009

「出頭命令………俺にか?俺はガーディアンの隊員じゃないぞ?」


 アサギに端末を見せ付けられる奏真。

 アサギの言っている事がそのまま記述されている事に困惑する。


 アサギももう一度見返すが書いてある事は変わらない。見逃しがあったとするならば出頭命令に期限があった事。


「俺にもよく分からない。一週間以内らしいから、どうするかはゆっくり決められるぞ」


 命令されたのは隊員でもない奏真。命令とは言えど強制ではないだろうと奏真の判断に委ねる。

 奏真は少し考えた末、結論を出した。


「………ガーディアンを敵に回すのは兎も角アサギを敵にするのはちょっと面倒だな。そんなに行きたくない訳じゃないし行くか」


「今承ってる依頼はどうする?」


「勿論続行だ。ただ少し急ごう」





「………こんなもんか?」


 森に巣くう危険視されているモンスター最後の一匹を倒した。


 奏真たちの目の前に倒れるのは大きな熊のようなモンスター。

 最近では人を襲う事が増えたらしく街では困っていたようだ。


 奏真とアサギが戦う分には苦戦もしないがこれが戦いなれない一般市民では死人が出てもおかしくはない強さ。


 現に今まで戦闘に全く関わりがない雪音は奏真とアサギに守られていなければどうなっていたことか。

 雪音は膝に手をついて肩で息をする。逃げ惑う事だけで精一杯だった。


「大丈夫か?少し休憩するか?」


 アサギが心配になって声をかけるが雪音は首を横に振る。


 雪音は体力だけは自信があった。

 以前領主に虐げられていた時に培ったものだ。無理難題を押し付けてくる領主の機嫌を損ねない為に死に物狂いで働いた。

 その副産物ではあるが集中力と体力は大きく向上した。


 戦えなくても奏真とアサギの負担にならないよう逃げる事は出来るとそう思っていた。


 実際、いざ目の前で戦闘が巻き起こると体は硬直し、動く事を迷わせる。死というものに集中力を削られ鈍った判断力が余計な体力を奪う。

 気付いた時には息が切れ、体が重く感じていた。


「すみません……足手……まといに」


 徐々に息は整うが疲労は決して消えない。それどころか緊張から解放されたために余計な疲労を思い出す。

 足はもう棒のようだ。


「攻撃通して悪かったな。次は出来るだけ防衛戦にした方が良さそうだな」


 短縮させるという意味もあって今回は出来るだけ早く、攻撃を避けながら戦った。その避けた攻撃が雪音に飛来していた。


 後半は雪音の疲労に気が付いたアサギがフォローに回っていたがその時には既に満身創痍だった。

 戦い方を改める必要があると奏真は実感する。


「足手まといとかは置いといて、少なくとも霧谷は自分自身を守れるようになった方がいいかもしれないね」


「そうだな………自己防衛ってやつだな」


 アサギの言う事に奏真も頷いた。


「…………でも、私は魔法を使えなくて…」


 自身無さそうに下を向いた。

 アサギは知らないが雪音は魔法を使えた事がない。奏真はそれを領主の嫌みから聞いたが本人が何も否定できずにいたことを思い出した。


 アサギは雪音の言葉を聞いて腕を組み、考えるとすぐに閃いた。ニッと不気味な程に笑顔を作り奏真の方を見た。


「………なんだよ?」


 若干引いている奏真。アサギは構わずその考えが浮かんだ案を雪音に言った。


「安心しろ、魔力はあるんだろ?それならここには魔法のスペシャリストの奏真くんがいるからな!」


 ガシッと奏真の肩を掴むアサギ。

 奏真はアサギの言っている事が一瞬分からず自らの耳を疑う。


「………ん?」


「奏真が魔法教えてやれよ。魔力は少ないけどお前ほどの技術を持つ者は見たことない」


「いや、ちょっと待て………」


 奏真は何やら嫌な予感を感じとる。


「あの、教えて頂けますか?」


 雪音は希望に満ち溢れた瞳で奏真を見ていた。これにはさすがの奏真も嫌だとは言えず渋々引き受けた。


「まあ教えてやるのは構わないが……強くなれるかは保証しかねるぞ?」


 それを見てアサギは楽しそうに笑っていると奏真がアサギの首を締める。


「うぐぐぐ………く、苦し………」


 アサギの首が締まり苦しそうに悶えるがそれを無視して話を進める。


「はい、よろしくお願いします!」


「うんまあ…………うん」


 アサギの首を締めながら微妙な反応を返す奏真。

 閉められているアサギの顔は真っ青。捨てるように解放されるとばたりと倒れ込んだ。


「おお……死ぬかと思った………」


「さっさと立て。時間は無限に有るわけじゃねぇ。依頼達成報告しに行くぞ」




 一度街へ戻り、依頼主へ達成の報告を済ませる。その際に依頼達成の証拠としてモンスターの体の一部を持っていくと好印象だったのか元の報酬よりも上乗せされた。


 多額の報酬となった依頼に奏真は満足そうに再び森へ戻ってくる三人。

 報酬はしっかり三分割され、平等に分けられた。


「………私まで………何もしていないのに」


 受け取るのを最後まで拒否し続けた雪音は結局奏真とアサギに諭され受け取った。


 奏真とアサギからしてはそうでもない額だが雪音からすればかなりの額。受け取ってなお、なかなかしまおうとはしない。


「いいんだよ。あれだ。これは将来お前が強くなることを見越しての投資だ」


 奏真は完全に取ってつけたような言葉を並べる。

 納得は出来ない様子の雪音だが今はそういう事にしてしまう。


「さて、魔法についてはさっき説明した通りだが不明なところはあるか?」


 奏真は依頼達成報告の移動の際に雪音に一通り簡易的ではあるが説明した。いくつか雪音も初見なところがあったが何とか理解したようだ。

 首を横に振る。


「大丈夫です」


 若干表情に曇りが見えるが本人がそう言うので奏真は次の段階へと移る。

 

 森をどんどん奥へ進んで行く。

 十分程度歩いてあるところで奏真は足を止める。


「この辺ならいいだろ。取り敢えず何でもいいからやってみ?」


「………え?」


 長い事歩いたかと思えば奏真はいきなり丸投げした。


「何でもいいから魔法ぶちかましてみろ。魔法の使い方は教えてやっただろ?後は自分でその感覚を覚えるしかない」


 森を奥へ進んだのは街の方へ被害を出さないため。仮に暴発しても対応できる森で試させようという魂胆だ。


 ただ、雪音はじっ、と突っ立っているだけで魔法を使おうとはしない。いや、使えないようだ。


「まだ分からないか。なら手を貸せ」


 スッと雪音に奏真は片手を差し出した。

 差し出された奏真の片手にちょこんと雪音は手を乗せる。


 すると奏真が魔法を放った。

 魔法は木の幹に直撃するとそこからバキバキッと音を立てて折れる。


「思ったよりも高威力だな」


「………」


 雪音は放たれた魔法ではなく奏真と繋いでいる手を見ていた。

 何かしらの違和感を感じ取ったのかその後もずっと見ている。


「どうした?もう一回やるか?」


「あ、いえ!すみません大丈夫です。何となくですが分かりました」


 奏真が雪音の顔を覗き込むように見るとハッと我に返った雪音は手を奏真の手から離す。


「そうか?ならやってみろ。もし何かヤバそうだったらアサギが何とかする」


 横で見ているアサギの肩に手を乗っけた。

 まるであの時の仕返しとでも言わんばかりである。


「おい!俺に丸投げかよ」


「いやだって俺の魔力じゃどうにもならんしなぁ………」


 遠くを眺めながら適当な事を言う奏真を睨むアサギ。

 二人が下らない事をしている内に雪音はコツを掴んだのか手のひらには水が集まり始めた。


「おお!出来るじゃん。流石エルフ族だな」


 雪音の初めての魔法にアサギは関心の声をあげる。

 アサギとは別に奏真は雪音の魔法に眼を凝らしていた。奏真はその時から既に何か違和感を覚えていた。


 するとすぐにその原因が分かる。


「まずい、一旦止めろ!魔力を切れ!」


 慌てて雪音に魔法を止めるよう叫ぶが集中している雪音には届かない。最後まで完成させるべく、慎重に魔力を注いでいく。


 隣で関心しているアサギは急に止めるよう叫んだ奏真を見て頭に「?」が浮かんだ。


「いきなりどうした?いざとなったら俺らが対処するんだろ?」


「よく眼を凝らせ。あれを対処なんて冗談じゃない」


 奏真はいつになく焦っていた。

 奏真のそんな姿をアサギは物珍しそうに眺めた後、もう一度雪音の魔法を見る。やはりすごい魔法だ。集まった水が巨大な球体へと変化していく。奏真に言われた通り眼を凝らしてよく見る。


 するとそこには膨れ上がった魔力が可視化されていた。

 そこでようやくアサギにも奏真の焦っている理由がよく分かった。


 どんどん膨大になる魔力。水魔法の大きさは既に直径七メートルを越える大きさにまで膨らんでいる。


「…………まじか」


 アサギも例外ではなく奏真と同じような顔をした。しかしもう止めようにも遅い。

 およそ七メートルにまで到達した魔法を防御するのは兎も角、途中で止めさせるには本人がやらないといけない。他人が干渉するとどう暴発するか分からない。


 雪音がその魔法を放つであろう方向に誰もいない事を祈る他ない。


 とうとう雪音の魔法は直径十メートルにまで到達。まだ余力があるのか膨張する魔力は緩やかに収まっていく。


「えいっ!」


 雪音は自分の正面に向かってその水の塊を投げつけた。ただの水が重力に従い離れた場所の木々に降りかかる。まるで巨大な滝のように。

 雪音のかわいい掛け声とは裏腹に雪音の水魔法が降りかかった木々は音もなく潰されぺしゃんこになった。それだけでは収まらずそこの地面には巨大なクレーターが出来上がってしまった。


「…………え………」


 雪音自身思っていたよりも強く放った魔法に自らも引いていた。


 雪音の中の想像では奏真が放ったものと同じような威力をしている筈。

 それが実際にやってみると自然破壊の一方手前。


 小刻みに震えながら奏真とアサギの方へ振り返る。


 奏真とアサギも同じくその威力にドン引いていた。


「奏真?あんなもの教えたの?」


 アサギの声は裏返っていた。


「いやいや、まさか。あれの百分の一だ」


 予想以上の威力に奏真は苦笑していた。

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