眠り姫後輩との熾烈な攻防……?

 ━━部屋に帰ると、僕のベッドで後輩が寝ていた。名前を朝比奈。同じ高校で違う部活で、どういうわけか僕によく懐いている。


「……zzz」


 ちなみに断っておくと、この家に現在住んでいるのは僕だけで。また合鍵を渡した覚えもなく、戸締りもした。

 僕は大切な後輩を不法侵入者として警察に突き出さなきゃいけないという事実にひどく胸を打たれながらも、少なくともこいつが金銭的な何かを盗みにきたということはないという確信の下、近くで寝顔を覗き見る。


 なんともふてぶてしいやつだ。他人のベッドだというのに揺籠を抜けてからの共だとでも言うかのような馴染みっぷり、熟睡っぷり。穏やかな水面のように……喜色に緩んだ整った顔をしている。


「zzzzz……」


 ……まあ、こいつとて日々部活に明け暮れている身。こんなに幸せそうな寝顔なんだから叩き起こすのはナシにして━━


「zzz(ゼットゼットゼット)……」

「狸寝入りじゃねえかこのやろう!」


 なんてやつだ。


「おい、早く起きろ。寝るならお前の家で寝ろここは僕の部屋だ!」


 がっさがっさと揺らしながら、目の前で声を張る。しかしそれでも彼女は目を開けることなく、わざとらしい寝息を立てたままだ。目を無理矢理開かせようとしたが、謎の凄い力で抵抗される。力技では無理だとでもいうのか。

 ……さて、いったいどうしてくれようか。くすぐるか? ……いや、この後輩。くすぐりには結構強いとか豪語していたな。そうなれば、目覚ましアプリを耳元で延々聴かせるとか━━


TIPS 眠り姫は王子様のキスで目覚めるんだって!


 おい、突然なんか挿入されたぞこれ見よがしに。だいたいジャージ姿の眠り姫なんかいてたまるか。


TIPS 人を見かけで判断しないことがコミュニケーションの第一歩だ!


 うるせえよ! 見かけだけで判断できないのはお前からよく学んだからなあ!


「むにゃむにゃ……浅学非才の我が身でありながら先輩のお役に立てて光栄で……zzzz」


 寝言風に言えばいいとでも思ってるのか。

 律儀に言葉を返すあたりは真面目だが。


TIPS 朝比奈郁はプリンが食べたい気分だぞ! 


 ピンポイントすぎるわ。だいたい冷蔵庫に入ってないし。


TIPS 長谷川先輩の手料理でもいいですよ!


 ……調子乗ってるなこいつ。よし、ここは押してダメなら引いてみろ作戦だ。飽きて降りてくるまでテレビでも━━


TIPS 実は朝比奈郁は内側からは開けないように鍵をする密室トリックの熟練者だぞ!


 なんかやばいの流れてきたんだが。そして今後ろでガチャンガタンゴトンと物音が鳴り響いているんだが。


 …………開かない。まさか持久戦を強いられることになるのか? 


TIPS 正直先輩の匂いを嗅ぎながらならずっと寝られます。


 正直僕は、この後輩が怖く感じてきた。前からだけど、なんか向けられる視線や尊敬のことごとくに。性欲のような感情が混ざっているからだ。

 もしこいつがいいやつじゃなかったり、性別が逆だったら親家族学校警察に相談しに行っている。


 

 ……さて、本当にどうしようか。

 力でおしのけようにも僕の筋力の低さとこいつのステータスの高さはご存知の通りだし、それにタイムリミットとか関係なく、可能ならこの後輩を即刻部屋から追い出したい気分だ。む……む……む……………そうだ!




 …………こうして見ると、僕はこの後輩がとても可愛らしいことに気づく。

 ……無防備な寝顔だ。いつもは快活な彼女だが、この姿から受ける印象はとてもしおらしく……彼女も一人の女の子なのだな。と、そんな感想を抱いてしまう。


 思えば、僕はいつも彼女を目で追いかけていた。慌ただしい姿、本当に心配になる騙され方をしている姿。割と洒落にならない欲を向けてくる姿……………。ええと、バスケで活躍しているところ? とか。とてもカッコ良い。この後輩。そこと顔だけは本当にいい。

 こうやって僕の部屋で大人しく眠り続けている姿は……とても喜ばしいものではないか? そんな思考を振り切る。

 

 彼女が快活に人生を送る姿を、僕は好ましく思っている。だからこそ……いつまでも眠り姫にさせてはおけない。

 僕とこいつの初めてが、もう少しマシなシチュエーションが良かったという意味で。こんな形だなんてのは心底から嫌だが……背に腹は変えられない。というやつだろう。

 僕は、彼女の顔に顔を近づける。震える体を御しながら、その唇を見据えて━━


「も、申し訳ありませんっ!!!」


 いえい。顔真っ赤にした朝比奈後輩が起きてくれた。


「そ、その……長谷川先輩がそんなにも私を思ってくださるなんて……私は思ってなく…………軽い悪戯のつもりだったのです……」

「僕にはお前がなんなのかよくわからなくなってきたよ」

「ですが! 私も覚悟を決めました! さあ、先輩!!!!」

「うん。僕は一度もキスするとか言ってないんだけどね」


 そういうと、激震が走り。目を見開き悲しげに。かつ怒りの炎がメラメラしている感じに、


「……! 卑怯です! そんな、内面描写の叙述トリックだなんて…………!」

「ナチュラルに心を読んでいることは突っ込まないよ」

「こ、こうなれば二度寝してやりまするです! おやすみなさい!」


 そんなことさせてたまるか。あんなこと考えるだけで恥ずかしかったのに。


「もし今から起きて不法侵入の方法を洗いざらい話して帰ってくれるならほっぺに……くらいはしてやってもいい」

「二階の窓が一か所施錠されていませんでした!!」

「よーし正直だ。ほっぺにビンタしてやる」

「ありがとうございます!」


 おいご褒美になってるぞこの馬鹿。


「では! また明日ですね、先輩!」

「おーう、帰れ帰れ。しっし」


 ……まあ、遊んでやって満足したのかアイツは帰っていった。今回得られた教訓は戸締りをちゃんとしようということと、あいつは危険人物ということ。

 窓を閉めて、再発防止をし、さあてこれから何をするかと思ったけれど。



「…………疲れた。今度からはインターフォン鳴らして入ってこいよー…………zzz」


 眠気が襲ってきた。あの後輩の相手をするのはエネルギーがいるということの現れだろう。

 全くA to Zがzzz to zzzな感じだが、とにかくこれで。僕の部屋に侵入した形容し難い愚か者との対決は幕を閉じた…………。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ワンライとかの置き場 トーリ @sanku46

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る