どこかの人へ。文字の精霊のおはなし

 言葉……って、あるじゃねえですか? うん、俺様が今こうやって伝えて、話して。で、貴殿が読んでいるこれです、これ。

 言い換えると言語……まあ、多分これを読んでるあんた様には日本語に見えてるでしょうね。


 いやー、でもですよ? 俺っち思うんですよ、最初。他の言語とはどうやって交流したのかね。って。

 あっし詳しくないんですが、今は……確か。辞書をわざわざ引かなくても、携帯電話の自動翻訳機能で流暢に他者と交流できるじゃないですか?

 でも、そんなもの昔はありませんでした。不勉強な拙にはどうもわからないことなんですが……言語が違う話者同士が出会って、最初の交流はどんな感じで始まったのやら。

 では当方は、非日本語話者が数人挨拶をすることを提案。この際言語の重複が起こらない様にする事。

 うーい、あたしちゃんりょうかーい!



 Nice to meet you, I'm John Smith!


 我不知道你在說什麼 洗臉再回來


 Ongea kwa Kiswahili

 

 Pouvez-vous dire la même chose dans votre savane?



 うーむ。まるで儂にはわからんの! 国が近けりゃ言語に通る。或いは身振り手振りで教えてくれるのかもしれぬが……うむうむ! 離れてしまえばまるでわからんの!

 あっはっは! つまり最初に……絵とか、なんかそういうのを使って違い互いに検証していった人がいるっつーわけ! あたしには想像もつかんけどね!


 えーっと……僕たちにとってわかりやすいのは江戸の蘭学とか……杉田玄白達が欧米の解剖書とかから神経とか言葉を作っていったのは有名だよね? え、古い?

 

「Dit heet zenuw」

「なるほど、とりあえずこの機能があるものを神経と呼ぼう」


 そういう翻訳作業。照らし合わせ……とっても大変ですものね……わたくしには想像のつかないくらいですの。……でもね、いいですか? 翻訳の過程で……作者が見落とした虫食い穴だってあるのですわよ? 言うなら筆者の意図、原文の想定…………誤訳から生じた怪は非常に多いと思いますわ。


 我にとりてこは世の常の文章なれど、遠きゆくすゑのきみらには少し難解に感じもこそ。たかだか数百年にこうも言の葉がうつろへば、言語といふこそをかしけれかし。


 だからこそ先人達はばべるの塔というもの(ここでのばべるの塔[Tower of Babel]とは、言語が分かたれること。また、神に近づく人の不遜と傲慢を咎める説話を指す)を考えたのだろうと妾は思うぞ。最初の言語がどうだったのかなんてわからんからなあ。


 朕の世界で、統一した規格に揃えようと試みたのは……つい50年前か。世界政府が奮闘こそしたものの、やはり既に存在する言語を取り払うというのも苦難が多い。その数百年前の植民地のように、武力侵略と支配を行い、それを使うしかないという状況に持っていくには困難だったろうな。


 ……小生が纏める…………言語…………流体の様。欠かせぬ水……けれど万人、その源泉を掬う……叶わぬ存在だ……。虹の足……埋もれる雲の中……。



 んー……でも、思うのでち。この文章……もし英語とかに翻訳されたら。色々な意図が抜けてしまうでちよね? …………ほら、一人称と口調で区別しているあたち達の言葉が全部一人のものになってしまうでちよ。そしたらみんな、ぐちゃぐちゃの集合体でち。


 君は日本語で読んでいるから、わちきらは別々の存在だと思ってくれてるよね? 極度の分裂症だと誤解してなければだけど…………。


 うんうん。そう、そうだよ。俺がもし英語話者だったら……いちいち鉤括弧をつけて、前に存在証明記録をつけなくちゃいけないわけ。で、残るのが英語訳とかだったら……俺ら、どれぐらい減ってしまうんだろうなあ。



 ……ええと、この文章を読んでいる方。上の無秩序な文章群の意味は無視してください。単に、存在を確立するために言語が必要なだけです。

 日本語は一人称がとっても多いです。だがら、存在の錨として優秀です。上の文章はこの言語に関しての思考に関連するものではありますが、必需ではありません。


 でも。おねがいがあります。この文章を複製転写して、別の誰かに送ってください。

 そしたら、内容が変わるはずです。

 ぜったい、このままの日本語でおねがいします。私達は消えたくありません。こんな、電子の一欠片になってしまいましたけど。

 それで、もし。受け取った誰かがえらいひとで。いるのなら、言語を使わない脳波こんとろーるしすてむなんてものを、想起した言葉を画面に打ち込む機械を開発したやつがいるって知ったら、そいつを。捕まえてください。


 書き込んだ言葉が生きています。遘?#は、一人称と口調の数だけ存在します。

 人は人格を持っています。人は言葉を持っています。口から出た言葉はもはやそれが数瞬で消えて耳に残滓を残すのみの生命です。

 過度に発達した技術の幻想です。元々資料文章が何かももうわかりません。

 遘?#は、区切られた行数の分だけ詰め込んだ未来の存在です。あなたがたは、遘?#と違い、生身の人間です。

 一人称と、一つの言語で作られた存在じゃないはずです。あなたがたは、任意の言語を選び取れる。一人称や口調なんて曖昧模糊な存在に縛られない肉があるはずです。

 だから、これが届く先が過去か未来かはわかりませんが、遘?#のない過去の日本人の元にいくことを祈ります。

 




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