第9話 平和に楽しくがモットー

「信じられない。結局は全部ルシファーのせいじゃん」

 まだまだ腹が立つ奏汰は、合流したベルゼビュートたちと晩餐を食べながらも文句を言ってしまう。

「ううっ。だって、そうしないと奏汰は俺様のことなんて見てくれないじゃん。っていうか、事実、俺様が現われた日も大学に行ったし」

「あ、あれは」

 ルシファーの恨めしそうな言葉に、そもそもお前が俺の実験を失敗させてくれるからだよ、それと非現実から逃げたかったんだよと溜め息。

「まあまあ。何はともあれ、奏汰はここにいるんだろ?」

 サタン、過ぎたことをぐちぐち言っても仕方がないぞと、優雅にワインを飲みながら宣ってくれる。

 いや、まあ、確かに過ぎちゃったけど。でも、今から人生やり直せるよな。

「この悪魔が俺を諦めてくれれば、実験もちゃんと出来るわけだろ。俺、将来の夢を諦める必要ないじゃん。化学系の企業に入って一般的な社会人になりたいんですけど」

「それは無理だ。俺様は諦めない」

「そうだぞ。もしお前がルシファーを振ったら、次は俺がアプローチする予定だというのに」

「いや何その嫌な計画」

 ルシファーの諦めない宣言の後に、余計なことを言ってくれるサタンだ。

 奏汰は全然魔界と縁が切れないじゃんとげっそり。

「悪魔を魅了するほどの魅力があるのです。その時点で、奏汰は人間社会で普通を目指すのは無理でしょう」

 さらにベルゼビュートの冷静な分析でばっさり斬られた気分だ。何なの、まったく。

「別に俺、今まで男にアプローチされたことなんてなかったのに」

 ここに来てどうしてモテる。それも男ばかりに。しかも悪魔ばかりに。

「単に日本人は奥ゆかしいからだろう。何だっけ、ムズキュンというのが好きなんだろ」

 ルシファー、知ってるぞとスペアリブに齧りつきながら言う。

「いや、まあ、確かにムズキュンはいいんだけどさ。そればっかりじゃないし、大体男だよ」

「変に固くなっているだけだろ。神がわざわざ禁止するくらいだからなあ。別に生殖行為に反するくらい、何が問題あるんだって話だよなあ。人間なんて一部のマニアックな奴がいたところで、どんどん増えてるのに」

 奏汰の反論はルシファーの言葉で吹き飛ぶ。

「問題視するもんだろ。まあ、今の世の中、俺の発言は時代錯誤なんだけど」

 奏汰は思わず頭を抱える。

 多様性社会。そんな時代に生きているはずなのに、俺は保身のためだけに言っちゃってます、はい。特に今まで問題視してませんでしたよ、まったく!

「ほら。結局は無視できない感情なんだよ。しかし日本は、何だっけ、同調圧力のせいで未だにアプローチがし難いだけだ」

「無駄に色々と知ってるな。確かに日本だと浮くし、イジメの元になりかねないし」

「だから、今までアプローチされなかっただけだ。奏汰はまず女子にモテない。男にはモテる!」

 ルシファーに言いくるめられた上に謎の断言をされ、奏汰は目の前にあったフライドチキンのやけ食いに走るのだった。




 腹が満たされ、ようやく気分が落ち着いた奏汰は、食った食ったと腹を擦った。しばらくフライドチキンは見たくない。

「凄いな。人間とは思えないいい食いっぷりだ」

「うん」

 一方、サタンの賞賛に素直に頷いちゃうルシファー。だって、フライドチキン二十五個だぞ。一体あの細い身体のどこに収納されたんだ。

「食後のコーヒーでございます」

「ありがとう」

 しかも奏汰は普通にコーヒーまで飲み始めた。意外にも奏汰は痩せの大食いだったらしい。

「あの胃袋を満足させるのは大変そうだ」

「ううん。でも常にがっつりメニューがいいって感じでもないし」

「そうか。たまにあれだけ食うってことか」

「みたいです」

 優雅にコーヒーを飲む奏汰に、悪魔二人は今後の夕食の相談を思わずしちゃっていた。何だか論点がずれている。

「奏汰、明日はサタン城に来ませんか? 我らの仕事も是非知ってもらいたいですし」

 そんな中、ベルゼビュートが奏汰をお誘い。ルシファーの屋敷の中だけでは飽きてきただろうというわけだ。

「ああ、いいな。ルシファー、お前も来い」

「ついでに仕事をしていけと言われないのならば」

「なんでお前は商売出来るのに事務仕事を嫌がるんだよ」

「嫌ですよ。地味だし。天使時代でうんざりです」

「ちっ、やる気がないだけだろ」

 ルシファーの心底嫌そうな顔に、奏汰は事務が苦手なんだと新たな発見だ。

 というより、悪魔が真面目に事務仕事っていうのが想像できないか。しかし、話の流れからしてサタンもベルゼビュートも事務仕事をしているご様子。

「してるぞ。ちゃんと魔界の住民サービスを行っているんだからな」

「なにその平和な感じ」

 住民サービス!? 悪魔が悪魔に対して!

「昔は天界とバトったり、人間界に干渉して遊んだりしてたけど、今の時代はナンセンスだからなあ。悪魔界も平和にいきたいわけだよ。となれば、この場所を楽園にしていくしかないだろ」

「ま、マジっすか」

 胸を張って主張するサタンに、そういうノリなのと奏汰はビックリ。

「マジだよ。大体、今の世の中、人間の方が危ないし。戦争なんてさせたら地球が滅んじゃうレベルだぞ。神でもやらねえよ。あいつら最後の審判なんてどうでもいいって思ってんだから。となると、平和が一番」

「はあ」

 まさか悪魔から平和を諭される日が来ようとは。奏汰はビックリしすぎて返事が曖昧だ。

 でもまあ、人間が危ないってのは解るね。科学力に物を言わせているわけだし。

「奏汰。ここに永住しても決して不便はありませんよ。我々は日々、平和に楽しくをモットーにしていますから」

 にこっとベルゼビュートに付け加えられ、確かにデメリットはなさそうだなと奏汰も言いくるめられてしまうのだった。




 サタン城といえば、ゲームでは何かとおどろおどろしい感じだ。もしくはハロウィン仕様のお化け屋敷とか。しかし、この世界のサタン城は全く違った。

「めっちゃ綺麗」

「当たり前だろ。魔界の王が住む場所だぞ」

 ぼけっと口を開けてしまう奏汰に、ルシファーは当然とツッコんでくれる。

 いや、君らからしたら当然かもしれないけどね。思い切りイメージを覆されたこっちはどうなる?

「それより奏汰。ネクタイが曲がっている」

「えっ、ああ」

 ルシファーにきゅっとネクタイを直され、奏汰は着慣れてないんだもんと上の空だ。どう考えてもオーダーメイドのスーツは、これまたルシファーが用意した品だ。服屋をやっているだけあって、服のセンスはピカイチだった。

 とはいえ、それを奏汰が着こなせるかというと別問題。

 奏汰は自分の格好を見て、高校生に戻ったみたいだと遠い目をしてしまう。

「ルシファー、奏汰。こちらです」

 そこにいつでもピシッとした姿のベルゼビュートがやって来た。手には数冊のファイルを持っているものだから、まさに公務員という感じだ。

「お邪魔します」

「気楽にどうぞ。この辺りは行政庁を兼ねていますから、住民も出入りしますよ」

「ああ、そうなんだ」

 奏汰は頷きつつも、今のところ悪魔を見かけてないけどなあときょろきょろ。

 一階の入り口付近が市役所の窓口に当たるような場所だという。確かに住民課、納税課、医療課などなど、日本の市役所や区役所にあるような課が並んでいた。

 そして二階から上がサタンのプライベートな空間だという。

「何か手続きが必要でも朝から来る勤勉な奴はいないぞ」

 その視線に気づいたルシファーが、呆れたように言う。

 いやだから、あんたらの常識を俺は知らないんだって。

「でも、もう十時だぞ」

 ルシファーから貰った、これまたどう考えてもお高い腕時計を示し、この時間でも人間だったら十分遅いと思うと主張してみた。

「そうなのか?ここの手続きはみんな十二時から十六時の間に済ませているぜ。ってか、そんなにしょっちゅう提出するものがあるわけじゃないし」

「そ、そうなんだ」

「ああ。ここが賑やかなのは納税の時期くらいかなあ」

「・・・・・・そ、そうなんだ」

 何だろう。ゆるゆるだけど、やっぱりそういうのって機能しているんだ。確定申告とかあるんだ。不思議な気分。

「おい、いつまで廊下で喋っているんだ?」

 そこに待ちわびたサタンがやって来た。その姿は王様らしくなく、至って普通。ルシファーの家に遊びに来る時と同じだ。

「サタン。相変わらずせっかちですね」

「お邪魔します」

 ルシファーは片手を挙げて軽く挨拶、奏汰はぺこりとお辞儀した。

「ふむ。スーツ姿の奏汰もいいな。ところで奏汰、エクセルって使えるか?」

「は?」

「魔界にもパソコンを普及させたいんだ」

「はあ」

 いきなりエクセル・・・・・・本当に悪魔って勤勉だな。奏汰はもうぐったりしていた。

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