれに気が付かない。そして、僕がもう少し近づいて黄色の紙に手を伸ばした時──。
『あっ』 「あ……」
彼女とチェギョンの手が触れた。
『あ、すみません。』と彼女が焦りながら謝った。チェギョンは何も言えなかった。
そして彼女足早に、『すいません、これをください。』とすぐさま会計の方へ行った。
「一万ウォン」と店主が言った。
それを聞いたチェギョンは眉のはじをピクリと上げた。
「それは高すぎませんか?」
遠くから僕がいう。
「ん? ……誰だね、君は」と店主がチェギョンを睨んで言う。
「おぉ、この僕を知らない者がいたとは……。まぁいい、こんな紙ごときで一万ウォンは高すぎではないかと言っているのだ」
チェギョンは落ち着いたトーンだった。僕を知らない人に僕の事を教える気にはならない。一生、知らないままでいてもらおう。いつか恥をしるはずだ。
「そ、それは、この時期はこの色の原料があまりとれなくてねぇ」
動揺したのか、店主はチェギョンから目を逸らした。
「なら、今回は許すが、今後は少し安くしたほうが良い」
そういってチェギョンは一万ウォンを机に置いた。
「ヨンチョル行くぞ」
「は、はい」
そして二人はすぐさま店を出た。
「あっ、あの!」
後ろから高い声が聞こえた。彼女だった。彼女が近づいてきて、「感謝します、ありがとうございました」と言った。目が細くなり、頬の筋肉が上にもりあがるあの笑顔。チェギョンは彼女に言葉を発することなく、すぐ後ろを向き、あと来た道を帰っていった。
屋敷へ帰る途中でヨンチョルが僕の顔を覗き込みながら言った。
『なにも話さなくてよかったのですか? チェギョン様が心を寄せている女子では?』
「あの笑顔を見たら……喋れなかった」
『はぁ、そうですか』
「ヨンチョル……僕、毎日彼女を探そうと思う」
その言葉にヨンチョルは、静かに頷いた。
そうして毎日のように都に来るようになって3日がたった日。その姿にまたしても僕の体は反応した。すぐさま彼女の方向に背を向け、人混みに隠れようとし、後ろにいたヨンチョルと目が合った。
『どうしました?』
ヨンチョルが驚いた顔でチェギョンに話しかける。
「いる」
『いる? ……あ! ならば、話しかけましょう!』
僕は、彼女の方へと向か追おうとするヨンチョルを必死に止めた。
『なにをしているのです? 行きましょう』
「お前が行って何になるのだ?」
『あ……それもそうですね』
ヨンチョルは納得するのが早い。僕は
「あなた、この前の方!?」
その声に反応してビクッと体が跳ねる。ぼ、僕のこと?
僕が後ろを振り返ると彼女はせかせかとこちらに走ってきた。こちらに走ってくる彼女は、素晴らしく可愛らしかった。
「あ、あ、いけないですよ、走るなんて。転んでもしたら大変です」
僕は、そういいながら彼女にすぐさま近寄り、止めた。
『やはりあのときの方ではないですか……また会えて良かったです。名も、何も聞いていなかったので、いつ、ご恩を返そうかと思っていました』と彼女が言った。
「恩などは、返さなくていい」
『でも……』
「あれくらいの金など、いくらでもある」と彼女から目をそらして僕が言った。
『では、名だけでも教えてもらえませんか?』
「名は……チェギョンだ」
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