おおだまころがし 3


 高月の呼び出した泥の巨人は瞬く間に人を、竜を、ネズミを取り込み少女のシルエットへと変えてしまう。

 飛び込んでくる泥の少女二体。徒手にて迎え撃つも早々に押され後方に殴り飛ばされた。

(一体一体が並大抵じゃなく強い!本物に及ばなくとも、これは…っ)

 高月そっくりの体躯は、しかし高月ほどの膂力を持たない。

 だが老いて力を失った退魔師一人を圧倒するには十分過ぎた。

「ほらほらどしたぁ!アンタそんなもんじゃないだろ!?」

 まるで退魔師の何たるかをよく知っているかのような口振りで高月本体が崩れた民家の屋根から激を飛ばす。

 なんとか『おおだま』を死守しながら増え続ける高月の分身体と渡り合うも、長くは保ちそうにない状況だった。

 どうやらこのおおだまとやらは巨大な食物であるらしいことは、妙に集ってくるネズミ共の反応からなんとなく察していた。こちらも早くしないとまたスタート地点から別のおおだまを取りに戻らなければならなくなる。

 いや、不可能だ。その移動も高月は許してはくれないだろう。

 先程から旭が最短で切り込むべきルートには必ず巨人を侍らせた高月が回り込んでいる。ルール違反ではないのだろうが、本当に対戦相手を再起不能にするまでゴールには目もくれないらしい。

 身体能力三百五十倍。久方ぶりの強化領域に体が悲鳴を上げるが無視。どうせこの場限りの痛みだ。

 風魔迅兎と同じく、かつて特異家系に身を置いていた旭も仕事用のスイッチというものを用意していた。最早その仕事、陽向家としてのお役目すら消失した今となっては不要のものだったが。

「おっ?」

 急に動きの変わった様子に高月が声を上げる。

 泥の少女の腹を貫手が穿ち、絶命した体を放り投げる。次いで襲い来る少女の首を折り、隙を狙った他の者たちは陽玉に撃ち抜かれ存在ごと蒸発した。

 纏う気配はより剣呑なものへ、鋭く細まる瞳からは容赦と躊躇が削ぎ落されている。

「あ、あー…。やっぱそうじゃん。おんなじだ、同じ眼だ」

 先程とは打って変わって泥の軍勢を蹴散らし吹き飛ばすその姿。やはり覚えがある。

 かつて殺し合い、かつて共闘した退魔の女と。

「やぁっぱアンタもそうかあ!!」

 物量で攻めればいずれは潰れるだろうが、分かってしまえば他者になど譲ってはやれるものか。

 この手で殺す。

 倍加で引き上げた動体視力が捉えるリロードロードの電光石火。五百倍の腕力で受けて立つ。

 大地が引き裂け、衝撃が髪を煽る。

「これだよこれ!いいぜ、死ぬまでやろうッ!!」

「ひとりで、やっててくれ!」

 右で四、左で二、合わせて六撃の打ち合い。果てに押し負けるは必定の陽向。

 頭打ちを知らない上限知らずの撃力に拮抗できるはずがない。

 無限に対抗するにはどうするか。手段は極々限られているが、今の旭に打てる手はただ一つ。

「ふぅ、……」

 背後には泥の巨人。正面には距離を取らせない究極のインファイター。前後の脅威が僅かにでも間を開ければ命を投げ出すように捻じ込んでくる黒々とした少女達。

 それら全てをどうにかする方法も一つだけ。

 陽光の一族『陽向』を棄て『神門』へと成った旭に宿るなけなしの余力。

 歴代総じて最強を保持し続けてきた『神門』とは、すなわち神へと至る門の開閉を担う管理者の一族。地の底に渦巻く龍脈、星の力を掬う人類最高峰の異能。

 その力を以てして不可能は無いとまで言われた人の域を外れた権限。現にこの力で歴代神門家当主は数々の偉業を遂げてきた。

 不死殺し、天候操作、時間渡航、因果掌握、事象干渉。あらゆる机上の空論を実現させることを可能とする。

 無論、直系ではない旭ではそこまでの規模は無理だ。そもそも『神門』最後の代である男から譲り受けた力の大半は息子へ流し込んである。神門旭という空っぽの器には疑似的な『神門』の模倣しか出来ない。

 だがひとつの命で一度きりの使い捨てなら、あるいは。


「───あ?」

 拳が砕ける、泥が弾ける。巨体が地に沈む。

 何が起きているのか高月にはわからなかった。気が付いた時には突き出した腕ごと半身が消し炭になっていた。リロードスペアでいつもの通りに修復するが、疑問は拭えない。

 何を受けたか理解できない。

「アンタ。なにを」

「…〝天帝勅使、白羽にて昇る夭逝の九矢〟」

 質問には答えなかった。答えるだけの余裕が無かった、が正しい。

 目、鼻、耳、口と。穴という穴から血を吹き出す旭にそんな気は回せない。

 『神門』の反動。ほんのコンマ数秒の発動で老い先短い人間の寿命の三割を毟り取られた。

 取り返しはつかない。一度使い始めたなら絶命は免れない。最期までに少しでも状況を前に進める。

 喀血で咽る喉を強引に使って言の葉を紡ぐ。

「〝艱難を退け辛苦を穿つ〟」

「ッ!?やべえ!」

 瞬間で文言に宿る脅威を悟ったか、全快した高月が再度特攻する。

 何においてもまずこの人外女を縫い留めなければならない。並大抵の攻撃では駄目だ。神域に届かせんとする相手にこそ神性の直撃でなければ止められない。

 その為に旭は自身の総てを賭す。ちょうど、おあつらえ向きな術式もある。

 この世のありとあらゆる伝奇伝承、異譚の数々を術式という形に変質させる改竄の力を持った陽向家の退魔師。九つの日を操る真名を持つ男だけが使える唯一無二の術法。

「おらぁ!!」

 現象はわからないが接触さえしなければ。そう考え旭の迎撃を縫って繰り出された拳が脳天を捉える。いかな強化防御を施していようが関係ない。打った拳すら自壊するほどの威力を防げるものか。

 それができるのは人智を超えた何かだけだ。

「……はぁ!?」

 だからそれは、少なくとも高月の知る限りの人智に収まるものではなかった。

 無傷。それどころか拳骨はそれに伴う衝撃すら旭の体に触れていない。何か、よく分からない膜のようなもので防がれている。

「だからなんだよそれぐへぁっ!?」

 再度の問いにも、返ってくるのは反撃の脚撃だけ。明らかに威力の桁が変わっている一撃に目を見開く。

 随分な距離を飛び、壊れた城壁に全身埋まるほどめり込んでようやく止まった。

「〝それは日陽を射墜とす神籍の九死!〟」

「まじぃ」

 構築の終わりが近い。決死の表情で高月へ向け疾駆する旭の様子はとても押している側とは思えなかった。既に死人の相が浮かんでいる。

 急いでリロードによる開放で脱出しようとした矢先、これまでいつの間にか姿を見なくなっていた小型の太陽が目の前に現出する。

 陽玉が杭のような形状に変化すると、それが一気に殺到する。

 頭から足まで、人体の急所と呼ばれる九ヶ所へ突き刺さると、それらが一気に燃え上がり爆炎を放つ。

 陽向家の秘奥、真名開放に伴う〝退魔本式〟。旭の名は火行の神髄、劫火の檻にて対象を焼き払う〝旭光きょっこう〟。

 これにて条件成立、術式展開。

 と、その前に。

「あオイ!きたねーぞ!」

 なんとか形を残してくれていたおおだまを血だらけの旭が全力で蹴り抜くのを火の中から高月は見た。この極限状況下でまだ勝利条件を満たすことを念頭に置いていたらしい。

「ざけんな、ふっざけんな。リロード、リロードリロードリロードリロードリロードぉ…!!!」

 単語一つ唱えるたびに段違いに上がっていく威力が拳に集約される。撃たせないし、撃って相殺される程度の術ではない。

 仄かに白く光る旭の腕から矢羽が生える。その一つ一つが極大の威力を蓄えて、旭の肉体そのものを弦として強く強く引き絞られる。

 これぞ中国神話にて天に昇る太陽を九つ射抜いたとされる最高神の弓技。自身の真名を伝承への材料、起爆剤とすることで対神術式の威力をさらに上げる。


「〝大羿射日ひおとし火鳥彤弓らくじつ!!〟」

「リロード・インパクトッ!!」


 劫炎の内より飛び出た衝撃波をものともせず、輝く九の鏃が寸分違わず高月という人型へそれぞれの曲線を描きながら押し寄せる。

 命を代償とした『神門』により単身で漕ぎ着けた対神術式の起動。自らの存在を代価に練り上げた神技。


(老いさらばえたこの身でも、どうやらここまではやれるらしい。まったくいいことを知った…)


 この世界での神門旭は間違いなく死ぬ。だが今後本来の世界でここまでの無茶が可能だと分かった成果はとても大きいと感じた。

 ともあれこれだけの術を食らわせても高月は倒せないだろう。しばらく身動きを止める程度でせいぜいか。

「……ん……?」

 両膝を地面につけて頭を垂れていた旭が、ふと耳に届いた音に反応して顔を上げる。

 血まみれになって視界すら赤く染まるその中で、極大の威力に呑まれたままの高月の姿が荒れ狂う暴風の中で僅かに確認できた。

 その表情は笑み。中指を立てて何事か叫んでいた高月は、残る弓撃に押されついに世界の彼方まで肉片となって飛んでいった。

「───しまっ」

 気づいても、察しても、もう遅い。体は動かず、命は尽きる。

 拳から放たれた最後の一撃は、もとより旭と威力比べをする為のものではなかった。

 あれが追いかけたのは、旭が蹴り上げたおおだま。

 ついに耐え切れず体が前のめりに倒れる中、見えたのは。

 粉々に破壊されたおおだまが、破片の雨となってゴール地点に降り注いでいる光景だった。





   リロード・インパクトによる最後の接触者にして『おおだま』の81%をゴールに持ち込んだ選手の判定。これを是とする。

   

   ───勝者、高月。

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