フォールダークグラウンド・ 断罪少女ギルティルーラー!

 ━━落ちる、という感覚は意外と味わえない。平常な人生を歩んでいるなら精々バンジージャンプをしてそれで終わりってくらいだ。ベッドから、落ちる。階段から、落ちる。だいたい、それぐらい。

 ボクらは普通、鳥のように飛べるわけでもなし、ならば落ちるというのも大して味わえない。堕ちる、というのなら結構味わってきたけどね。

 

 この体、肉体強度は高層の建物から落ちたら死ぬってくらいだし。……それに。高さっていうのは結構な非日常存在だ。歩けば常に目線は低く、俯瞰なんてほとんどできない。

 高きから下を見たときに……その小ささ遠さに圧倒されるのか、あるいは意外と近く感じるのか。紙に描いたような平面的世界に、手を伸ばせば届くような錯覚を覚えるのか。



 ……思えば、初めてこの世界に降り立ったときも。ボクは落ちていた。どこまでも広がる青に白。初めて見る灰色の建物、溢れる緑に、遠方にあった、空の輝きを映し出す海。

 その日ボクは希望に満ち溢れながら、落ちていた。

 けれど、今は。



「追い詰めたぞ! とっ捕まえろ!」

「よし、フェルるん。飛び降りるよ」

「はっはっは何を言って━━」



 256階の屋上から、ボクらは飛び降りる。黒いマントを羽織った、剋道あさみという少女に首根っこを引っ掴まれながら━━!



「ひゅー! すっごい気持ちいいねフェルるん! 刃のように痛い夜風! 降り注ぐ照明! あーんど」


 ひゅーっと、風を切るような少し間抜けな音がしたかと思えば━━ビルの上から、


「ミサイルー!」

「ふざふざふざけんなクソったれえええ!!!?」


 ここは街中……いや、揉み消せるから大丈夫なんだろうがなあ! 金持ちは羨ましいー!

 下を見れば煌めきがいくつも見える人工的な灯りに照らされる街で、それは全て一面に見えるほど現実感がなく……けれど、今顔に猛烈に当たっている強風と恐怖が冷や水ぶっかけまくってくれる


「普通撃ち出すかあんなの戦争だろクソふざけんなボクは単なる平凡な一般妖精━━!!!!!」


 隣にいるこいつはともかく、ボクは数ヶ月前まで━━そう、このクソ性悪魔法使いの奴隷に堕ちる日までは。ただの妖精だったのだ。王族でも何でもない、けれど女王さまに託された魔法使いの力を持って、故国を。世界を救うたびにこの世界に降りてきた単なる妖精。


「そ、そんな…………クソ可愛い性格優良悪鬼必滅系魔法少女なんて、照れちゃうよ……」


 うーん惜しいな、すごく惜しい。もしそんな存在がいるなら今すぐ照れ照れしてるコイツを成敗しに来てほしい。そしてこの世界とボクの故国を救う本当の正義の魔法少女になってほしい。



「ふふん。フェルるん。安心してください! 邪悪を正すは魔法少女の責務! どんな悪事も見逃さず快刀乱麻に一刀両断!」


 ビシッと、彼女はポーズを決め。懐からカッターナイフやハサミ、定規にコンパスなどを詰め込んだ……マジカル☆文房具箱を取り出す。


「マジックチェンジ! 告死定規デッドカウントルーラー!」


 掛け声と共に、彼女の体が夜闇の暗きよりも尚昏い光に包まれ━━ノギスのような形状をした魔剣を携える、おぞましくも美麗な赤色黒衣の魔法少女へと姿を変えていく。



「断罪少女、ギロチンルーラーここに推参!」


 ……それと同時に、自分の体も翼の生えた小さな……だいたい1メートル程度の、元の妖精の姿に戻ってた。……ふぅ、ここから踏ん張れば墜落死は回避━━━━


「ん? 何いっているの我が従僕。従者なら主人の足場になるものだよ」

「は━━━━あああ!!?」


 ぐどがばぎっ。みたいな鈍い音が鳴り響き━━


「ボ、ボクを踏み台にぃ! ぐぁぁぁぁぁ!!!」


 そのまま、あいつはミサイルに特攻しに行き、ボクの体はコンクリの地面に勢いよく突っ込まされ、


「あが……」


 頭から突き刺さる。確信できることとして……あのアホに蹴られるよりも普通に墜落した方が。マシだということが。



 …………走馬灯なのか、明瞭にあの日のことが思い出される。

 右も左もわからない人間界を彷徨いながら……ようやくであった、魔法の適性を持つ少女。

 あの日の彼女は……邪悪が罷り通り、不正が闊歩し、不幸が蔓延する世界に。絶望して、人生の舞台から飛び降りようとしていた。印象に残るよう、都心のビルから交差点に落ちるというカタチで。

 だからこそ、ボクは力を合わせられると思って。彼女という一つの命を救い、そしてみんなを助ける最高の正義の魔法使いになってほしいと。


 ……あの子は早々に力に溺れて、闇堕ちした。ふー! そして今となっては社会の闇に潜み正義の闇となって闇を穿つ正義の魔法少女とその奴隷だ! 全く全く、小規模な悪事の怪人より悪どい人間を誅殺する方が世界のためなんて発想をしてくれて!

 全くもう、ままならない!



「フェルるんー。終わりましたよー」


 突然引っこ抜かれたかと思ったら、血塗れになって帰ってきた彼女が笑っていた。

 少し衣装が破れてはいるけれど、まあミサイルじゃボクはともかく魔法使いには敵わないかぁ……。ほぼ無傷。


「あー……おかえり。くそう。君が何か金目のものを盗んだりするような邪悪だったらよかったのに」

「何を言ってるの、そんな悪いことしませんよー」


 …………。


「ところでフェルるん。今日のご飯は何がいい?」


 あさみの作るやつなら何でも美味しいからいいよと、本心から適当に答えておく。

 ……今回は派手に暴れてきちゃったから、広まっちゃうだろうなあ……ギロチンルーラー。全く憂鬱になる。この子は積極的に正体を隠すとかやらないだろうし……。考えれば考えるほど、つらい。もう少し観察してからやればよかった……と、ボクは今も後悔しまくっていた。

 

 帰り道。不意に、彼女が話題を変えて話しかけてくる。


「あ、ねえねえ! 今度フライトの魔法を教えてくれない?」

「え、そりゃなんで? 今でも少しは飛べるのに?」


 ……あさみは、あの日が嘘のように満面の笑みを浮かべて。


「今日飛び降りるのすっごく楽しかったから、敵地に襲撃するとき空から落ちていきたいんだよ! いいですよね?」

「あ…………無理無理無理! 飛べない、飛びたくない!!」


 き、今日みたいなことを気軽にやらされふ!? それに……活動範囲をこれ以上広げてはいけない! そうだ、そんなことはできないってことにして━━!


「えー教えてよー。しなかったら妖精にして一日中宙吊りね」


 ……夜風よりもずっと。ゾッとするほど冷えた声をオチに、ボクは……これから来る長距離降下私刑少女、ギロチンルーラーとの憂鬱な日々を。考えたくもなかった。


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