第8話 ルシファーって結局は何者?

 ルシファーの屋敷の中を歩いているだけで十分散歩になる。

 それが一通り回り終えた奏汰の感想だった。

 めっちゃ広い。朝から見て回ったというのに、いつの間にか午後二時になっていた。庭に面したテラスに戻ってきた時、奏汰はくたくたになっていたほどだ。

「すげえな。さすがは魔界で名を馳せている悪魔だ」

「褒めるな。照れるじゃないか」

 奏汰の呆れた声にもルシファーは嬉しそう。何なんだ、その超ポジティブシンキングは。

「部屋だけで三十くらいあるよな」

「まあな。使用人の部屋なんかを合わせるともっと多い」

「えっ?」

「さすがに主が入るべきエリアではないから、見せなかった。俺様もこの屋敷を建てた時に図面で見たくらいだし」

「・・・・・・」

 なるほど、貴族だなと奏汰は思い直す。図書室やら遊技室やらバーカウンターやらワインセラーやら、様々な部屋の他にもあったのか。そして使用人たちの部屋はそういうエリアにないのか。

「どうぞ。お疲れでしょうから新鮮な果実でジュースを作りました」

 そこにベヘモスが恭しくジュースを運んできた二人に渡す。柑橘系の果物を使ったのだろう、黄色い。朝見た二日酔い特製ジュースとは違った。

「美味しい」

 一口飲むと、オレンジをメインとしたすっきりした味わいがした。いやあ、これを日本のジュース専門店で買うと五百円は取られるよね。そんな味だ。

「お気に入り頂けたようで恐縮です」

 ベヘモスは恭しく頭を下げる。

「ベヘモスの部屋はどの辺りなんだ?」

 物のついでと奏汰が訊ねると、一階の玄関近くだと教えてくれた。

「執事ですので、すぐにあれこれと対応できる場所に部屋があります。使用人を束ねるのも仕事ですしね」

「ああ。なるほど。大変そう」

「いえいえ。責任あるありがたい仕事です」

 ベヘモスはにっこりと笑う。主人は傍若無人だというのに、出来た執事だ。

「ベヘモスをスカウトしたのは俺様だからな」

 そして執事を褒められたルシファーも鼻高々という感じだ。ふうむ、やっぱり貴族だなと思う。

「そういうルシファーは普段何やってるんだ? さっき、政治には興味ないって言ってたけど」

「ああ。俺様は商売をしている」

「え?」

「といっても人にやらせているから、奏汰の世界で言う社長みたいなもんだな。この界隈にあらゆる店を構えている。服屋、靴屋、カバン屋、レストランなどなどって感じだ」

「へ、へえ」

 何やってんの、この人。

 それが正直なところだが、魔界も色々と知ると面白いものだなと思えてきた。そしてもっとルシファーのことを知りたいと、あれこれ手広くやっているらしいこの男にも普通に興味が出てきた。

 「俺、この世界をちゃんと知りたい」

 そう言うと、ルシファーは奏汰がびっくりドン引きするくらいに喜んでくれた。

 貴族のはずの、めっちゃイケメンな男が小躍りする様子を見せられ、そりゃあもう口があんぐりと開いた。

 まさに開いた口が塞がらない。

「やった。ついに奏汰が俺様を受け入れてくれたんだ!」

「いや、違う!」

 しかし、奇妙な喜び方の理由がとんでもない思考の飛躍にあると知り、奏汰は思わず小躍りするルシファーの背中に蹴りを入れていた。げしっと当たったのは翼の部分だから、ふかっという感触がして空振りに終わった感がある。

「何をするんだ。俺様自慢の翼に」

 が、ルシファーは大丈夫かと翼を気にし始めたので、意趣返しとしては成功したらしい。ばさっと羽を広げ、大丈夫かなとあれこれ確認している。

「ずっと思ってたんだけど、ルシファーって飛べるのか? っていうか、服はどうなってるんだ? いつもスーツっぽい格好だけど、背中の部分ってどうなってるんだ?」

 立派な翼があることがようやく注目されたので、奏汰はこの際だと質問してみる。飛行能力もさることながら、そのスーツがどうなっているのか知りたい。

「ふむ、俺様をより詳しく知りたいってことだな」

 ルシファー、質問されて照れるじゃないかと胸を張ってくれる。

 お前の思考回路はどうなってるんだよ?

「はいはい。それで、どうなってるんだ? 飛べるのか?」

 奏汰は適当にあしらいつつ質問を繰り返した。ルシファーは嬉しそうににまにま笑っている。

 腹立つなあ。

「まず飛べるかという質問だが、飛べる」

「あっ、やっぱり」

「元が天使だからな。空を飛ぶのは生まれついての能力だ」

「あっ、そういう感じなの」

「うむ。悪魔は飛べないやつも一杯いるし」

「へえ」

 って、そもそも悪魔にそんなに詳しいわけじゃないと、奏汰は心の中でツッコミ。ゲームやラノベで仕入れた知識程度だ。

「次に服だが」

 ルシファーはそう言うとぱちんと指を鳴らした。するとびっくり、翼が消える。

「えっ、ええっ!?」

 そんなことが可能なのかと、奏汰はマジックを見せられた気分だ。

「一時的だが収納可能なんだ。主に人間を誘惑する時、人間の振りをして近づく時に使う」

「迷惑」

「それを服を着る時にもやればいいだけ。で」

 ぱちんともう一度指を鳴らすと翼が現われた。服は破けた様子もなく普通だ。

「えっ、服の上にくっついてるの?」

「まさか、翼を通す用のスリットが入っているだ。でも、目立たないように仕立ててあるから、ちょっと見ただけじゃ解らないんだよ。俺様が経営している服屋のメイン商品だ」

 ふふんと自慢してくるルシファーに、なるほどねえと奏汰は素直に感心。袖みたいにちゃんと予め翼が出る部分を開けてあるのか。

「この服を開発したおかげで古代的な服から悪魔も脱却。スーツや礼服が着れるようになったんだ」

 ルシファーの自慢に、今度は素直に凄いと思う奏汰だった。



「奏汰~。会いたかったぞ!」

「ぎゃあああ」

 夕方。夕食前に一人でゆっくりする時間が出来た奏汰はリビングで本を読んでいたのだが、誰かに後ろから抱きつかれて悲鳴を上げていた。

 振り向いて見ると、サタンだ。

「さ、サタン」

「おう。ようやく仕事が終わって来れたんだ。そのうちベルゼビュートも来るぞ」

「へ?」

 何で?

 奏汰は目が点になる。

「聞いていなかったのか。いや、ルシファーが故意に隠していたな。今日から俺とベルゼビュートは時間がある時にこの家で夕食を食べることにしたんだ」

「へ、へえ」

 そんなこと、いつ決まったんだ。それってサタンが勝手に言っているだけじゃないの?

 奏汰は疑問に思ったが

「サタン王!」

 えっちらおっちらでかい荷物を抱えて入ってきたルシファーは受け入れているご様子だ。しかし、何だそのでかい荷物。

「ああ。ルシファー。そこに置いてくれ」

「出来れば魔法でここまで運んで貰えませんかね。いきなり人の腕に落としてきて。おかげでこっちも魔法が使えなかったじゃないですか」

 ルシファーは荷物を置くと憮然と抗議。なるほど、両手を塞がれるとさすがの悪魔も魔法が使えないのか。

「ふん。あっさり運べたら俺が奏汰と抱きつく時間がないだろ」

「いや、何さらっと抱きついているんですか。離れてください」

 ルシファーは状況を理解するとだだっと走ってくると奏汰を奪い返し、さらにはお姫様抱っこまでする。

「おい、下ろせ!」

 だが、その救出方法に奏汰は大声で抗議。

「いやだ。可愛い奏汰を運ぶにはこれがいい」

「いや、俺は運ばなくていいし。ってか、その荷物はなんだよ」

 奏汰はじたばたと暴れながら、その運んできたでかい段ボール箱は何なんだと興味を持つ。

「これか。奏汰へのプレゼントだ。中には錬金術に使う用具と本が入っているぞ」

「へ?」

 サタンがにこっと笑うが、プレゼントされた奏汰は目を丸くする。

「向こうでは化学をやっていたんだろ。こっちでも続けるといい」

「で、でも」

「ああ。もし現世で上手くいかなかったなんてことがあるならば、気にする必要はない。どうせそこの嫉妬深い悪魔の悪戯だ」

「えっ・・・・・・」

 人生丸ごと悩むほどの失敗がこの男のせい?

 奏汰がぎろっと自分を抱きかかえるルシファーを見ると、ルシファーはささっと視線を逸らしてくれた。

 うん、確定だな。

「何をしてくれてんだ~!」

 奏汰の怒りの鉄拳がルシファーの顎に炸裂。

「ぐほっ」

 ルシファー、それでも奏汰を放り出さない男気は見せた。お姫様抱っこしたまま必死に踏ん張っている。

「ははっ。まあ、そういうわけだから、こっちで錬金術にでも励むんだな」

 サタンはルシファーが殴られるところを見れて満足とばかりに、にこにこと箱を叩くのだった。

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