おおだまころがし 2


 交戦から三手目で確信に至る。

 この少女には勝てない。人の器を以て人を越えた者。

 規格が違う。

「人、ではないな!」

「失礼しちゃうぜ!正義の味方ヒーローの俺様を化物扱いかァ!?」

 〝倍加〟を巡らせた肉体を用いた近接戦で競り負け、真名を用いた能力合戦で性能差を思い知る。

 既に旭の右腕は軋みを上げ、数ヵ所から流血する有様は敗走寸前。

 退魔師としての眼に映るのは漆黒の汚泥。少女を取り巻き背後に侍る不可視の邪悪を視た。

 悪神に匹敵する何か。人ならざりし異質。

 その姿、その威容。旭はかつて共に在った退魔の神子を想起した。

(日和と同格!?馬鹿な、あの子に並ぶ存在ものなどあるはずがないのにっ)

 しかしその認識すらもがひとつの世界に縛られた固定概念。三千大千世界にて那由他の彼方より埒外の存在が顕現したとしてもなんの不可思議も無い。

 すぐさま思考を切り替える。いつまでも自身の世界に固執していてはなけなしの勝機すら放り捨てかねない。

(出し惜しみは出来ない。迅兎と同じだ、この命は使い潰すつもりで挑まなければ異界の覇者には通じない!)

 覚悟を決め、深呼吸をひとつ。

 神門旭、旧姓陽向旭はかつて数々の激戦を経て、もはや全盛期の力はほとんど失われてしまっている。

 寿命も削り、今や十六になろうかという息子の未来もあとどれほど見守れるかという末期。

 戦闘という行為自体、術法を展開することすらボロボロの肉体には大きな負担となる。

 だから出来れば何も使いたくはなかった。

 …とはいえだ。

()

 『突貫同盟』は誰しもが例外なく、命を投げ打って何かを成し遂げてきた異常者の集まりだ。

 死んでも死なないのなら、むしろ好都合。

 二度と引き出せないと思っていた退魔師の本意気を放つ絶好にして最高の機会ではないか。

「おっ?」

 先の一撃で吹き飛ばされた先、戦場の焼け焦げた地面を踏み鳴らし旭が独特の歩幅と歩測で刻む九歩。言い知れぬ気配にリロードで離れた距離を埋める高月が期待を含んだ声を上げた。

 〝禹歩うほ九赫禊良くかくけいら〟。退魔師の初歩たる歩琺術にて身体の気の巡りを正し、異能と術式の編み上げを意識下で洗練させていく。

「なんか知らんけどさせっか!」

 リロードロードによって瞬く間に眼前へ届く拳。

 それが旭の眉間に沈むより速く、高速で真横を通過した陽玉が高月の腕を抉り焼き払った。

「うっそ!?」

 急激な出力の上昇に驚く高月を蹴り飛ばし、次いで意識を歪なおおだまに向ける。

 旭の周囲を回る九つの陽玉の内三つがおおだまに向かい、まるでリフティングでもするかのようにそれぞれがおおだまを跳ね上げて目的地へ向かう。

 自身を含め十の操作を行わねばならない為かなり複雑な構造をした真名術式ではあるが、既に何十年と行って来た技。並列処理マルチタスクなど容易い。

「んにゃろっ」

 すぐさま跳ね起きた高月の突撃。奇妙な異能を用い少ない歩数で数十倍の距離を稼いでくる。

「〝木彬こりん匙式・纎梛尾しななみ〟」

 だがそれも起点を押さえてしまえばなんてことはない。

 先程も高月の動きを縛り止めた木行の術。地面から突き出た木の根が撓り、少女の足を砕く威力で締め上げる。

 陽向家が基礎として修める五行隷属使役法。五大それぞれに十の式。併せて五十に及ぶそれらはあらゆる人外との交戦を想定された攻防の型。

 初動初速を殺された高月の身体を振り回し、根鞭は勢いよく少女を空へ投げ捨てた。

「マジかよリロード…ッ」

「〝劫火陸式・墜紅焦〟」

 迎撃の前に割り込ませる火行の六。滞空する高月のさらに頭上より燃ゆる火炎が眼下を赤く照らし出し、滝のような奔流を伴って直下へ墜ちる。

「うォ、おおあああ!」

 炎圧に押し潰され炭化していく少女を尻目に旭はおおだまを弾きながら進軍する三つの陽玉を追う。武装した戦士達は何事か叫び散らしながら互いに殺し合いを続けているが、その最中に割り込んだ旭をも敵認定した。おおだまを守りつつ徒手と残る陽玉で迎撃しつつ前へ進む。


「リィロォード、スペアッ!!」


 背後で光柱にも似た炎の滝が四散する。もう数秒は押さえ込めると思っていたが、甘かった。

「ァアンド、ロード!!」

 怒号の主は瞬く間に旭と並走する。この少女にとり、距離はほとんど意味を成さないらしい。

(傷も治ってる、再生能力も桁違いだな!?)

 即座に五つの陽玉を操作し多角から猛攻を仕掛ける。合間に大気へ満ちる精霊を拘束し術法へと励起させるプロセスを実行。

 妖精種と違い、人間が世界に根付く原初の五大属性を扱うにはそれなりの法力、呪力を必要とする。

「なんだうっとうしいなこのタマっころォ!」

 人間が見切れるはずのない速度、死角を狙った飽和攻撃。その全てに対応している。よもや思考の処理速度すら人外級、あるいは自前の能力で底上げされているのか。

「くっ、〝劫火玖式!〟」

「リロード、リロードリロードリロードリロード!!」

 戦士を薙ぎ払い疾駆し続けながらの戦闘。意味ある文言に振り被る銀色の手甲が唸りを上げる。

 撃ち出された拳に合わせ現象として発現させられた火精が興る。

「―――〝活槍燼かっそうじん!〟」

「―――クラッシュ!」

 七つを束ねた劫炎の槍と空気を押し固める拳の砲撃が衝突し、四周一帯で争っていた人々が消し飛ぶ。


(…無茶苦茶だ)

 痺れる手を二度三度振り、爆心地となった巨大なクレーターから離れる。今の衝突で僅かに削げてしまったが、まだおおだまは原型を保っている。

 だいぶ奥地まで潜った。戦士だけでなく地には巨大な鼠、空には巨大な竜までも現れ、状況はさらに混沌としてきた。ますますまともに相手していられない。

 だと、いうのに。


「いいじゃんいいじゃん!よっしゃもうちょい行ってみようかあ!!」


 土煙を打ち払って汚泥を纏う巨人が姿を現す。

 巨人から大地を浸食汚染する黒い泥は戦士と鼠を飲み込むとその姿を変性させ、高月によく似たシルエットとしてずるりと泥から起き上がる。

「ほらいけそらいけ掛かってこい!俺様は負けねえぜ。なんたって主人公ヒーローだからな!」

 陽気に上機嫌に高らかに朗らかに、本当にこれが正義の戦いで自分が正しい側だと信じて疑わない少女の口上が戦場に響き渡る。

「まったく…冗談、きついね」

 乱れる息をなんとか整えつつ、旭の悲嘆に暮れる呟きが零れた。

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