VOL.5

『で、その八杉真一氏は今どこに?』俺の問いに、彼は周りに誰もいないのが分かっていながら、辺りを見回して声のトーンを落とし、

『彼ならもういませんよ。辞めました。というよりでね』

 そう言ってから、自分の喉をかき切るような仕草をして見せた。

『なるほど、何で?』

 察しはついたが、俺はわざとらしい声で問うた。

『そりゃ、あんた、トップ女優に単なる下っ端の道具係の助手ごときが手を出したんですよ。この業界、それでなくてもスキャンダルには結構神経質になりがちですからな』

 しかし、そうは言ってもそこにはヒエラルキーというものがある。

 トップ女優の進藤美津子は殆ど(というよりまったく)お咎めなし。

 八杉の方にだけ割を喰った形になった。

 流石に『解雇』という形にはならなかった。

 いちおう『自己都合による退職』という形をとったわけだ。

 それに、普通ならばそんなものはつかないというのに、

”特別の計らい”ということで、彼にしては割に高い、

”退職金”まで出たという。

 誰のお陰でその”特別の計らい”があったかは、今更記すまでもない事だろう。

『で?その後八杉氏はどうしたんです?』

『さあ、知りませんな。彼は元々出身が神奈川県でしてね。そっちに帰って、飲食業をやっていると聞きましたが、詳しいことは私も知りません』

 事務長氏はそれだけ言うと、せわしなく腕時計を眺め、

”実はこれからちょっと人に会わなければならないんでね”と、思わせぶりな口調で俺の顔を見た。

 つまりは”帰ってくれ”という訳だ。

 仕方ない。

 俺はコートを取って、ソファから腰を上げた。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 彼の店は横浜港のすぐ近く、港の見える丘公園の西側にあった。

 割とお洒落な造りの、いわゆるフィフティーズを意識した店構絵になっている。

 店内はやはりそのままで、プレスリーやら、リトル・リチャードなんかのポスター、流れているBGMはやはりフィフティーズ。

 俺はポニーテイルに落下傘みたいに広がったスカートを履いたウェイトレス・・・・まだ20はたちそこそと言ったところだろう・・・・に、ハンバーガーとコーラのセットをオーダーし、ついでにマスターを呼んでくれと付け加えた。

 女の子はいささか胡散臭そうな顔をしていたが、俺が野口英世を三枚握らせてやると、それを腰に巻いていたエプロンのポケットに突っ込み、そのまま奥へと消えた。

 3分ほど経ったろうか。

 蝶ネクタイに腕カバー、白い前掛けと、こんなところまでフィフティーズを気取っている、痩せたあまりぱっとしない人相をした若い男・・・・といっても、俺よりはという意味だが・・・の男が片手に銀色の盆を持って現れた。

『お待ちどうさま』

 彼はそう言って、全く表情を変えず、俺の座ったテーブルにグラス、コーラ、それから皿に乗ったハンバーガーを並べる。

 ごゆっくりと言って立ち去ろうとした時、

『まあ、いいじゃないか。店も空いていることだし、少し話でもしないか。』

 と声を掛けた。

『悪いけど、厨房は私一人で回してるんで・・・・』

 俺は懐を探り、ホルダーを引っ張り出すと、認可証ライセンスとバッジを開いて見せた。

『俺は探偵でね。名前を乾宗十郎という。ある人・・・・いや、回りくどい言い方は良そう。進藤美津子の娘から依頼を受けてね。あんたと美津子の関係について調べてくれってさ』

 彼は黙って俺の目の前に向かい合わせるように座り、銀の盆を脇に置いた。

『分かってるんでしょう?探偵さん』

 開き直った調子で唇を歪めてみせた。

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