第7話 悪魔の諸事情

 誰か何とかしてという願いは神にではなくベヘモスに届いた。

 が、状況はさらにややこしくなっている。

「サタン王、興味本位で他人の恋路を邪魔しては駄目ですよ」

「何を言っている。先にルシファーが面白くなっていることを確認したのはベルゼビュートじゃないか」

「私はルシファーが無茶をしていないか気になっただけです」

 そう、ルシファーとサタンの言い合いを止められる人としてベルゼビュートが召喚されたのだ。ダイニングで朝食を取りつつ、サタンはベルゼビュートの小言を聞き流している。

「悪魔トップ3って仲がいいんだな」

 奏汰は何でこうなったと思いながら食パンを囓るしかない。しかも食パン、食ったことがないふかふかもちもちだった。美味い。

「仲がいいというか、まあ、昔からの長い付き合いだからな。俺様は魔界の政治なんてものに関わりたくないが、あの二人は積極的だ。天界に勝るとも劣らない楽園を築くのだと躍起になっている」

 その横では二日酔いになったというルシファーが、ベヘモスお手製のドリンクを飲んでいる。

 限りなくどす黒い血の色に近い液体は一体何で出来ているのやら。興味はあるが飲んでみたくはない奏汰は、何もかもが凄すぎると呆れてしまう。

「どれだけ飲んだんだ?」

 しかし、悪魔が二日酔いってどういうことと、奏汰はそちらにも興味があって訊く。

「え? ワインを瓶で200本かな」

「・・・・・・人間と基準が違うってことは解った」

 200本も飲めるのかよという驚きもあるが、この城のどこかにワインセラーがあるんだなと気づいて感心。

 よく考えればまだ魔界のことなんて何にも知らなかった。いや、出来ればこの状況から逃げて普通の大学生に戻りたいのだが、いやはや。

 今やその大学生活が無理と解ったからか、魔界を楽しむ余裕が生まれていた。というより、ここを追い出されて行き場所がゼロだったらどうしようという心配が勝っている。

「ご挨拶が遅れました。奏汰、私は地獄でサタン王を支えるベルゼビュートです。以後お見知りおきを」

 あれこれ考える奏汰に向け、ようやく小言を言い終えたベルゼビュートが優雅に挨拶をしてくる。

 二人とは対照的なタイプ、ザ・紳士な人だ。銀髪がさらっと揺れるところも惚れ惚れとする。

「よ、よろしくお願いします」

 おかげで奏汰も普通に挨拶を返していた。するとベルゼビュートはにっこりと微笑み、さらなるイケメンっぷりを振りまいてくれる。

 何、この人。

「ちょっ。人には小言を垂れておいて、お前は奏汰を誘惑する気か!」

 それにパンを銜えたままのサタンが猛然と抗議。

「奏汰は俺様のものだ!」

 さらにルシファーが奏汰を引っ張って、ベルゼビュートをしっしと追い払おうとする。何だろう、大人げない。

「申し訳ありません。しかし、お付き合いを申し込むのならばこのくらいの距離感から始めるべきだということを、お二人はよく解りましたね」

 が、そんな二人に説教が出来るベルゼビュートは一枚上手だ。にこっと微笑み、これが正しい接し方ですと宣ってくれるのだった。




「はあ、疲れた」

「まったくだ」

 ようやく騒がしかったサタン王とベルゼビュートが帰り、ルシファーの屋敷に静寂が戻った。しかし、二人きりになると、少し気まずさがある。

 昨日は大学に行くと大騒ぎしてケンカ。その後はなぜかカップ麺騒動と騒がしかった。が、今日はやることがない。昨日の今日で大学に行く元気もない。

 二人揃って庭に面したテラスに座って食後のコーヒーを啜りつつも、どうしようかなという空気が流れ続ける。空を見ると快晴だが、その空を飛んでいく鳥たちは奏汰が見たことのないものばかりで、ああここって魔界なんだなあと実感させられる。

「・・・・・・なあ、この城の中を案内してよ」

 ここでコーヒーを飲んでいるだけというのも辛いと、奏汰はそう提案してみた。するとルシファーが嬉しそうな顔を向けてくる。

「いいとも」

 そして善は急げとばかりに奏汰の手を掴むと優雅に立ち上がった。俺様キャラでサタンやベルゼビュートほど優雅な振る舞いではないものの、その堂に入った振る舞いは惚れ惚れとする。

「どうした、奏汰。俺様の顔をじっと見て。ああ、惚れ直したってことだな」

 じっと見ていることに気づいたルシファーが、奏汰の手に頬ずりしながら言ってくる。立ち直りの早い奴だ。

 サタン曰く、ケンカしたからとやけ酒を飲んでいたと言うか、本当にショックを受けていたのかと疑わしくなる。が、その前にカップ麺の大食いもやっていたから、ダメージはあったのだろう。

「まだ惚れてもいないから」

 あれこれ考えた末に、奏汰は惚れてないと全否定。しかし、顔の赤さは隠せなかったおかげで、ルシファーはにこにこしたままだ。

「これから奏汰がずっと生活する屋敷だ。隅から隅まで案内しよう」

「じゃあ、お前の部屋からな」

 そう言うならばと、奏汰はルシファーの私室を指定。戸惑うかと思いきや、めっちゃ嬉しそうだ。

「そうだな。いつもお前の部屋ばかりにいるんだ。先に俺様の部屋を見せよう」

 それどころか、めっちゃ乗り気だった。この悪魔様、怖い物なしだ。

「ん? 待てよ。俺を迎えに来る前に転生ネタのラノベばっかり読んでいたということは、オタク部屋だったりして」

 手を引かれながら長い長い廊下を歩きつつ、ふとそんな疑念が過ぎった。まあ、それはそれで親近感を覚えるが、外国人のルシファーがオタク全開なのは嫌かも。

「ここだ」

 二階の端、一番大きな部屋がルシファーの私室だった。ばーんと開け放たれた部屋の感じは奏汰の部屋とそっくりだが、でかさが違う。

「さすがは主の部屋ってか」

「奏汰もいずれこっちに来ればいい。今はその、俺様も無茶しないように部屋を分けているだけだ。あれは客室だからな」

「っつ」

 一応、一応最後の一線を越える場合は同意を待つという名分を守ろうとしているわけか。奏汰は気遣いされていたという事実に顔が赤くなる。

「ここは寝室だ。で、あっちが書斎」

 ルシファーはにこにこと部屋を紹介してくれる。

 が、その書斎のドアを開けた瞬間、奏汰の嬉しい気持ちは急降下することになる。

「お前はアホか!」

 奏汰は怒りの鉄拳を振るうと、書斎の壁にでかでかと貼ってあった自分の盗撮写真(大学での様子。しかも白衣姿)を見つけ、引き剥がしてビリビリに破り捨てた。

「ああっ、俺様の最強コレクションが」

 ビリビリに破かれた写真を未練がましく拾うルシファーに、奏汰は要らないだろとそれも取り上げる。

「俺がいるだろ。写真はもう要らないだろ」

 恥ずかしさのあまり奏汰がそう言うと、ショックを受けていたルシファーはぽかんとした顔をする。そして次ににこにこと笑う。

「な、なんだよ」

「そうだな。今は俺様の手元に奏汰がいる。いつでも好きなように愛でられる。写真は要らないな」

「ぐっ」

 自分で自分の首を絞めたことに、ようやく気づく奏汰だが、あんな特大サイズの自分の写真を飾られているよりはいい。

「さあ、自由に見ていいぞ。大丈夫だ、他に写真はない」

 一方、立ち直ったルシファーはどうぞどうぞと部屋の中を見せてくれる。本棚の一部を占拠する転生ネタラノベはともかくとして、他は魔界にしかない本がたくさん入っていて面白い。

「ええっと、一応は英語なのかな」

 が、本のタイトルがなんとなくだが読めて、ちょっと戸惑った。こういう悪魔の本って、もっと別言語で書かれているものじゃないのか。

「そうだ。ラテン語に拘るべきって輩も少なからずいるが、それでは現代人が俺様たちを召喚した時に困る。というわけで、世界共通語だという英語を採用した」

「へ、へえ」

 悪魔から世界共通言語という言葉が飛び出すとは。奏汰は呆れてしまう。まあ、論文みたいなものかと、そう納得するしかない。

「俺様は奏汰と仲良くしたいから日本語を習得した」

「ああ。じゃあ、別に俺の脳に変な作用を起こしているわけじゃないと」

「そうだ。魔法で意思疎通というのは可能だが、相手に魔力がない場合は負担になる。それに俺様の脳は人間と違って有能だからな。新しい言語を習得するくらい簡単だ」

 そう言って胸を張るルシファーだが、奏汰は別のことを納得。

 なるほど、それでサタンもベルゼビュートも日本語が堪能なんだ。

「こっちに魔法道具があるぞ」

 本棚に釘付けでは面白くないと、ルシファーは次にクローゼットをオープン。そこには鎌だの剣だのという物騒なものから呪いの人形っぽいもの、謎の液体、謎の石、謎の動物の剥製と多種多様な物が詰め込まれていた。

「魔法道具の扱いが適当じゃないか?」

 あまりに倉庫に入っていますという感じの魔法道具に、それでいいのかと奏汰は呆れる。

「いいんだよ。一回使ったら飽きるんだもん」

「使ったのか?」

「最近は減ったけど、昔は悪魔を召喚して悪巧みする奴ってのは多かったからな。これとか、持って出てくるとそれっぽいだろ」

 ルシファーはそう言って大鎌を手に持つ。

「死神っぽいよ」

「でも、悪魔だと解る」

「いや、そういうノリでいいの」

「もちろん。説明が端折れればそれでいい。人間というのは雰囲気を大事にするらしいからな。色々と演出してみたくなるだけだ」

「へえ」

 悪魔の諸事情を知ると、意外と苦労があるのかもと思ってしまう奏汰だった。

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