桜下炎獄、友と殺し合う卒業式の日

 雪が溶け、春が来る。並木の道はいつもより早い開花のおかげか……淡い桃に染まり、吹く風はどこまでも爽やかに未来への門出を祝う。

 ……この神帆武芸学園での三年の生活は、今日……ようやく終わりを告げる。

 それは、普通ではない学園生活だった。全くもって辛いことが多く、素晴らしい程に友に恵まれ、初めて背中を預けられる仲間を、胸から溢れてしまいそうなほどの複雑な感情を得た。

 ……僕らが守り切ったこの空の青と、広がっていった血の赤は、いつまでも色褪せないだろう。



 けれど、だ。残念ながら僕には取りこぼしがあった。みんなが死なない、僕らが明日を得ていく今日を歩いて行くには……この学園を卒業するには、有終の美を飾るには一つ足りないものがある。


 一人、校舎の裏。体育館のすぐ近く。そして、一つ。桜の樹が雄々しく佇む。

 男が一人、息を潜めながらもその中に入ろうとして━━



「おっと、それ以上はいかせねーよ」


 いつものように、さあて購買にでも行こうぜって言うくらいの気軽さで……僕は潜伏している赤毛の者に声をかける。


「! ………………?」


 何故か卒業式の真っ只中だというのに……こんなところにいる僕の親友であるところの玖珂儀軌くがぎきは、振り向いたかと思えば……心底意外そうな顔をしている。

 

 何故、ここにいる。と。そう言いたいんだろう?


「……おいおい。柳原やなぎはら。お前もサボりかよ! それとも遅刻か?」


 いつものような、冗談がかった声。誤魔化しているつもりなんだろうか、こいつは。


「いや、僕だって卒業は待ち望んでいたんだ。……さっさと用事を済ませて戻るさ。ま、どれだけかかるかはお前次第だけど」



「…………なあ、柳原。この桜の樹の伝説って知ってるか?」


 そういうと、儀軌はいつものように話を逸らし始めた。……やっぱりこいつがそうだったのか。そう、だったのか。

 ……これが、最後かも知れないと思えば。



 いくつも並び立つ並木の桜とは違う、校舎裏のここに……一つだけあるそれを見上げる。

 そよ風に花の先を揺らしながら……いずれ来る満開を待つ姿は、たおやかですらあった。

 ……伝説の樹。


「……ああ。よく知ってる。ここで告白が成功したらカップルは永遠に幸せになれる〜ってやつだろう?

 ……これ自体にはそんなに霊力があるわけでもないし、霊験あらたかってわけでもない。けれど……みんなが、少しでも幸せになりたがっているみんなが、信じている話だ」


 それはとっても素敵なことだろう。と、僕は笑う。

 そしたら儀軌は怪訝そうな顔をして、深刻ぶって、


「お前…………もしかしてここで告白されたりしたのか? けっこー部活の子とか、あの人とか……好かれてるだろ? お前さ」

「……さ、どうだろうな。もしこれからされるのかもしれないし━━もう、二度とされないのかも。な。どちらにしろ、お前はもう知れないことだ」

「含みあるねぇ〜! はは、間の取り持ちとか、あの子からはどれぐらい好かれてるかとか教えるのは……邪魔なお節介だったか? アレは!」


 そんなことはない。

 お前が初めて話しかけてくれたときからずっと、お前のお節介は全部ありがたかった。馬鹿げた話も、くだらない行動も、些細な喧嘩も、全部が思い出だ。

 たとえ僕らが何を隠していたとしても、偽りない友情があったことだけは確信している。



「……そうだろう? 


 凍紬散華刀いてつむぎさんげのかたなの刃先を向け、その名を呼ぶ。

 ━━グリムオーバー。あの日壊滅させた路地裏魔人同盟で……唯一倒すことができず、炎の奥に姿を眩ませた、二本の両手剣を駆る焔の黒鉄騎士。……僕にとって、未だ勝ち越せていない最大の敵だ。

 儀軌はひときしり顔をこわばらせた後に、苦笑いをしながら━━その燃えるような眼光を僕に向ける。


「……おいおい。いつから気づいたんだ? ボロは出してないはずだぜ? あと、何故俺が来るとわかった?」


 ふふ。そんなの単純な話だ。グリムオーバーと交戦があった前後の日と学園にいる全員のデータを照らし合わせ…………いや。それは証拠を固めるためだけにやったこと。……あんまり言いたくはないんだけど、


「直感だ。三年間一緒にいたんだ。一度も背中を預け合わなくても……それくらいわかるっての。お前の正体も、この学園生活を終わらせるのが惜しいから、最後の日まで行動できないのだろうなってのも」


 信じたくはなかったがな、と。少しだけ気まずく最後に付け加える。

 …………それを聞いた儀軌は、


「ぷっ」


 噴き出したかとおもえば、バカみたいに、



「く、くくくく。く! く! くはは!! 直感かよ! いやあっはっは! そりゃ……く……くく……バレてないと思ってた俺が恥ずかしいなぁ! いやしかし、理詰め好きで真面目で頑固者のお前がか! それでバレるなら……しょうがないな! 全く! ははは!」


 随分と気持ちの良い笑い声だ。グリムオーバーとは違うけれど、様々を経験し……磨き上げられた武人のような大笑。



「……一応言っておいてやる。今すぐに僕と卒業式に行こう。お前一人で襲撃したところで━━」

「あーはいはい。お優しいなぁその通りだなぁ。あそこ、お前の晴れ舞台見るために来てるヤバいやつも混ざってたしよ。無理筋なのはわかっているさ。……だがな、だがなぁ!」

「!」


 突然、儀軌の姿が黒炎に包まれる。

 外を黒鉄の鎧が覆い、人から内から本来あるべき超常の体。毀れずの魔人へと変身を解除していく。怪異の変化にも似たそれは━━こと力の解放という点で、あまりにも圧倒的なまでの変わり具合。

 空気は熱く、少し揺れるだけで草木に火がつき、圧倒的なまでの威圧感が覆い出す。



 ……それでも桜の樹は僕らを見下ろす。全く、カップルの幸せの為の木だというのに……最後に見るかも知れないのが男と男の殺し合いとは、伝説の木も不憫なものだ。

 ……いや、そうじゃないか。そういうことじゃ、ないよな。



「これでも同盟には恩義がある、学園……特に理事長とかには恨みもなくはない! ならばそれで十分ということ!


 さぁさぁ! 俺は敢えてこう言ってやろう! ……三年間、楽しかったぜ! 柳原ァ!」


 顕れしは、長さにして八尺程度のフランベルジュ。その身の丈を超えるサイズの両手剣を二刀流にする、化け物じみた膂力と常外の技量を有する黒鉄騎士の姿は……ふふ、中身がアイツだと思うとなかなか笑えてくる。

 今まで散々シリアスな事ばっかり言って、何度も何度も苦戦させてくれたくせに……普段に転がり落ちれば、ふざけあって、笑い合って、高め合えていた。

 そんな、チグハグの三年を思い返す。こいつとだけの思い出ではないんだけど、不思議と。今浮かぶのはウザくて喧しくて、いて心地よいこいつだった。



 ……くく、くく。あはは。あっはっは!! おかしいな、ここに来るまで体育館の方にいるみんなのこととか、どう説得するかと考えていたのに! 今僕はグリムオーバーと! 玖珂儀軌と!


「笑いが止まらない! あはは!

 ……よし、本気で殺し合うか! 手加減抜きでなぁ!」


 美麗にして無骨な波打つ剣は更なる豪炎に包まれ、そこにひらりと落ちた桜の花びらは黒く燃え尽きる。

 カタナは炎の熱さを、散る儚きをその鏡面に映し出す…………そこに、僕の殺意が宿っている。


 こいつは、僕が殺す。大切な友だから、大切な敵だから━━絶対に、殺す。



「さあ、行くぞ好敵手ともよ! 黒ヶ崎路地裏魔人同盟最後の一人、グリムオーバー…………いや違うなぁ! そう、無所属我流! 玖珂儀軌! いざ、いざ━━!」

「ああ、僕にとって最高の親友はお前だけだよ……裏剣道部前主将、柳原洒やなぎはらそそぎ。いざ尋常に━━!」

 

 

 火蓋が落とされ、獄炎の二刀流を音ごと切る魔刀。火花散り、上がる煙と業火の中……舞うように渡り合う僕らはただ。切り結ぶ。


 さあ、これが最後の血戦。舞台は桜花乱れ吹雪く炎獄の舞台上。僕の卒業と全ての想念をかけた━━誰もいない。この僕にとって最後の怪異殺しだ!

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