008

 別れを告げると早急に街の外へと足を運ぶ奏真とアサギ。ポツンと一人取り残された雪音は去って行く二人の背中を見て頭の中で言葉が浮かぶ。

 

 もう二度と会えないのかもしれない。


 そう思った時には既に考えるよりも先に体が動いていた。

 全力で二人の後を追いかけ追い付き、奏真の服を引っ張った。


 声には出せなかったが置いていかないでという感情が伝わったのか奏真は足を止めた。それに合わせてアサギも止まる。


 迷惑、邪魔、使えない。


 雪音は自分自身の無能さをよく理解していた。それ故奏真の足を止めたのはいいが、なんて声をかけたらいいのか分からず無言のまま掴む手に力が入る。


 そんな掴んだまま何も言わない雪音に奏真は振り返る。


 振り払われると勘違いした雪音は慌てて自分でも訳の分からない事を口にした。


「……な、何でもします。雑用でも囮でも。無能ですけど……私の出来ることを最大限やるのでどうか私も連れてって下さい」


 それでも必死にお願いする雪音は地に額を着ける勢いで頭を下げた。

 なんて返されるのか怖くてたまらなく両目を力の限り瞑る。


 頭を下げたのを見るとすぐに奏真は頭に手を置いた。そして、無理矢理に下がった雪音の頭を上げさせる。


「?」


 隣で静かに様子を見守るアサギは想定外の奏真の行動に困惑を隠せない。


 驚くにはまだ早かった。

 奏真は雪音の頭を無理矢理上げたと思えば次は雪音のほっぺたをギュッと力強くつねり始める。

 何を始めたのかと思えば奏真はこんな事を言い出した。


「いいか、二度と自分を無能と言うな。それと軽々しく一人の女が何でもするとか言うんじゃない。それが連れてく条件だ」


 雪音のほっぺたを上下左右にこれでもかというほどに引っ張った。


 あらゆる方向へと引っ張られる雪音は痛さのあまり目尻に涙を浮かべている。


 アサギは空いた口が塞がらない。


「着いてくるなら仕事も手伝って貰う。丁度今依頼があるから手を貸してもらおう」


 雪音を解放すると奏真はそれ以上は何も言わず背中を向ける。


 一人歩いて街の外へ行ってしまう奏真。

 アサギは我に返り、同じくポカーンとする雪音に声をかける。


「勝手にしろってさ。どうするんだ?来るのか来ないのか」


「い、行きます!」


 アサギと一緒に奏真を追いかけた。




 街を出て、森へ入っていく奏真、アサギそして雪音。

 奏真は繁華街にて得た情報を二人に共有した。


「依頼は街近隣の森に出没するモンスターの駆除だ。俺とアサギは馴れてるけど今回からは霧谷もいるから慎重にいこう」


「了解」


「……はい」


 アサギはいつも通り何を考えているのか分からないようなへらへらした笑みを浮かべているが、雪音は初めての戦闘に緊張しているのがわかる。


 まだ森に入って数分。雪音は入って以降ずっと辺りを警戒するように周りを見ていた。奏真とアサギはただ正面だけ向いて進んでいる。


「そんなに警戒してもまだ居ないよ」


 雪音の様子を見てクスクスと笑うアサギ。


「そう言えば紹介がまだだった。俺は御影アサギ。知っての通りガーディアンだけど融通聞かせてもらっていて今は奏真と遊んでる」


「誰が遊んでるって?」


 さりげなく奏真に対して嫌みを吐くアサギは雪音に片手を差し伸ばす。

 奏真が噛みついてくるがそれを完全に無視して話を進める。


「たまにガーディアンへ戻る事もあるけど基本的には一緒に行動してるんだ。俺の事はアサギでいいよ。よろしくな……えっと、霧谷でいいか?」


「はい、よろしくお願いします」


 雪音はアサギの手を取った。


「…………何かいるな。けどこれは」


 アサギと雪音が紹介しあっていると奏真が何かを感知した。

 すると奏真の言った通りにすぐにその姿を現した。


 それは盗賊たちだった。


「おいおいおい。ガキ三人かよ金目の物持ってんだろうな?」


「見るからに貧相そうだなこいつら」


「弱っちそうだな。さっさと殺してしまおうか」


「でも珍しい女がいますね」


 現れた四人の盗賊たち。奏真たちが軽装なのを見て口々に言いたい事を言う。

 金目の物が少ないと見た目から判断した盗賊たちは物珍しい白銀色の髪に狙いが雪音へと変わる。


「こいつは高くつきそうだ。そいつを狙え」


 盗賊の頭である男が指示を出す。奏真とアサギもそれに応じて戦闘態勢をとった。


「アサギ、雪音を守れ」


 戦闘態勢に緊張が走る。雪音は全くそういう経験がないのでどうしていいか分からずオロオロと焦っていた。


 それを見た奏真はすぐにアサギに指示を出す。アサギはその指示を予測していたのか既に雪音の隣にいた。


「距離取るけどいいか?」


「構わない。ただ離れすぎるな」


「了解、行くぞ霧谷」


「は、はい」


 アサギに片手を引かれついていく雪音。

 離れようとする二人に盗賊たちは追おうと一歩踏み出すとそこに魔法が着弾した。

 盗賊たちは足を止める。


「追わせない。出来れば手を引いてもらえると助かるんだがなぁ?」


「これは男前な事だ。だが四対一、秒も稼げず瞬殺だぞ」


 盗賊たちは各々武器を構えた。


 横一列に並ぶ盗賊は奏真から見て左からナイフを構える低身長の男、サーベルを構える盗賊の頭。隣に槍、一番右に斧を持つ者。そして彼ら一人ひとり魔法をそれぞれ使うだろう。


「依頼はモンスターだけだからな。どうしたものか」


 基本的に依頼以外余計な戦闘を嫌う奏真はめんどくさそうに小さくため息をついた。


 殺す気満々の盗賊たちは一斉に奏真へと襲い掛かかった。それぞれの武器が奏真へ降りかかる。


 ヒョイヒョイっと軽く避ける奏真。


 盗賊四人の攻撃は奏真に一つもかすり傷一つもつける事は出来ない。おおよそ人間に出来る動きではない。それくらい常人離れした動きで全ての攻撃を避けた。


 とは言え避ける為に距離が必要だ。奏真は一歩、また一歩と盗賊たちから距離を置く。


「何だこいつ?攻撃が当たらない」


「だが避けてばかりだ。反撃のすべが無いらしいな」


 奏真の魔力を見極めた盗賊の頭。勿論今現在も奏真の魔力は75きっかり変わらない。

 まだ奏真の魔力が減らない事を知らない盗賊たちには余裕の笑みが浮かぶ。


 再度盗賊たちが一斉に奏真へ襲い掛かる。その瞬間を奏真は待っていた。


 奏真の頭上には複数の炎系統の魔法がいつの間にか展開。漂って奏真の発射合図を待ってる。奏真が一歩後ろへ飛び退いて盗賊たち四人を誘い込む。


「反撃が出来ないんじゃない。しなかったんだよ。だ」


 盗賊たち四人の攻撃に合わせて奏真の頭上で漂っていた魔法に合図を送る。


 盗賊たちへ降り注ぐ奏真の炎系統の魔法。無数の炎の雨と化した魔法は盗賊たちを襲う。


 しかし、


「この程度で反撃?どこがチェックメイトだってぇ?笑わせるな」


 盗賊たちは奏真が魔法を展開し、反撃してくる事を読んでいたのか青い半透明の幕のようなものが奏真の魔法を防いだ。


 これは防壁系統の魔法、【防壁魔法】【障壁シールド】。ある程度の威力ならば魔法や物理攻撃に問わず防ぐ事が出来る魔法。魔法が扱えるものなら誰にでも使える魔法の一つ。


 それを四人同時に展開し、奏真の魔法全てを容易く防いだ。【障壁シールド】に当たった炎は打ち消される。

 盗賊たちが奏真の懐へ潜り込む。


「チェックメイトはお前だ!」


 四人がそれぞれ武器を奏真へ突き付ける。

 殺される間合いだ。


 奏真は嘲笑うように笑みを浮かべた。


「いいや、一手が速い」


 盗賊たちの武器が当たるスレスレ。わずか数ミリ程まで迫った時、奏真は上へ跳んだ。


だ」


 飛び上がった奏真の背後、下を潜るように魔法が飛び出した。


 これは奏真の放った魔法ではない。

 二百メートル程後ろへ離れたアサギが放った魔法だ。


 放たれた魔法は四つ。盗賊の数と同じ数。一直線で突き進み全て盗賊たちに被弾する。


「なん………だと!?」


 命中した盗賊たち四人はその場で白目を向いて倒れた。

 その後、起き上がる者はいなかった。命中した場所はだいたい腹部。気絶程度に加減されている為死んではいない。


 それでもいきなり起き上がる事はなくもない。警戒を怠らない奏真は念のため魔法でロープを作り四人をまとめて縛り上げる。


 そこへアサギと雪音が合流する。


「上手くいったみたいだな」


 二百メートルもの距離があっては当てても当たった感覚というものが分からない。

 雑に縛られる四人の盗賊を見てアサギは仕留めた事に実感を得た。


「相変わらず変態だな。森の中、約二百メートルの距離を正確に道具も無しに撃ち抜くとはな」


 奏真はそんなアサギの正確無比の魔法による狙撃を見て引いていた。

 雪音も放つ瞬間を見ていただけに事の難しさを知っている為仕留められた盗賊を確認して動揺していた。


「誉め言葉として受け取っておこう。さて依頼はこいつらじゃない。さっさと戻……」


 依頼の再確認をするため自作の端末を開いたアサギ。その端末を見て顔色が変わる。

 

 奏真は急変したアサギの表情に違和感を覚える。


「………どうしたアサギ?まさかこいつらも対象だったのか?」


 本来の依頼はモンスターの駆除。モンスターではない盗賊たちは対象外。その記述が間違っていたのかと冗談半分で奏真は聞くがアサギの言う事はそんな事より、遥かに深刻だった。


「奏真、お前にガーディアンへ出頭命令が届いている」

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