VOL.6

BGMがリトル・リチャードの『long tall sally(のっぽのサリー)』から、エルヴィスの『Don't be cruel(冷たくしないで)』に変わった。

『美津子さんが何と思っていたか知りませんが、僕は別に彼女の事をだと思ったことは一度もありません。互いの欲望を満足させるだけの存在、そう思っていました』

 彼はラッキー・ストライクのメンソールを咥えて火を点け、頭を上に向けて、蒸気機関車のように煙を天井に向かって吐いてから、せいぜい悪ぶってそうぬかした。

『つまりは愛してなどいなかった。彼女の家庭を崩壊させてまで奪うつもりはなかった。そう言いたいってことかね?』

 俺の嫌味に、八杉はまったく応えた様子はなかった。

『君が丸裸で映画会社を放り出されようとした時、口を聞いて円満退社にし、挙句は法外な退職金まで出すように計らってくれたのは彼女なんだろう?』

 彼はまた煙を吐いた。

『それがどうしたっていうんです?彼女にはご亭主が与えられなかった“歓び”をあげたんです。むしろあれでも足らないくらいですよ』


 俺は二分足らずでハンバーガーを平らげ、コーラのグラスを掴んで一気飲みをした。

 不思議なことにゲップも出ず、胸やけもしなかった。

 いきなり立ち上がり、ものも言わずに拳を固め、奴の顔を思い切り殴った。

 八杉は吹っ飛び、床に尻もちをついて転がり、隣のテーブルに背中をぶつけて呻き、俺の顔を恨みがましく見上げる。

『110番でもするかい?やるなら勝手にしろ。言っとくがさっきまでの会話は全部録音してあるぜ。』

 俺は財布から千円札を引っ張り出すと、テーブルにたたきつけるように置いた。

『ごちそうさん。なかなかいい肉を使ってるな。あんたみたいな星屑なら、クズ肉の寄せ集めかと思ったぜ』

 俺は背を向け、そのまま店を出た。

 エルヴィスは相変わらず、”冷たくしないで”とスピーカーから呼びかけていた。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 八杉真一は110番することも、俺を告訴することもしなかった。

 

 その後、俺は報告書と、あの星屑の戯言を吹き込んだメモリーカードを依頼人姉妹に渡した。

 彼女たちがどう思ったか、それをどうしたのか俺は知らない。

 進藤美津子は相変わらずテレビドラマや映画で華麗な姿を晒し続けている。


 俺はデスクに足を投げ出し、ラジオからの歌声に耳を傾けていた。

 歌うはプラターズ。

”only you”である。

 まだ外は寒い。

                                  終わり

*)この物語はフィクションです。登場人物その他は、全て作者の想像の産物であります。



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星屑から来た悪魔 冷門 風之助  @yamato2673nippon

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