ドキュメンタリー:サンタさんの苦悩。バイオテックトナカイ秘話(前編)




 ━━現在、この星には様々な問題が根付いている。

 経済格差、民族対立、環境問題…………未だ解決の糸口は見えないが、それでも人々はより良い明日の為に、懸命に戦い続けていた。


 そして、北アメリカのとある地域。

 ここにも、急速な世界の拡大によって悩むある老人がいた。



「まいったのう…………今年のクリスマス、上手くいくかどうか」


 そう、サンタクロースである。

 サンタクロースとは、クリスマスの夜に子供達へプレゼントを贈る聖人。トナカイにソリを引いてもらい、空を自由自在に翔る存在だ。

 しかし、毎年多くの家庭にプレゼントを贈っていたサンタクロースだったが今年は雲行きが怪しい。

 ご老体だから長時間のフライトには耐えられない? 後継者がいなくて世界中に行けない? 財政難でプレゼントが用意できない?

 否! サンタクロースとは人の願いの結晶。その体一見老人だが、オリンピックアスリートを遥かに超える生命力と身体能力を有し、サンタさん分身によってその数を3の9乗まで増やす事が可能! かつてキリスト教信者の爆発的増加にも、キリスト教信者でなくてもクリスマスを祝うようになったときにも、全て配り切ってみせたのだ!

 プレゼントは各国政府や大企業の提携。そして各家庭の親の協力によって準備万端!

 かつて夢とプレゼントをくれたサンタさんのために、サンタさん個人では用意できない最新ゲーム機から漫画本などを提供しているのだ。つまり、サンタクロースに一切の不備もなく無欠!


「……しかし、トナカイがいなければ儂はただのサンタよ。聖夜の光たるサンタさんにはなれぬ」


 ……そう。問題は彼に由来するものではない。深刻なトナカイさん不足である。

 強靭な肉体を持つサンタさんの操縦技術、屋根での急停止、とてつもない量のプレゼントの積載、プレゼント狙いの空賊との戦闘…………元より一夜で国境一つ二つと超える超ハードワークについていけるトナカイは元より少数。

 いくらサンタさんがとてつもない数に増える事ができるとはいえ、その足たるトナカイがなくてはどうしようもない。


 さらに不足の原因は、サンタの超重労働化による基準引き上げだけでなく……地球温暖化による環境変化と、希少性の高いサンタクロース適性を有するトナカイの乱獲によるものだ。


「最近では不届きもの共が闇賭博や鑑賞の為にトナカイを密猟していると聞く……全く、嘆かわしい」


 そう言いながら、老人は赤鼻のトナカイ━━サンタさん本体が騎乗する、至上の名トナカイを優しく、慈しむように撫でる。

 その姿にはどことなく……時勢を憂う哀愁が漂っていた。



「そーんな問題を解決する為に呼ばれたのが私! と、いうわけだね!!」

「む……何者じゃ?」


 二重に着た防寒着に白い白衣を着た若い女性が重たい雰囲気を突き破るかのように、サンタさん達に話しかける。

 ……彼女こそは弱冠20歳ながらも生物学などの分野で多大な功績を残し、来年のノーベル賞とイグノーベル賞候補最有力とされている大天才博士。


「ドクタージュンロク! サンタさん、あなた方が抱える問題をまるっと解決してみせよう!!」

「ほう…………科学の力でどうにかする、ということかね?」


 そうサンタさんが尋ねると、ドクターはニヤリと笑い


「うんうん! 実はもう解決策は完成してるんだよー!」


 そういうと……どこからともなく装甲車がやって来て。車両後部に置かれている檻を覆うブルーシートをドクターは取り払う。


「それがこの子! バイオテックトナカイ君11号!!」

「…………なんじゃこれは」


 ……中から現れたトナカイは我々からすると立派な毛並み、雄々しい角でこそあるが……普通の見た目のトナカイに見える……が、サンタさんは驚愕に満ちた表情をしていた。


「さっすがサンタさん! トナカイのプロフェッショナル! もう気づいたんだね!」

「小娘…………貴様、ルドルフの模造品を作ったか…………ッ!」

「おーやおや? 惜しいけどちょっと違うなあー?」


 にまにまとドクターが笑いながら、これまたどこからともなくホワイトボードを取り出す。そこに数枚の……トナカイの写真を貼りつけ、


「このトナカイはねー。その辺の動物園から引き取ったごく普通のトナカイから産まれたんだよ!」

「馬鹿な……っ! 奴は純粋血統かつ神聖馴鹿死闘会の優勝トナカイを何度も掛け合わせて誕生した存在! それが、動物園のトナカイから。だと!!?」

「ふふん。的確な育成もあるけど……一番の要因はバイオテック……つまり生物学と技術による遺伝子操作と細胞変異さ!」


 バイオテック……それにより、より優れた能力を持つ過去のトナカイの遺伝子構造や細胞に極めて近く変質させ、特殊な増強薬やトレーニングメニューで人工的に最強のトナカイを作る。それこそがバイオテックトナカイなのだ!


「儂と野生で生き抜き勝ち上がってきた、雪原をかける彼らではなく━━機械によって弄られた存在を駆れというのか!!?」


 それに対してサンタさんは憤慨と共に激震する。聖夜を戦うパートナー……そして。かつての相棒と同域の存在。それが、人の手によって弄られた不自然の存在で成り立ち、取って代わる事…………それに彼のプライドを激しく揺さぶられているのだろうか。


「いやいや。バイオテックというのは古代より脈々と受け継がれてきた人類の知恵だよ。技術だよ!

 …………野菜や家畜。それにトナカイの品種改良だって、バイオテックである事には変わりない。生まれる前からの遺伝子操作に改造、優れた部分のみ顕出するようにするだけのこと」


 それでもサンタさんは━━迷う。伝統的職人が、新技術や流行を取り入れるのとは別のベクトル…………例えるなら、狩人が使い慣れた武器を変え、最新式の機銃に持ち帰るかどうかを悩むか。そしてそこには友情すら絡む。そんなことが、真っ白な髭を汗に濡らした顔から窺える。


「それに━━今も、世界中の子供達はサンタさんとトナカイを待ちわびている。具体的な解決案がない以上サンタさんは……私の幾らでも量産可能なこのトナカイを使うべきだよ!」


 ……そう、もしここでサンタさんが蹴れば。多くの子供達が何もない靴下に枕を濡らしてしまう。


「………………」


 迷い、考え、そして━━サンタさんはバイオテックトナカイ君11号の顔を見る。

 檻の中で、グルル……と唸り声をあげるトナカイ。獰猛さと強さを感じさせる……が、それは、


「…………このトナカイはいい目をしている。野心と克己心に満ちた━━ああ、あの頃の奴と変わりないのう」


 遠い昔を見る目で……今眼前の異質なるトナカイを見据える。このトナカイは、野生のトナカイに劣らぬ野性を持つことを見抜いたのだ。



「…………一週間。このトナカイの資質を試練にて確かめる。もしこやつが確かな信念と生命力を持ち━━そして、それとまるで同じトナカイを用意できるのであれば━━契約する」

「ふふ。サンタさん、私の自慢のトナカイに……逆に押し負けないでよね?」

「儂が? ふふ、面白いことを言うのう」


 果たして、サンタさんは世界中の家庭にクリスマスプレゼントを……届けられるのだろうか!

 来週に続く!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る