ワンライとかの置き場

トーリ

霧煙る魔都の探偵家業 第6話 王女と影武者と

「師匠ー。紅茶淹れましたよ」

「ん、ああ。ありがとう」


 ━━都市中心部連続多発爆破テロ及び左大臣暗殺未遂事件の首謀者に追われていた少女をここに匿ってから2週間。彼女も随分と探偵の助手らしさが板についていた。


 蒸気の音色、機械の動作、寂しげなカラスの鳴き声……あと竜の咆哮とか、白昼堂々の抗争とか。灰色の雲と薄い霧が覆うこの街は、おおよそそんなものに満たされている。…………彼女を狙う組織を壊滅させる。その約束が果たされる日はいつ来るのだろうか。

 正直、彼女の元いた国に帰してやるべきなのだろうが……やはり、見目麗しい美少女が、慕って世話もしてくれるというシチュエーションは素晴らしいものだった。


「……なんですかその目。気持ち悪いですよ」

「ははは」


 相手が美少女だと罵倒も心地よいというのは良い発見だった。

 その後しばらくして。廊下に慌ただしい足音が響く。それは常連や整備業者。警察署の人間ではない……いや、もしかしたらお嬢様ちゃんかもしれない。お姫様ちゃんだと最悪だが、もしそうだとしたら僕は歓待のために準備が必要になる。

 執務室のドアが一気に開く、そこにいたのは━━



「こ、ここがなんでも解決相談所でいいのか!?」


 くそう。ハズレだ。見知らぬ男で、30前半程度……身なりやからして、スラム住民で工場労働者。そして持ち出してきた名前が正式名称ではないのもダメだ。


「これは私たちの出番のようですね。師匠」

「うーん。そうだといいねー」

「あんたが探偵さん……でいいのか!?」


 努めて冷静に、外向きの━━微笑みを作って僕は答える。


「いかにも。名探偵さんだ。さて、ご依頼は何かな?」



 事件のあらましはこうだった。最近、西南第63区画のスラムの住人が次々と姿を消していっている。単に逃げたりしたにしては家財も残りっぱなしの盗み放題。性別、年齢はバラバラ。

 きっと、ヤクザや邪神教団辺りが臓器集めか生贄収集で拐っているに違いない━━と、いう。


 この国の終わりっぷりに引いている助手ちゃんを尻目に、男はいなくなった人達を探し出して欲しいと、古っぽくて薄い封筒を渡して頼む。

 ……うん。


「お引き取り願えるかい?」

「んな!?」

「師匠、何怖気付いていらっしゃられやがりますか!」


 相手が問題なのではない……が、この男が出した封筒の中身が問題だ。

 ……この手の案件ならせめて倍は欲しい。


「いいかい。僕は基本薄利多労。ただでさえ多方面から睨まれているというのに……」

「……頼む! この通りだ!!」


 彼は見事な角度で地に頭をつけてきた。


「わあ、凄いですよ師匠! こんな立派な土下座見たことがないです! きっと日常的に謝り慣れてる人ですよ! ほらこれを見て何か感じませんか!」


 助手ちゃんはさっさと受けなさいと急かしてくる。だが、僕は選り好みをするタイプだ。拐いなんて警察に任せておけば良いのだ…………。

 そう、思っていたけれど。



「娘が……俺の娘が、拐われちまったかもしれねえんだ!」


 娘。


「……その子の年齢は?」

「もうすぐ16歳。そこの、嬢ちゃんと同じくらいの背で━━」


 ……子供がいない親に、ノーを突きつけるほど僕も残酷ではない。


「はぁ。調査だけなら━━」


 そう、僕が妥協を口にしたとき。


「すみません、その娘のお姿はどんな感じですか? 特徴とか、顔とか」


 ……彼女はにっこり笑顔で男にそう尋ねる。


「……信じらんねえくらい綺麗な奴で……えーっと、無礼かもしれねえが王女様のお顔と似ている……あ、嘘だと思うんならスラムの奴らに聞いてみてくれよ!」

「さっきああ言ったが、流石に娘を抱える親からの嘆願を無視するほど僕は冷酷でないのでね。依頼を受けよう。あと、このお金はいらない。無事に帰ってきた暁には、娘と美味しいご飯でも食べに行ってくれ」


 封筒を渡し返すと、彼はキョトンとした後さらに頭を深く下げ、床に沈めていくのではないかというほどにして。


「……っ!! ありがとうございます!」



 僕の趣味は恵まれず不遇な女の子をお風呂に入れて、髪を梳かしてあげること。あと美味しいご飯に綺麗な服。そして僕に向けられる笑顔だ。


「師匠、急にどうしたんですか?」

「僕の性格を知っているならわかるだろう? というか、わかってやったよね?」

「はい! この変態!」


 彼女の心地よい罵倒が耳に響く。やる気が出てきた。……まあその娘さんが生存してなければそのときはそのとき。

 防弾防刃防魔コートを羽織り……ついでに拳銃と対人ボールペン型グングニルをポケットに忍ばせる。



 その後僕らはまず、誰がやったのか……そして、スラムで何が起こっていたかの調査にやってきた。

 とは言っても前回と同様、設置してた監視用使い魔と自動人形を回収しただけだが。


「えっと、直近の行方不明の内、邪神教団が20件。臓物狙いが11件、不明が1件。だ」

「不明? 不明とは、何ですか?」

「何もない……ように見せかけた魔法による偽装って事だよ」


 使い魔達の目を誤魔化すのは魔術師なら簡単にできる。ハックして適当な映像を流すだけ。それでも前後の映像に乱れが生じるので……何かあったことは明瞭だ。


「ってことは犯人はアイツらかあ……」

「え、もうわかったのですか!?」


 そういう彼女に、軽く解説。……まあ簡単に言えば、ビーチで普段着だと目立つ、という話だ。


「んー……拐いをする連中なんてこんなことしないんだ。僕の目を知ってる連中なんて超レアな上、偽装する……つまり、監視の存在を知っている奴らで……そんな七面倒な事をするのは間違いなく政府か王室関連だ」

「え、政府が……!!?」


 助手ちゃんはとってもいい反応をする。まさか政府が誘拐なんて……! って顔。しかしこの国は割とするのだ。邪魔者も割と消すし、僕だって利用価値がなかったら多分消されてただろう。


「目当ては呪い除けの影武者かな。

 ほら、あのお父さんが言ってた通りお姫様ちゃんによく似てるそうだし、拐いが多発している内に紛れてやろうとしたのさ」

「なんて事を…………!」


 義憤に駆られている。…………まあ、彼女の境遇を思えば、同い年の娘が酷い目に遭うなんて許容できないだろう。


「え、えっと。じゃあ王女様を説得して取り返す、という事はできないのでしょうか? 師匠は昔王宮の密偵をやっていたとアンバーさんから聞きましたが……」

「あ、あはは。うん。やってた、やってたけどその…………」


「あーあーあー!!!!? 腕、腕が潰れるからやめて! やめてーー!!」

「……ほんっとうに、気の多いお方ですわね。最近ではあの灰色の娘にご執心だったようで」

「あー!! あー!!! お姫様がやっちゃいけませんそんな関節技!!!」

「……寂しかったのですよ。ですが、これで私と二人きり。昔のように真面目な探偵さんに戻ってくださるのですし、許してあげます」

「いやー!! 僕は女の子とお気軽に触れ合ってプラトニックな関係を気付きたいの!!!!!!」

「安心してくださいませ。私以外の存在を目に入らないように躾けてさしあげますので!」



「…………そ、そう。会ったら気まずい雰囲気になるといいますか…………ごめんなさい会いたくないんです」


 あのふてぶしい師匠が……とでも言いたげな顔で、驚愕される。……いつも頼りになる姿を見せていたい僕としては、勘弁して欲しかった。



 一方その頃、とある廃工場の奥。


 一人の少女が縛られて。声も出せずに捕らえられている。そしてそれを囲むのは数人の武装した男と、


「本当に瓜二つですわね……」


 縛られている少女と鏡写しの容姿をした少女━━だが、髪の艶やかさ、その身の高貴さ、装いの優美さ。そして凄惨な微笑を浮かべるその姿は、まるで異なる。


「…………まあ、貴女に悪いとは思いませんが、これも仕方ありませんん」


 落ち着かせるように、優しく……まるで仕方ないと思っていない声色で、そう語りかける。


「貴女は、あの人を誘き寄せる餌です。そして……もう貴女は用済み。明日には解放すると約束しましょう」


 縛られた少女はその言葉に疑いを持ちながらも、信じることしかできない。

 そして、縛られた彼女から視線を外すと……窓から夕日の沈みかけた空を見上げて喜色満面、花の咲いたような顔で、第一王女は高らかに笑った。


「…………ふふ。4年と8ヶ月24日ぶりに、漸く逢えるのですね…………″お姉さま″!」

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