第2話

 このままでは、イリヤ自身、赫くなった顔を上げる事が出来ないし、逆に、ヨツの一部は上がり続けるばかりである。

 ——話題を振って、気を逸らした方が良い。

 そう考えたイリヤは、扉を開けて飛び込んで来た時の、ヨツの第一声を思い出す。


「何か喜ばしい事でもあったのですか?」


 エスの手を借りて立ち上がりかけていたヨツは、何を言われているか判らないような顔をしたが、瞬時に赤くなって俯いた。


「(喜ばしいって言われても、そんなの答えられる訳がない。イリヤの裸体を拝められたのが、嬉しかったなんて、……特に右の乳房の傷はセクシーだったな」


 もう一度、今度は、物理的に記憶を吹き飛ばすしかない。イリヤがそう思って、軽く拳を固めると、エスがヨツとイリヤの間に、割って入って、首を横に振る。


「あぁ、思い出した。イリヤ、教会から冒険に出て良いと言う、連絡が届いたんだ」


 エスの後ろから、ヨツが紙面立体画面を開いた。

 ホログラムを出力する時の駆動音が、敏感になっているイリヤには聞こえる。きっと、エスにも駆動音は聞こえているだろう。


「共有して下されば良いのに」


「うん? 直接伝えたかった」

「(イリヤに会いたかった)」


 イリヤには、ヨツの心の声まで聞こえてしまう。ヨツからほどの、はっきりした声ではなかったが、他人の感情的なモノは、かなりの精度で聞こえて来た。それがイリヤの能力であり、この世界では、それを『啓示』と呼んだ。啓示の能力を保有する者を 『啓示保有者』と呼び、彼ら、彼女らは国の資産でもある。


「ありがとうございます。それで、教会はなんと……」


 空中に浮かぶテキストを読み始めていたイリヤは、ヨツが答える前に、その内容を把握した。テキストの書きは軽かった。ホログラムネットの技術が確立されてから、まだ日が浅い。今だに、書いてある内容の重さや、書味の重い、軽いによって、負荷が変わって来ると思っている人々がいる。容量の軽い重いは、滅び去った旧世界と一緒で、文字か、音声か、画像かによる。


『冒険に出ていいよ。–––教会より』


 教会からの言伝なのに、威厳もへったくれも無い。


「GCU規格に参加していただろ? 条件を満たしてね。晴れて冒険に出れる事になったんだ!」

「(どうしよう、どうしよう、宿が取れない夜もあるかも知れない。その時は同じ臥所……、いや、それどころか、イリヤと同衾しなければならないかも知れない)」


 180㎝の体の向こうから、ヨツの声が聞こえて来る。

 ヨツの言った、GCU規格とは…… 

 Government-Certified-Unknwonworld search.

 要するに政府お墨付きの、未知領域探索許可規格の事だ。皆、発音する時は「ジシュキカク」と発音する。


「特に教会の、コノンハナン氏とキッブー氏、センリ氏にドリームショウ氏が応援してくれてね。コノンハナン氏はコメント付きで応援してくれたし、ドリームショウ氏は、今だに応援してくれている。神ピーヴィーPVのご加護もあった」


 180㎝の体の向こうで、ピョコピョコと飛び跳ねながら、ヨツが早口に喋る。

 ヨツが言い終わった後に、素早く反応したのは、イリヤではなくエスの方だ。


「冒険に出る? イリヤ、抜け駆けする気かい?」


 、と凶器のような爪を持つ手が、イリヤの胸ぐらを鷲掴んだ。

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鈍感・敏感 じれったい系の2人が、よくわからない世界で恥ずかしがりながらも、積極的になり過ぎて削除されないよう、仲間たちに見守られながら冒険をする 神帰 十一 @2o910

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