憑いて回る幸運とそれによる不幸せな人生ゲーム

「うおおおおああああ!?? 確率1割だ! 9割が3連続で外れるなんてそうそうねえだろうが!!」

「先生。まーたゲームに文句言って。ちょっとうるさいですよ」

「黙ってくれ八崎助手! ……………………なあ、追加効果20%を4回連続で引くのってどれくらいの確率だ?」

「0.008%ですね。というか、何仕事休んでゲームやってるんですか先生」

 

 ……久しぶり腰を据えてスマホの対戦ゲームにふけっていたが……こう、運に負けるというのは非常にくるものがある。……くそう。こんなクソゲー二度とやらねえ。ガチャも爆死したしな。こんな運ゲー!


 ……そういえば、今日の星座占い最下位だったな。全く信じたくはないが、これはもしかしたら怪異の仕業かもしれない。いや、そうに決まっている。


「先生。何も憑いてませんよ」


 ……八崎助手はめっちゃ冷え切った目で睨んでくる。冗談だというのに。


「じゃ、じゃあ……画面の向こうの奴がすごい幸運に恵まれる怪異が取り憑いているんだ……」

「…………先生。それ以上ぐだぐだ言うようでしたらそれを消してしまいます」

「わ、ま。待ってくれよ!? 悪かった、悪かったから━━」


 八崎ちゃんが暗黒息がしづらいオーラを出しながら……早まった言葉を言い、行動しようとした。そのとき、



 ━━からんからん、と。一ノ瀬不思議現象解消事務所の扉が開く音が涼しげに響く。


「あ……あの……ここって、変な現象を解決してくれる……んですよね?」


 ……そこには随分と小動物っぽい女の子が不安げに立っていた。




 ここ、一ノ瀬不思議現象解消事務所はその名前の通り自分……一ノ瀬が所長を務める怪異やら妖怪変化。或いは呪いに関係する事件の調査解決を助手の八崎ちゃんと行う日本でも結構レアな方の事務所だ。昔は陰陽道の家系だったのもあるが……そこは、今回さほど関係ないので割愛する。



 今回の依頼者は三原沙希。女子中学生。気弱そうな外見だが……実際、この年頃は思春期の勘違いとそれにつけ込んだ怪異の浸食が多いため相当にデリケートだ。精神的にも、肉体的にも。


「どんな突拍子のない事でも信じる。どんな摩訶不思議な事件でも解決法を探る。それがウチだ。さ、取り敢えず言葉にできる範囲でいいから……いってみなさい」


 重々しく彼女は口を開き。彼女が直面している問題を語る。


「その……私、何を言ってるんだって思うかもしれませんけど……私は凄く運がいいんです。勝負事とか、確率が絡むやつだと特に」


 おどおどと言ったその言葉は……さっき酷い負けをくらった俺からしたら、随分と随分な言葉に感じた。当て付けか??


「えっと……どれぐらい?」

「言葉にはしにくいんですけど……じゃあその、ジャンケン。してみませんか?」

「は……はぁ。じゃんけーん……」


 ポン、と連続10回言って。


「……その、こういうことです」


 10戦中10敗全部負けた。いや、いや。それはおかしい。ありえないだろう!? いや……ありえなくは、ないけれど……。いや、これは単に俺の運がさっきからずっと悪いだけ。かもしれない。


「……お前もちょっくらやってみろ」

「あっはい。それじゃあ……」



 合計15勝0敗。それが彼女のリザルトだった。まあその……そのさ。この場合ジャンケンの勝率は単純に15乗して…………計算したくねえくらいの確率だ。…………もしかしたら無意識の未来予知とかでこんな結果になってるかもしれない。まだ、異常な運と決め付けるのは早い。

 八崎助手に目配せをするが━━どうやら、怪異は取り憑いてないようだ。なら、生まれ持っての祝福か。


「あーその……三原少女。他にそういう例はありますか? それと、いつ頃からこうなったのかも」

「産まれてからいっつもそうで……ゲームだと一撃必殺や即死が必ず当たりますし、ガチャも全部欲しいのが当たるんです…………コンサートのライブは落ちることありませんし、数量限定の物は都合良く何個か残ってて……自販機は当たりが出て……選択問題を当てずっぽうで答えたときは必ず合ってるんです」


 ……確率的には0じゃない以上、それが1%だろうがなんだろうが何十連続で起こっても絶対に起こりえないことではない……いや、機械の擬似乱数とかそういうものまで捻じ曲げているのか? これ。

 ……すると、八崎助手は神妙な面持ちで…………六面ダイスを13個取り出す。異常性診断テストの一環でたまに使うやつだ。


「三原さん。これで6をどれぐらい出せるか試してくれませんか?」

「あ、はい。わかりました……えい!」


 そして、それを三原少女が一気に投げると。



「ひぃっ……!?」


 ……それは、思わず声を上げてしまうほどの惨事だった。彼女が振った13の賽。その全てが六を指し示していた……ええと、6の13乗だからつまり………………………………。


「八崎」

「だいたい130億くらいですよ。先生」


 約130億分の1の確率だ。

 ……おぞましいにもほどがある。しかも、イカサマとかではなくそれは無造作に、適当に投げられたもの。

 ……だがまあ、全て6という指定通り。つまり制御できるのならその方向でなんとか━━


「あ……その……」

「む。どうした?」


 それを伝えると、三原少女は潤んだ目で言いづらそうに、


「制御は……その…………えっとその……この前宝くじとか買わされたときに。三等が当たっちゃったんです」


 ……あ、ああ。やっぱり、そこまで万能ではないのか。それはとってもすごいことだけど、もしこれで一等が当たったとか言われたら━━


「その……それは当たらないでって願いながら買ったんです。だから……抑えたんです。抑えたつもりなんです幸運を。でも、でも……私は幸運すぎて、だから三等が当たっちゃったんです!」


 ………………まて。まてまてまて。あれか? 抑えようとしても抑えられない幸運? それは……だめだ。

 確率が絡むものなんてこの世に溢れ過ぎている。しかも当人が抑えられないほどの強さと言うのは……利用価値が高すぎる。彼女が上手く運を使えるなら、捕らえようとした側が引っ捕らえられていくとかも起こせるかもしれないが……いや、そんな不確定はダメだ。放置してはおけない。しかも運の形が……何が運に反応するかわからない異常である以上は。反転の可能性がある以上は。


「あの。それって何か困ってしまうものなのですか? 運が悪いならともかく━━」

「こ、困りますっ!!」


 わかっていない弟子の問いかけに、語気を荒くして彼女はそう答える。…………だいぶ、涙混じりだ。


「だ、だって。私の周りにいる人はみんな私の運だけを望んで来ていて! こんな運のせいでいなくなっちゃった友達も沢山いて……! いくら運が良くても、全然幸せになんかなれないんですよ! もう、嫌なんです! 普通がいいんです私は!」


「三原さん私と組んで!「お前と遊んでいるとつまらないんだよ!「お前何かズルしてるんだろ!「ねぇ君ちょっと俺らと遊ばない?「お前運がいいんだろ? ほら、ちょっとオレたちのために稼いできてよ「お前がいなければ!「君はみんなの幸せを奪って生きてるんだ」



 ……だいたい、こんな感じで。話を聞けば聞くほどわかる。その桁外れの運は彼女にとって必ずしも幸福をもたらしたとは言えないのだろう。

 内面鏡を持ちいなくてもわかる。叫ぶように吐露する彼女の心は折れそうで、ボロボロで。


「こんな人生……もう、嫌だって! 思ったんです、思ったん……ですけど…………」



 飛び降り自殺。一時はそれを試みようとしたそうだが……幸運が付き纏う以上、どうしてか風に吹かれ、大した高さにもならず、たまたま柔らかい物に当たって、怪我一つせずに済んだ━━━━随分と、歪んだ幸福だ。

 ああ、でも。ここに来れたのは、とっても……運がいい。


「よし。俺がそのクソ運をどうにかしてやろう。…………ただまあ、反動でちょっとばっかし。いや、数ヶ月、それ以上……かなりの不幸になるかもしれんが……」



「……それは…………」


 嫌なら。今ある幸運を捨てることができないならいいと、言おうとしたが、



「かまい…………ません! きっと、そっちの方が。苦労は多いかもしれないし、後悔するかもしれないけど━━私は幸福なんですから!」


 ……少しだけ、迷いがあったみたいだが。ちゃんと言い切った。よし、この子は強い。ちゃんとできている。デタラメな祝福の前に歪んでいない。もう二度とこんなつまらない人生はやりたくないと━━匙を投げるでなく、ちゃんと向かい合えた!


「く、く、く。さあて、じゃあちょっと痛いかもしれないが━━目を瞑るといい三原少女!」


 陣を作る。言葉を紡ぐ。術を放つ。彼女の身の丈に合わない幸運を全部奪い、今まで様々な時に貯めた不幸やら何やらで中和する━━!



「…………先生!」

「うお……!」


 八崎助手の声に反応し、見ると窓から突然。かなりの速球……野球の球がぶち込まれてくる。ここ二階なんだけどなあ!

 なんとか避けるけれど、それがタンスに当たって倒れてきて、こっちに……それは、八崎がどうにか守ってくれた。が━━あ、ああもう! これが幸運かよ! せめてこの子の意思を汲み取ってくれ!!


「……私が先生を襲う不幸から護ります。三原さん、貴女は巻き込まれないとは思いますが、いざとなったら━━」

「あ……う……」

「いや、問題ない! 三原少女は俺の成功を祈れ! 自身の幸福を祈れ! それで万事は解決するんだからよ!」


 …………まずい、地面が揺れ始めてきた。大地震……いや。最悪死んでも三原少女に問題はないだろうが……これは、これはまずい。さっさとさっさと、この少女の運をマイナスにする。そして、幸せにしなければ━━━━!


「一ノ瀬さん! 後ろ!?」


 ついには、棚が、倒れてきて。避けようにも地面の揺れは激しく━━




 ……その後、三原少女は無事。俺が腕の骨一本折られる程度で済んだ。報酬は異常な幸運によって降って湧いた物が押しつけられた……つまり、普段よりずっとお金が入ったのだ。

 一応身内の不幸がないように警戒と取り計らいはしたが……幸い、物がなくなるとか転びやすくなったとか、電車に間に合わないとか……その程度の不幸で済んだ。不良グループとの縁も切れ、健全な友情をなんとか育んでいる…………私は今とっても幸せだ。と、言っていた。


「……よかったんですかね? これで」

「いいに決まってるだろ。自殺まで思い詰めたってのは……こんな幸運だらけのクソみたいな人生はやめようってちゃんと判断できたって証だしな」


 禍福は糾える縄の如し。怪我の功名。塞翁が馬。不幸があるからこその幸福もあるのだから。常に幸運が巡るなら、それは常となってしまいその幸運は意味を失う。


「ま、つまりだ。運に一喜一憂できるのも人生の楽しみになる。ほら、ガチャで何%だかのレアキャラが当たったら嬉しいけど必ず当たるんだったら白けるし……それがズルだったんなら尚更だろう?」


 そう言って俺はガチャを無心に無欲に本当に何も考えず……回し……やった! お目当てが当たった! よおし! これで前回の負けは取り戻した!!



「……人生、一見どれほどダメでも一喜一憂できたほうがいいんですね。学びました」


 前はもうやらないとか言ってたじゃないですかとか呟く声を聞いて、俺は取り返しのつかない人生以外なら何でも二度とやらないって言ってもいいんだと、少し含蓄のありそうな風に反論して…………彼女に呆れられた。そして、


「……なら、絶対にギャンブルはやらせませんからね」


 と、強く八崎助手は宣言してくれた。

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