第18話 立派な腐男子入ったオタクじゃねえか

「私まで悪のりしてしまい、申し訳ありませんでした」

「いえいえ。元通りにして頂ければそれで」

 二時間後。

 無事に片付けを終えたベルゼビュートは平謝り。一方、ベヘモスはそこまでして頂かなくてもと、執事としての礼儀で応じる。

「いやあ、サタン様ってやっぱり凄いよね。奏汰君、せっかくお誘い受けているのに断るなんて勿体ないよ。桃源郷に行けるよ」

 そんな礼儀正しい挨拶の横で、アイスコーヒーをストローでちゅうちゅう飲むルキアが、そんなことを言ってくる。

 奏汰はもちろんぎろっと睨んだ。

「試しませんよ。っていうか、桃源郷という表現に日本人らしさを感じる。ああ、でも、悪魔」

 そしてルキアの存在について悩んでしまう。

 欲望に忠実すぎて人間から悪魔になる。その実例が目の前にいるわけだが、どうにも根がホストだからか、総てが軽い。ふわっふわなのだ。

「ああ、そうか。奏汰君は人間だもんなあ。二股掛けるのは気が引けるか。でも、ルシファー様と結婚したら悪魔になるんじゃないの?」

 一方、ルキアはルキアで魔界にいる、それもルシファーの嫁候補である人間に興味津々だ。これからどうなっていくんだと面白がっている。

「よ、嫁って言い方はあれだけど・・・・・・確かに、あいつとずっと暮らしていると悪魔になるのかなあ。羽とか尻尾とか生えてくるのかなあ」

 奏汰はまずそこが気になると、ルキアの背中にあるコウモリの羽と、ばい○んまんを思わせる尻尾を凝視。

「これねえ。最初に出てきた時はびっくりするよね。背中と尻に違和感があるんだもん」

「ははあ。ってことは、突然なんだ」

「そう。朝目覚めて起きたら悪魔になってんの。ああ、俺の場合は目覚める時間は夜だけど、まあ、なんにせよ、寝て起きたら悪魔だった」

 ははっと、やっぱり軽いルキアだ。奏汰だったらその時点で失神している。

「ええっと、で、どうしたんですか?」

 一応は魔界暮らしの先輩だ。ここぞとばかりに奏汰は訊ねる。

「いや、どうもこうも、魔界からの使者ってのが来て魔界に案内されて、サタン王が魔界の住民票をくれて、何か商売したいならルシファー様を紹介するよって感じで」

「軽い」

「で、ルシファー様がホストって商売に興味津々だから俺が教えることになってさ。ついでにキャバクラとかカラオケとかダーツバーとかどうですかって感じで、あれこれ商売のネタを提供して今に至るんだよね」

「逞しい」

 そんなトントン拍子に話って進むものですか。っていうか、ルキアの適応力がラノベの転生した主人公並みだ。

「ああ。だからルシファー、俺に適応力がないとか言いやがったのか」

 前例があったのか。そしてその前例がこのホスト悪魔だったなんて。

 例外にもほどがあるぜ。

 奏汰はまだまだ考えることがあるなあと、ルキアを見つつ溜め息を吐くのだった。




 さて、朝から一騒動あったが、奏汰はようやく完成した実験室に足を踏み入れた。

「すげぇ。大学より最新!」

 その実験室に奏汰は興奮。その喜び様に、ルシファーもご満悦。

「本当はウン千万掛かってるからな~」

「マジか。いや、これだけの機材が揃ってるとなると、そのくらい掛かるよな」

 奏汰、また何か要求されるのかとギクリ。

「これでもう、奏汰は人間界に帰らなくて大丈夫だよな。大学に行かなくても満足出来るよな」

 しかし、ルシファーはこれでずっとここにいるよね~とニコニコ。

 どうやら身体を好き勝手に触れたことで、ある程度は満足しているらしい。

「ま、まぁ、教授に教えてもらえない不安はあるけど」

 これだけあればやりたいことは出来る。自分なりに化学を極めることも出来る。しかし、色々と不安だ。

「教えてもらう人が欲しいのならば、悪魔崇拝やってる連中に手配させるぞ。意外と科学者もいるからな」

「マジで」

「うん。一つのことを考え続けると、究極は神か悪魔に行き着くんだとか言ってたな」

「・・・・・・ヤバそうな気がするけど、まあいいや。今度、紹介して」

「いいぞ。で、奏汰。白衣を着るんだ。そして俺様に向かってとびきりの笑顔をくれ」

「は?」

 ずいっと白衣を差し出されて、そりゃあ研究するなら着るけどさ、でも変なことも言ったよねと、奏汰はその後の指示にジド目。

「いいじゃないか。笑顔を俺様に振りまくくらい、求められたら常にやれ」

「いや、アイドルじゃないんだし」

「俺様にとってはアイドルも同然だ」

「っつ。いや、アイドルだったらお付き合いできないからな」

 相変わらずのストレート表現にドギマギしつつも、しっかり反論する奏汰だ。

 ああもう、アイドル同然とか、よく本人目の前に言えるよな。これだから悪魔とイタリア人(偏見)は困るぜ。

「そうか。アイドルとは偶像だもんな。それじゃあ、いちゃいちゃ出来ない」

 でもってルシファー、真面目に受け取ってふむふむと頷いている。

 何だろうな。悪魔ってみんな意外と素直なんだよなあ。

「まあ、白衣は着るよ」

 奏汰はそそくさと白衣に腕を通す。大学生活で何度も着て、着慣れている白衣だが、注目されているせいか、妙に緊張してしまう。

 ん? それだけじゃない。妙にフィットする。

 奏汰は白衣をぺたぺた触り、何だかこれも高そうだぞと気づく。

「ふふっ。気づいたか。その白衣は奏汰のためにオーダーメイドしたからな。替えは50着は用意してあるから安心しろ」

「いや、まあ、白衣は汚してなんぼだから替えがあるのは嬉しいけど」

 こんなところにまで金を掛けなくていいから。奏汰は汚しにくいと顔を顰める。

「いいじゃないか。ほら、くるっと回れ」

「はいはい」

 高い白衣を着ているんだったら回って笑顔もやってやろうじゃないか。

 結局は高額なあれこれに引け目を感じて、ルシファーの要求通りに動いちゃう奏汰だ。

 で、ルシファーに付き合ってくるくる五周は回った奏汰だが

「もういいか?」

 いい加減、このバカ高い金を掛けて作った実験室を使っていいかと訊く。

「ああ。ここでは満足」

「ここでは?」

 何か不穏当な言い方だぞと奏汰は睨む。

「白衣を着ている奏汰は素晴らしく俺様好みだ。そもそも、一目惚れした時も白衣姿だったしな。やはり、その姿でベッドに入って欲しい」

「……」

 奏汰、頭痛がするなぁと額を押さえる。

「いいじゃん。白衣はいっぱいある」

 そんな奏汰に、ルシファーは羽をパタパタさせて、やろうよと笑顔。

 まったく、この変態思考に付き合わなきゃなんないのが一番辛い。

「奏汰~。お・ね・が・い」

 ルシファーは両手を胸の前で組んでウインクまでしてくる。

 いやいや、可愛く言われても困るんだけど。っていうか、イケメンイタリア人(見た目)が言ったって、可愛さはないんだからな。

 しかし、どんな場面でもゴリ押ししてこないところは好ましい。

「わ、解ったよ」

 で、結局はここでも流されちゃう奏汰なのだった。



「解ったとは言ったがな、これはちょっと」

 数時間後。

 風呂上がりに用意されていた服が白衣だけという状況に、奏汰はげんなりしていた。思わずしっかり前を合わせてしまう。

「いいじゃないか。うん、淫靡だ」

「白衣に淫靡さを求めるんじゃねえよ」

「ええっ!? 人間界だと白衣に萌えてハッスルしている人って多いじゃん。それと一緒だよ」

 へこむ奏汰に、ルシファーはさらに変なことを言ってくる。

 まったく、中途半端にオタクが入っているから困ったもんだ。

「そもそも、その場合の白衣は医者とか看護師じゃねえのか」

 奏汰はそそくさとベッドに潜り込みながら言う。

 すると、ルシファーは駄目と布団を剥ぎ取ってくれる。

 くう。

「そう言えば医者と看護師が多かったな。医者同士っていうのも、変態チックで萌えるんだよねえ。オスの本能全開な感じがする」

 ルシファーはよっこらせと奏汰の上に跨がりながら、にやりと笑う。

「どこの腐女子の台詞だ。あと、医者に謝れ!」

 一方、今の発言から、こいつ絶対にBLも読んでるなと一睨み。

「いいじゃん。いいって思ったものをいいと言っているだけだ。ああ、それとBLはもちろん読んだよ。あれ、凄いよね。異世界転生もののハーレムとは違う萌え方をする」

「いや、もうお前、立派な腐男子入ったオタクじゃねえか。ってか、美女美少女ハーレムものでも萌えるのにBLでも萌えるっておかしくないか」

「何を言っている。俺様は神への嫌がらせのために男しか抱かないと誓った悪魔だぞ。BLなんて俺様のためにあるんじゃないかと思えてくる。作者はきっと悪魔寄りのはずだ。でもね、もともとバイだからさ。女の子とわちゃわちゃいちゃいちゃするのも見ていて楽しいんだよ。しかし、うふふっ、最高だったな」

 ぐっと握りこぶしを作ってルシファーは力説し、いやあ、日本は素晴らしいねとだらしない顔をする。

「取り敢えず、人間界のBL作家に謝れ!」

 勝手に悪魔寄りって決めるんじゃありません。

 奏汰はもう何なのこの悪魔、と頭を抱えるのだった。

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