第3話 暴走事故


 駅前の待ち合わせの銅像の前で、親友が待っているのが見えた。銅像は前衛的過ぎて何を表現しているのか全くわからないので、いつも「駅前の変な銅像の前で」という言い方で、場所が指定されている。


 今日の真友まゆは長い黒髪を赤いシルクのリボンで可愛らしくまとめている。清楓さやかはいつものように、左右の横髪を、黒いシンプルなヘアピン二本で留めているだけ。

 もう少し、お洒落をしてきた方が良かったかな? 等と、少し恥ずかしくなる。


真友まゆお待たせ! 待った?」

「ううん、今来たとこよ」


 いつの時代でも使えるデートのテンプレートの会話をして、二人は笑い合う。いつもは清楓さやかの方が先に来ている事が多い。家も駅から近いし、大雑把に見えて彼女は時間は守るタイプで、今日も少し早めに出るつもりでいたから、の世話で予想外の時間がかかっていても約束の時間に間に合っていた。もし遅刻していたら、家にいるあの男の事を説明しなければいけなかっただろう。

 だが親友とはいえ、怪しげな男を一晩泊めた事を言うのは憚られる。危機感が薄いと怒られるのもだし、心配もかけたくもなく。普通ならやらないような事をやってしまった自覚があったので、後ろめたさも少し。嘘はつきたくはないから、言わずに済む状況は有難かった。


清楓さやかはどこから見る?」

「冬服を、ちょっと見たいな。今年って寒そうじゃない?」


 歩き始めた二人の耳に、子供が泣き叫ぶ声が聞こえて来た。


「もう! いい加減にしなさい!」

「イヤイヤイヤイヤ!! ああああぁああん!!」

「だからどっちがいいの」

「やだやだやだやだあぁああああ!!」


 小さな男の子が、母親を前にイヤイヤ期全開で、何をしようが嫌としか言わず、とにかく泣いて暴れていた。


「わ、お母さん大変そう」

清楓さやか、ちょ、ちょっとあれやばくないかしら?」

「え?」


 その親子の周囲の放置自転車が、カタカタと揺れ始めていて、子供の泣き声が高まるのに合わせて、ガタンガタンと大きく踊り始めた。


「あれって、もしかしてあの子がやってるの!?」


 他人に無関心な人々も、流石にその異様な状態に目を向けた。


「ぎゃぁああぁあああんヤダァアアアアア! うわぁああああん!」


 子供を中心に、その母親も、周辺の放置自転車も、看板も、ゴミ箱も、円心放射状に一気に吹き飛ばされた。ガラスが割れる音が続く。

 清楓さやか真友まゆの二人は、お互いをかばい合うように抱き合って、その場にしゃがみ込むしかなかった。


 二人が恐る恐る目を開けると、子供の周囲十メートルの範囲は、円を描くように何もかもが吹き飛ばされて、小石ひとつ無い。遠く飛ばされた母親は、地面に転がってぴくりとも動かないでいた。子供は泣き続けていたが、目を開けた時に母親がいなくなっている事に気付いて泣き止み、きょとんとした顔で周囲をキョロキョロし始めている。


 少女達は青ざめ、抱き合っているしかない。

 どれくらいの時間が経ったのかわからないが、誰かが通報したのかサイレンの音が遠くから近づいて来る。


「……超能力の、暴走……?」


 清楓さやかがやっと、口を開いた。茫然とその風景を見ていた真友まゆの体が、ガクガクと大きく震えている事にも気づく。


真友まゆ、大丈夫?」

「あ、あ……うん……」


 真友まゆの脳裏に、断片的な記憶が蘇る。


 薄暗い部屋、天井、男の姿。

 血に染まるカーテン、壁、床、天井。

 茫然とした親友の……幼い顔……に、今の清楓さやかの顔が重なる。


 清楓さやかの頬に、破片がぶつかってできたと思われる切り傷が見え、真友まゆの意識は現実に完全に戻った。


清楓さやか、右のほっぺ、怪我してるわよ?」

「え? ほんと?」


 ごしっと手の甲でこすると、少しだけ血がついた。

 次々と警察車両と救急車が到着し、サイレンの音が周囲に満ちる中、一人の警察官が座り込む二人の元に駆け寄って来た。


「君たち、大丈夫かい?」

「あ、はい」


 二人は慌てて立ち上がったが、お互い両手を繋ぎ合わせたままだ。

 そんな二人の目線の先に警察でも救急隊員でもない、昔ながらのサラリーマンのようなスーツ姿の男達の姿が目に入った。

 真友まゆがこそっと清楓さやかに耳打ちする。


「あれって、もしかしてPSI管理局サイかんりきょくじゃないかしら?」

「え、都市伝説かと思ってた」


 超能力の暴走事故は、少なくはない。他人に怪我を負わせるようなレベルは滅多にないが、『異常なPSIサイを感知しました』というアナウンスと共に電車が止まる事は頻繁にある。

 超能力は、目に見えない四次元空間に存在するもう一本の手のような存在だが、逆に言うと普通の身体と同様に理性での制御が必要で、怒りに我を忘れて暴走する事はよく聞く話だ。ケンカで手が出るタイプの人間は、超能力も出やすい。

 子供ともなると感情の赴くままになりがちで、成長途中の超能力診断は正確に計測できない事も多く、先ほどの子供はどうもBランクぐらいはありそうだった。


 Aランクがどれくらいの規模なのかは、わからない。

 まだ存在していないが、いつかBに収まらないレベルが発見されたときのために、枠だけを作っているとは聞いてはいるが。

 あのような国の機関が本当に存在するなら、「Aランクは秘匿され、国が完全に管理している」というネットでまことしやかに囁かれる噂が、真実のように思えてきてしまう。


 スーツ姿の男達は警察と共に、距離の計測や吹き飛ばされた物の重量を確認しているようだったが、そのうち一人と清楓さやかは目が合った。

 短い茶髪を横分けにした、少し眠そうにも見える一重瞼の垂目気味の男。彼は特に彼女に興味は持たず、後ろから話しかけて来たスーツ姿の男に、すぐに目を向けた。

 清楓さやかは、なんとなく気になって、そのスーツ姿の集団に見入っていた。


「ねえ清楓さやか、今日はもうやめとく?」

「あ、うん……」


 真友まゆも先ほどから顔色が良くないし、今日の買い物をして遊ぶという約束は、後日また改めてという事になってしまった。


 手を振って帰途につく清楓さやかを見送って、真友まゆは電車に乗るために駅の構内に吸い込まれて行く。

 真友まゆの帰宅時間が予定よりいくら早くても、家族は気にもしないだろう。使用人も、彼女との距離は義務感だけという感じだ。顔色が悪いまま帰宅しても誰も心配などしない。心配してくれるのは、親友の清楓さやかだけ。


 もう少し、親友と一緒にいたかった。でも、彼女の隣にいる事が許されないような気もして来るのだ。

 幼い頃の記憶の断片が、真友まゆを孤独にする。


 彼女は、一人にならざるを得なかった、一匹の狼。


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