おおだまころがし 1


 一戦目、『しょうかくしけん』。音々はカンニングありき学力勝負をさせられたという。

 二戦目は迅兎が行った殺し合い『ちゃんばら』。こちらは純粋な力のぶつけ合い。

 あまりにも落差の激しい勝負内容に、いざ自身の挑む三戦目はどうなるかと若干の緊張と共に転移してきた先は中世ヨーロッパを思わせる風景と破壊され尽くした街並み。充満する黒煙と血の臭い。

 人々は争い合い怒号と悲鳴が重なり合う。

 唖然とする旭の脳内に流れ込む情報。『おおだまころがし』なる勝負にて先にゴールした方の勝ち。

 少しだけほっとする。迅兎の時のような殺し合いだったらどうしたものかと考えていたから。

 もう命のやりとりなど御免だ。神門旭は大事な家族と仲間と共に平穏な日々を過ごしたかった。

「…うん?なあアンタ!」

 転移から十秒と少し。状況確認に周囲を見回していた旭へ陽気な声が掛けられる。

 対戦相手。真っ黒な戦闘服を身に纏う少女。白い鉢巻と、正義の味方のような赤いマフラーが死臭を運ぶ不吉な風に揺らめく。

「やあ。僕は神門旭。これから闘う相手としてはどうかと思うけど、一応あいさつ。よろしくね」

「俺様は高月あや…高月さんだ!ちゃんと“さん”を付けろよデコ助野郎ォ!」

 初対面から謎の罵倒を受けた旭は困ったように苦笑を返す。ちょっと、いやかなり、おかしな子のようだ。

「ってか、てかさ。アンタ、どっかで会ったことある?」

「なんでいきなり古風なナンパをされてるのかな?僕は」

 まともに取り合うとヤバそうなのは今の会話でわかった。背後にずらりと並んでいる歪な形をした『おおだま』とやらに近付く。

 開始と同時にダッシュでゴールへ急ぐべく構えた。

「おっかしいなー。なんか似たような気配に覚えがあったような、気がしなくもなかったんだけど。退魔師なんじゃないの?」

(え、本当に知ってるの?僕らを?)

 的確に旭が属していた生業を当ててきたことにぎょっとするも、それを訊くだけの時間は残されていない。開始まで残り三秒。

 二。

「まあいいや!んじゃ始めようぜ!」

 一。

 異能展開、身体能力倍加五十倍。

 ゼロ。開始。

「―――殺し合いをなァ!!」

「何故!?」

 目的に沿っておおだまとやらを担ぎ上げた瞬間、横合いから信じられないほどの威力と速度でインパクトが飛んできた。頬骨を軋ませ旭が弾け飛ぶ。

「わざわざ競う必要なんてないじゃん。相手をぶっ飛ばしてそれから運べばもうそれ俺様の勝ち!ってことだし!正義とは時に非情な決断に迫られるものなのだ!」

 破壊された民家に頭から突っ込み全壊させた様を見届け、高月は口笛混じりに旭が取り落したおおだまに手を伸ばす。

「おっ」

 伸ばした手ごと、身体が動かなくなったことに呑気な声を上げるのも束の間。

「〝劫火壱式・鳳発破!〟」

「ぶべっ!?」

 巨大な火球を顔面に押し付けられ、指向性を持って爆ぜた紅蓮に高月の身体が後方に回転し地面を滑った。

(肉体の強度を上げてもこれだけの威力ダメージ。あの子、音々や迅兎が闘った少女達と同じ、特別性か)

 よれたスーツの上着を脱ぎ捨て、口の端から血を数滴落とす旭の瞳が細められる。

 アルと同じだ。目的の前に交戦を選ぶ野蛮さ。そして少女の拳とは思えないほどの重さを伴った一撃。気を抜けば殺される。

「〝我が身は陽を宿す者〟」

 その文言はかつて旭が陽向家の人間として退魔を行っていた時に使用していたもの。

「〝重ね重ねて、束ね束ねて〟」

 旭の周囲が歪む。それは高熱による景色の歪曲。莫大な熱量はやがて発火に至り、その火炎は玉となって九つ、旭に付き従う臣下のように現れる。

「〝そのは焼け衝く無謬むびゅうの烈光〟」

 真名解放と呼ばれる、退魔師の家系に継がれ伝わる極意。旭の名には火行の真髄が秘められ、九つの日たる陽玉を自在に繰り操る能力となる。

 本来開幕当初から使うようなものではない奥義。高月なる女にはここまでしなければ太刀打ち不可能と判断した。

 跳ね起きて何事か呟いた高月の顔に焼け傷は見当たらない。治癒の能力も備わっているらしい。

「…なんだ!やっぱアンタ退魔師じゃん!やべー楽しくなってきたなっ」

「今だけ陽向旭だ。多少以上に手荒になるけど、ルールに則ってこの勝負勝たせてもらうよ」

 目的をはき違えてはならない。なんとしてでもこの狂気と狂喜に満ちる少女を押さえておおだまを戦場の先へ。

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