星のようなあなたの隣に立つために

「━━だから、私じゃもう無理なんだよっ!」


 投げ捨てるように、吐き出した言葉は思いの外強く。けれど言い切った後の静寂だけが責め立てるように残るだけだった。

 それすら激情の前では煩わしく、振り払うように私は、



「奏ちゃんは私以外の誰か━━二階堂さんみたいな人と組めばいいっ! 絶対こんな素人じゃなくて、もっといい人がいるよ!」


 奏ちゃんは、真っ赤な私と真逆の冷めた顔をして、


「…………何言ってんのよ。あんた以外と組む気なんてないわ」

「━━ッ! だから、私じゃ貴女の隣に立つには不相応なの!」

「それ、誰かに言われたの? まさか二階堂じゃないでしょうね?」


 ……確かに、きっかけは二階堂さんの言葉だけど、


「……私が、私自身でそう思うんだよ。このままじゃ私、お荷物でしかなくなる」



 音楽室のドアを開けると、廊下の冷たさと暗さが広がる。……酷い言葉がでないように、自分が迷惑をかけたくないなんてそれらしい理由が崩れないように、口を閉じる。


「……ごめんね。奏ちゃん」


 後ろの声に振り向かずに逃げる。申し訳なさ苛立ち悲しさ嫌悪と吐き気に色々な感情がごちゃ混ぜになって、私は自分が何をやっているのかもわからなかった。






 ふらふらと、歩く。

 もうとっくに日が沈んでいて、夜風の冷たさは酷薄なくらいだった。お腹は減ったけど、誰もいない家に帰るのも辛くて。


 誰もいない公園のベンチに座り込んで、ぼんやりと。していたら、

 


「やあ、詩音ちゃん。こんな時間に一人、どうしたのかな?」

「えっと…………どちら様ですか?」


 突然。短髪の綺麗な……私と同い年くらいの女の子に話しかけられる。

 私の名前を言われたけど……制服も他校のものだし、多分。知らない人だ。私がそう訝しんでいたら彼女は、


「突然ごめんね。……私は基相傍華もとあいぼうか。キミと同学年だけど、別の学校だから私が一方的に知ってるだけだね」


 基相さんは……明るい様子のまま、隣に腰掛けてくる。一人になりたい気分だったから、突然きて何か嫌な気分になったけど…………


「ん、ああ。キミの事は知ってるよ? あいつ……奏とコンビ組んで、ちょっと前の音楽祭では随分いい歌を聞かせてくれたんだ。キミ、結構有名人になってると思うよ?」


 奏ちゃんは……確か、数年前の活動している間、大注目の天才少女だった。そんな子が活動再開して、コンビを組んでるんだから。相方の私が知られてもおかしくないの、かな?


「で! そんな子が寂しげに歩いて、よく見ると泣き腫らしてたからさ。お節介焼きな私としては何があったのか聞かせて欲しいんだ。もしかして音楽性の違いとかで喧嘩した?」



 …………私は、散々迷った後話した。

 最近、歌が上手く歌えないこと。私の相棒の奏ちゃんに迷惑をかけてるんじゃないかって、もっと上手い人と組んだ方がいいって、思ったこと。二階堂さん……あの人の歌唱と比べたら私はずっと劣る。技術も、立ち振る舞いも。全部。あの人に言われたように、私は奏ちゃんに相応しくない。

 そもそも、私が奏ちゃんの演奏と曲で歌うのも偶然に奏ちゃんに誘われたからって事だけ。全然、数ヶ月前まで人前で歌っていなかった私は…………釣り合ってなんてなかった。そんな当たり前の事なのに。


 途切れ途切れに吐き出して、聞いていた彼女の反応を伺う。

 ……目を細めて、にこやかな姿は崩していなくて、でも。どこか怒っているような気がした。


「あはは。そっかそっかあ、自分よりも上手い人がいるから、とっても天才な相棒にはいらないと。うん、自分がパートナーになったのは間違いだと…………自惚れないでよね」

「え……?」


 ……突然、明るげな声が急転して低く重くなり、刃のように鋭く冷たく。私に突き刺さる。


「歌に命を捧げたわけでもない癖に、長年やったわけでもないのに。よくもまあそんな重い諦めのように語れるね。磨けば十分になるものがある癖に道の途上で勝手に諦めて、しかもその原因が他者からの批判? 馬鹿馬鹿しい。批判は潰すくらいの気持ちで励めばいい。上を見て首を折るんじゃなくて、手を伸ばして登り詰めればいい」


 言葉が並べ立てられ、殴りつけられるかのような剣幕で、体がすくんでしまう。そしてそれは心ない罵倒ではなく、確かに正しい事だった。


「そもそも評価を得ているのに、たった一人の言葉に惑う程度の基盤しかないの? そんな様でよく歌ってこれたね。そんなもの気にしなければいいのに」


 そして。……軽蔑するような目が、怖かった。


「……おっと、ごめんごめん。脅かすつもりじゃないんだ。いやなんていうかさ、ちょっと熱くなっちゃったけど、自分の判断が絶対なんてダメだよってこと」

「へ……?」


「私にとってはね、自分からの評価もいいけどを他人からの評価の方がずっと大切なものなんだ」


「誰かが求めるなら歌わなくてはならない。評価する人がいる以上自身の納得とは別に、価値は存在するんだ。ほら、コナン・ドイルだってシャーロックホームズシリーズが一番出したい作品じゃなかったみたいにさ。キミが自分をどう思おうと……少なくとも奏がキミの事を選んだ理由があって、価値がある」


 ……わからない。基相さんは何をいっているんだろう。


「私を……選んだ、理由?」

「うん。音楽ってのは単に上手ければいいわけじゃない。きっとキミの歌声が彼女の演奏にとって一番良かったから……なんじゃないかな?」


 ……あの、優しくも凛々しい旋律を思い出す。もし、私の声があんな素敵な音に合うのならと考え……それこそ自惚れのようだけど。


「あいつは音楽に関しては妥協のない天才だからね。キミはもっと自信を持つべきだ」

「そう……なんですか?」

「うんうん。そうだとも。せっかくだ……奏のこと、教えてあげようか?」


 

「……いえ、私、すぐにしなきゃいけない事ができたのでっ!」


 迷ったけれど、失礼かもしれないけれど、私は立ち上がり。公園を出てなくては!


「いやあ、こんな夜遅くじゃなきゃキミの歌声でも一つ聞いて帰りたかったんだけど……じゃ。さようなら。詩音さん」

「はい! ……今度お礼をさせてください、基相さん!!」


 足は弾み、体は軽く動く。やる事は決まったし、くよくよ俯いてはいられない! そう思い駆け足に飛び出る!


 ……だから、最後に彼女が何か呟いていたのは気づかなかった。


「……あいつの隣に立つんだから、覚悟しておけ。私はキミを心底応援してるし……それ以上に掻っ攫っていったキミが、心底妬ましいんだからさ」




 家に帰るまでの途中。はやる気持ちを抑えられずに……震える指を押さえながら、奏ちゃんに電話をかける。


「……何、どうしたの。またコンビ解消のこと怒鳴るわよ」


 不機嫌そうな声色だったけど、すぐに切られるわけではなかった。

 それに安堵した後、私は━━━━謝った。凄く、必死に。今までにないくらい。


「ほんっとうに、ごめん! 奏ちゃん! さっきの全部なかったことにさせて!!」

「……思い直してくれた?」

「うん、その……至らないとこは多々ありますが! 私に……貴女の曲を歌わせてください!」


 ……………………沈黙が、長く続いて。


「……全く。次また似たようなこと言ったら引っ叩くからね」


 よかった、と。勝手な立場ながら安心の息を漏らす。


「うん。また弱気な事言ったらぶん殴ってもいいよ」

「それはちょっと野蛮すぎないかしら……? 

 ……ところで詩音。だいぶ明るくなったけど何かあったの?」


 ……そうだ。言わないと。基相さんの事も……決意表明……とはちょっと違うけど、私の思いも、今後の目標も!


「…………基相さんって人と話してわかったの。自分に自信がなくなったくらいで放り投げたりなんかせず……自分がどんなに至らなくても…………絶対! 奏ちゃんの隣に立つのに相応しい人になるから! 頑張る!」


 そういうと、返事が返ってこなかった。電話が切れてるのかと思ったけど……少しして、耳を澄ますと呟くような声が拾える。


「……傍華……あいつ…………」

「奏ちゃんの知り合いなんだよね? 少し厳しい事は言われたけど……とっても大切な事を教えてくれたと思うの」

「…………一応友達よ。…………じゃあ、また明日」

「うん!」


 ……空を見上げると、珍しいほど星が輝いていた。いくつもいくつもある星の中に、一つだけとっても大きく輝いていて…………私も、あんな風に。奏ちゃんに近づけるように、そして。隣に立つに相応しい歌手になるため、頑張らなくちゃ!

 


「それと、明日からトレーニング倍にするから」

「う……うん!」

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