第19話 妙に可愛いんだから困っちゃうよね、この悪魔

「というわけで、奏汰。俺様はキモチイイ技を大量に学んでいるぞ」

「いやいや。なに、BL本で見た技を試そうとしてんだよ!?」

 奏汰、やべぇと白衣しか着ていない状況にぞっとしてしまう。

 このままだととんでもないことをされる!

「でもさ、それのおかげで人間相手にはちゃんと慣らして広げなきゃってのが解ったんだぞ。そのままやっても入らないって」

 馬鹿にするなよとルシファーは大真面目だ。

「いや、まあ、そこは学んどいてもらわないとな」

 無理やりあんなデカブツ突っ込もうとされた日には、奏汰は舌を噛んで死ぬ。

 というか、そこは普通に考えて解らないか。悪魔は身体の作りが違うのか?

「てなわけで、今日もキモチイイ、本番抜きをやってあげるよん♪」

 奏汰が悩みつつもルシファーの努力に納得したところで、いただきますと白衣の隙間から手を入れるのだった。



 翌朝。

「これ、絶対に再利用出来ねえな」

 ベッドから抜けだし、シャワーを浴びた後、ぐちゃぐちゃになった白衣を見て奏汰は溜め息。

 あれこれ学んだ技を試したいというルシファーは、それはもうしつこいくらいの技を仕掛けてきて、奏汰は息絶え絶えにさせられた。この白衣には、そんな痕跡がたっぷりついている。

 やばっ、顔が赤くなる。

 しかも二日連続でそんな調子だから、奏汰は疲労困憊である。

「ああ、怠い。気持ち悪いからお風呂に入ったけど怠い」

 よろよろと、ルシファーチョイスの普段着――奏汰だったら絶対に普段着とは言わない、高級感あるロンTとジーンズ――に着替えたものの、再びベッドにダイブしてしまう。

「ううん、奏汰。まだ足りないのかぁ」

 そこに寝ぼけているルシファーが、奏汰の頭を撫でながらそんなことを言ってくる。

「そんなわけあるかボケ! 今日はもう駄目だからな」

「ええっ!?」

 そこで跳ね起きるってどういうことだよ。

 がばっと布団を跳ね飛ばして起きたルシファーに、奏汰は呆れた眼差し。

「ええっ、じゃない。俺をイき過ぎで死なせたいのか」

「そ、そんなことはないよ。でも、あのくらいで」

「俺は人間なの。毎日連続で大量になんて出ないの。枯渇する」

 奏汰は大真面目に説教。何も出なくなっていいのかと、懇々と諭す。

「それは困る。奏汰が喜んでいるかどうか解らないっ!」

 で、ルシファー、めっちゃショックを受けた顔でそう言うんだから・・・・・・張っ倒すぞ!

「というわけだから、今日は余計なことしないでくれ。っていうか、怠い。今日こそ実験しようと思っていたのに」

 奏汰は腰が重怠いんだよと、再びベッドに顔を沈める。

「ええっと、ごめん。嬉しくって」

 その様子で、やり過ぎたと気づいたルシファーがオロオロする。

 まったく、そういう顔をされると許しちゃうだろ。

 妙に可愛いんだから困っちゃうよね、この悪魔。

「解ったから。ベヘモスに栄養ドリンクないか聞いてきて」

 奏汰はちょっと寝たいと、にやにや笑顔を隠すように布団を被ったのだった。




 栄養ドリンクと言えば、小さい瓶に入ったやつとか、細い缶に入っているものだ。でも、それは人間界の常識だと思い知らされる。

「ええっと」

 奏汰はでんっと置かれたものを、じっと凝視してしまう。

 チュンチュンと可愛らしく小鳥が鳴くテラスにて、奏汰は目の前のコップを見つめて完全にフリーズしていた。

「栄養ドリンクだぞ」

 ルシファーは見慣れているようで、ドン引きなんてせず、あろうことかぐびぐび飲んでいる。

 しかしこの魔界栄養ドリンク、奏汰にはかなりのハードルだ。

「ええっと、何が入ってるの? この明らかに魔女の鍋から出てきた液体は」

「作ってるのは魔女じゃなくてベヘモスだ」

「いや、あの執事特製かよ」

 限りなく濃い紫に時折緑色が混ざっている液体。それがあの良識人の執事特製と知り、奏汰は仰け反ってしまう。

「回復にはこれが一番でございます。お口直しのコーヒーもどうぞ」

「いや、お口直しにコーヒーが必要なレベルなの?」

 そこに熱々のコーヒーを持ったベヘモスが現われ、どんな味なんだよと奏汰はますます引いてしまう。

「いえ、人間である奏汰様は初体験であろうと思いまして」

 ベヘモス、しれっとそう言う。さすがはこの俺様ルシファーに仕える執事。妙なところで強引に物事を進めてくれるところがある。

「大丈夫だって。ちょっと酸っぱいくらいだ」

 飲み終えたルシファー、元気になるから飲めよとせっつく。

「そうです。大丈夫です」

「いや、めっちゃ信用できないんだけど。ってか、この液体からちょっと酸っぱいってのも想像できないんだけど」

 と言いつつ、悪魔二人の圧に負けて奏汰はコップを手に取った。鼻を近づけ、くんくんと一先ず匂いを確認。

「な、何だろう。見た目に反して爽やかな匂いが」

「それは一緒に入れているレモンのせいかと」

 ベヘモス、だから大丈夫ですってと強く主張。

 一方、奏汰はレモンと聞いて閃くものが。

「ひょっとしてこの色の正体って、レモンが原因?」

 そう確認するとベヘモス、そう言えばレモンを入れたあたりから色がおかしくなりますねえと頷いた。

「これ、要するにレモンの酸性が反応して何かの色を変色させた結果か。なあんだ」

 そうと解れば飲めるぞと、奏汰は覚悟を決めてぐびっと一口。

 うん、レモンの酸味ですっぱいが、味は大丈夫だ。メインはハーブであるらしい。

 飲んだことない味わいだったが、意外や意外、美味しかった。

「美味しかった。でもなんでレモンを入れたんだ」

「入れる前は青色でございますが」

「・・・・・・ああ、ハーブが原因なのか」

 たしか、青色のハーブティーってあったなと奏汰は思い出す。

「で、ございましょうか。身体に効くものを入れている内に、いつもこの紫色と緑の混ざった色になるんですよねえ」

 執事は他に高麗人参とかスッポンの血も足してますと、どれもこれも人間界で手に入るものを列挙してくれるのだった。



 さて、色は変だが美味しい栄養ドリンクのおかげで奏汰は元気になった。

「どんな世界でも、高麗人参は最強ってことだな」

 うんうんと頷き、奏汰は改めて実験室で白衣姿になる。

 一瞬、脳内に昨夜の痴態が蘇ったが、頭をぶんぶん振って追い払う。

「さっ、実験だ!」

 ここで失敗したら才能がないってことだぞ。数千万を無駄にするってことだぞ。

 奏汰は大きく深呼吸をする。

「行くぞ」

 そして、覚悟を決めて試験管に手を伸ばしたのだった。



「で、どうだったんだ?」

 夕方。よろよろと実験室から出て来た奏汰に、ルシファーは成功したのかとドキドキしてしまった。邪魔したのは自分だが、奏汰がやりたいことを応援したい気持ちもある。

「きょ、今日の分は成功したよ。ちゃんとニトロベンゼンを合成して、さらにアニリンを合成することが出来た」

 奏汰は心配そうなルシファーの顔に苦笑してから、ぐっと親指を立てた。それにルシファーもほっとする。

「何が何だか解らんが、とりあえず、良かったな」

「うん。もう、この出だしから躓いたら、いよいよ俺には化学の才能がないんだって思ったね」

 奏汰は白衣を脱ぎ捨て、久々で緊張したと肩を回す。意外と繊細な作業が続くのが化学の実験だ。ぐったり疲れてしまう。

「か、肩を揉んでやろうか」

 これはチャンスと、ルシファーはいそいそと奏汰の背後に回り込む。

「えっ、いいよ。って、ははっ、くすぐったい」

 止めようとしても肩に触れてくるルシファーに、奏汰はくすぐったいとケラケラ。

 その様子に、ルシファーの悪戯心に火がついた。

「ほら、こことか」

「ちょっ、やめっ、脇腹」

 こしょこしょと、脇腹を撫で上げるルシファーに、それまマジでくすぐってるだろと奏汰は身を捩る。

「可愛い!」

 そんな奏汰の姿にときめいちゃうルシファー。

 ああもう我慢できないと、むぎゅっと抱き締める。

「ちょっ、今日はナシだぞ」

「解ってるよ。でも、抱き締めるのは別」

「まったく」

 むぎゅむぎゅと奏汰を抱き締め、ああ、今日はこの先は出来ないんだと、実は不満なルシファー。

 でも、実験に成功したと満足そうな奏汰の顔に、ときめいちゃったからいいか。

「ルシファー様、奏汰様、ご飯ですよ。今日は精が付くようにと、サタン様から高級黒毛和牛が届きましたので、ステーキです」

 そこにベヘモスが晩ご飯を報せにやって来た。奏汰は高級黒毛和牛と聞いてテンションが上がる。

「和牛! A5ランク!?」

「はい。そうです」

 奏汰の確認に、そう聞いておりますとベヘモスは頷く。

「すげえ。俺、食ったことねえよ」

「良かったな。くっ、サタン王め」

 喜ぶ奏汰の頭を撫でながら、奏汰の喜ぶものをしっかり見抜いているサタンに舌打ちしちゃうルシファーなのだった。

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