第5話 蘇る記憶



 面会終了後、僕と秘書は机を囲みながら採用者について話し合っていた。


「私としては、このカン・チョウ、が良いかと思いますが?」


「不採用」

 僕はきっぱりと答えた。


「なぜです? 高学歴、家柄も悪くありませんし」


「顔が悪い」


「顔……ですか、そりゃあ社長のような美男子はあまりいませんよ。そんなに強要しなくても良いじゃないですか」

 秘書は、よっぽどカン・チョウが気に入ったようだ。


「不採用」

 もう一度、今度はさっきよりも口調を強く言った。


「はい、わかりました……では、社長の気に入った人はいましたか?」


「ビン・シスだ」


「あぁ、この女性ですか? 確かに雰囲気はよかったですけれど」

 秘書は、社員ということではなく、一人のライバルである女、というような感じで言った。


「採用。絶対にこの人は採用だから」


「でも……」


「口答え? 秘書なら、はい、だけでいいから」


「はい。分かりました」








 会議室から社長室に戻る途中、昔のことを考えていた。


 1160年頃。

 僕がまだ死ぬ前、僕には恋人がいた。優しいオーラを放っていて、僕は一瞬にしてその人に心を奪われた。

 初めて見たのは、僕がいつも通り都に出かけた時の事だった。僕はひと際目立つ白と黄色の服を着た女性を見つけたんだ。彼女は靴を選んでいる途中で、僕は、彼女から目を離せなかった。


「チェギョン様。どうかなされましたか?」と少し後ろにいた護衛が言った。


「い、いや、何でもない」


「この頃、皆、楽しそうにやっていますね。何かあったのでしょうか」


「さぁな。でも、楽しそうなのは良い事ではないか」


「はい。俺にもいいことが起きればいいのですが……」


「なに? 今のままでは不満か?」と僕が笑いながら問いかける。


「いえ、冗談ですよ」と相手も笑いながら僕の肩を押した。


 彼は、いつも僕のそばについてくれる僕と同じ歳のヨンチョルだ。僕を守ってくれる護衛兼、何でも話せて、頼りもなる唯一無二の友である。

 僕は、脳裏で彼女の事を考えながらも、ヨンチョルと話していた。が、気づくと彼女の姿はなく、その日はなにもないまま、帰ることにした。


 だが僕は帰ってからも、彼女の事で頭がいっぱいで、夜、寝付けないくらいだった。いつまた会えるか……。会えると言っても話をしたわけでもないが、考えて、考えて、考えすぎていると、あっという間に朝になっていた。


 次の日になり、僕は街に行くのが待ちどおしすぎて、ずっと胸が疼いていた。その日もヨンチョルと街へ行ってみたものの、彼女の姿はなかった。


あの優しい甘い瞳。

きっと柔らかいであろう桃色の頬。

薄紅色の唇。

艶やかな黒い髪にささった椿の髪飾り。


彼女の姿をいつまでも探した。きっとヨンチョルも変だと思ったのだろう。「誰か人をお探しなのですか?」と聞いてきた。隣にいたのが僕の大切な友だったので、僕はすべて話すことにした。


「そうだ。人を探している」


「もしや……その顔ですと、女子おなごですか?」


「ごっ! ごほっごほっ!」

 驚きのあまりむせてしまった。まさか一発で当てられるとは思ってなかった。


「もしかして、当たりました?」 

 ヨンチョルらしからぬ無邪気な顔で笑った。


「な、何でそう思ったんだ」


「友としての勘です」


「さすが友だな……。一発で当てるなんて……」


「それはどうも。それで、どのような者ですか?」


「ああ……黄色い服と、それに、椿の髪飾りを付けていた」


「黄色ですか。黄色は高級ですからね。高級な物を買えるくらいですから、コン氏ですかね」


「コン氏か、なるほど」 


すると『チェギョン!』と遠くから僕を呼ぶ声がした。その声に反応して、僕とヨンチョルは、二人揃って後ろを振向いた。


「あ、ビンさん!」


 そこには、黒く長い髭を生やした中年の男性が立っていた。ビンさんである。彼とは、30も歳が離れているが、酒屋で初めて会ったきり意気投合し、今ではよく狩りにいく仲である。


『チェギョン、今日はどういう用事で都に?』

 ビンさんがにこやかに言う。


「あぁ、人探しです」


『人か? それはまた何で?』


「女子をさがしているんです。」とヨンチョルが言った。僕は焦って、ヨンチョルの口をふさぐが、時すでに遅しだ。


『女子ですか!? もしや……』


「あぁぁぁ! その先は言わなくていいです」


 ヨンチョルのせいで! という気持ちで僕はヨンチョルを睨みつける。この歳で初恋など、皆に笑われる。今の僕の歳くらいになると言いな付けがいたり、こどもがいるのが普通だ。だから皆は、もっと小さい頃に初恋を経験しているはず。でも僕は……。


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