第一章

プロローグ

【一週間経っての朝】

 僕は目を覚ました。

 広がるのは、この一週間ですっかり慣れてしまった、新たな寝室の天井。


 今日から三学期か、などと考えつつ、濡れた頬を指で拭いながら体を起こす。

 背中にある窓から日光が射し、クイーンサイズのベッドに自身の影が伸びる。


「………」


 僕はふと、首を曲げて隣を見た。

 ……いない。いつもは僕が起きても寝ているのだけど、どうも今日は違うらしいね。


「……ははっ」


 彼女と再開してから二人暮しを始めて、早くも一週間が経った。

 そして、自分がこの生活に慣れつつあるのを改めて自覚して、僕は苦笑する。


 成長してから見る彼女の笑顔、困り顔、拗ねた顔、安らかな寝顔。そんな彼女との生活は僕にとってはとても楽しいものだった。

 まだ今日から始まる学校生活を交えてはいないけど、それでも充分、この一週間は充実したように感じる。


 それに、いつの間にか彼女の存在が僕にとって家族同然……いや、それ以上になっていた。

 これでもし、再び彼女と離れ離れになったとしたら……


「………」


 ……とりあえず着替えよう。そう考えた僕は、ベッドから出てクローゼットを開ける。

 開けてから右を見れば、彼女がクリーニングに出していたらしい制服一式。


 ……まだ二週間程なのに、この制服を着るのはなんだか久しぶりに感じるような。

 そうしみじみと思いながら、僕はワイシャツを取りだして腕に通すのだった。



 □



<トントントン、ジュー……>


 ネクタイを締めながら僕は階段を下っていると、リビングの方から何やら料理の音が聞こえてきた。


 この音を朝に聞くのはこの一週間前以降一度もなかった気がするけど、もしかして。

 少し目を見開きながら、僕はリビングのスライドドアを開けた。


「あっ、氏優しゆうくんおはよ〜」


 ドアを開けた途端、オープンキッチンの方からそんな声が聞こえてくる。

 そちらに振り向けば、幼馴染である藤堂琉依とうどうるいが、ガスキャビネットの前で立っていた。


 服装としては、僕の学校指定であるワイシャツにスカート、その上から淡い黄のエプロン。

 これは……俗に言う、制服エプロンというものなのかな?


 それを見て、僕は琉依が『制服エプロンは神!』って漫画を紹介してくれながら叫んでいたのを思い出す。

 『男の子もそう思うでしょ!?』とも言われたけれど、これは確かになにかグッとくるものが……ある、のかな?


 ただ、エプロンもそのなのだけれど、僕と同じ制服を琉依が着ているのは少し新鮮だね。

 二学期まで琉依とは離れ離れだったのに、今日から同じ学校に通うとなると少しばかり心が軽くなる感覚になるような。


 そんなことを考えながら、僕はネクタイを第1ボタンが見えないように締めて口を開いた。


「おはよう、琉依。……もしかしてなんだけど、早く起きて朝ごはん作ってくれてるの?」


 挨拶もそこそこに、僕は少しばかり気になっていたことを尋ねてみる。


 以前言った通り、彼女はゲーム三昧の日々で一昨日に至っては昼夜逆転していたんだ。

 そんな彼女が、僕が起きる前から朝ごはんを作る……失礼ながらも、それはあまり想像ができないことだった。


 すると琉依は、何故だか腰に両手を当ててドヤ顔をしてくる。


「そうだよっ!今日からは毎朝、お弁当と一緒にご飯も作ってあげるからね!」


 ふふん、と追加で言いそうな琉依を見て、面白いなあ、と僕は思わず頬を緩ます。

 あれも豊富な表情の一つで、本当に色々な表情を見せてくれるから琉依には飽きない。


 ……でも、今二つほど聞き捨てならないことも言ったよね!?


「ちょっと待って。お弁当?毎朝!?」


 そう思った僕は、気になったその二つの点を挙げて叫んだ。早朝からキツい……

 しかし琉依は、そんな僕にケロッとした様子で首を傾げている。


「え?今日はいらないと思うけど、お弁当が無かったらお昼はどうするつもりだったの?」

「なるほど……それは助かるよ、ありがとう。でも、ご飯については?毎朝って?」


 弁当については、確かに金銭の節約になるし、なにより作ってくれるのなら嬉しい。

 そこにお礼はしつつも、僕は弁当より気になったことを落ち着いて尋ねてみる。


 朝食について言うと、先程も言った通りの琉依なため、この一週間は二日目以外大体僕が作っていた。

 それが琉依によると、これからは毎朝彼女が朝食を作るらしいんだけど……


「あ〜……お弁当のこともあるし、これからは私が作った方がいいかなあ、なんて?」


 なぜに疑問形?


「ともかく!今日からは通ki……通学日の朝は私が作るからね!」

「う、うん……」


 まだ納得しきれない部分はあるんだけど、それ以上は訊くな、と言いたげな琉依の迫力に、僕は頷くしか無かった。

 どちらにしても、ありがたいことではあるし、まあ……もういいか。


 でも、そうなると……


「じゃあ、晩御飯は僕が作る感じで大丈夫かな?その感じだと、朝も昼も琉依が作ることになってしまうし」


 『家事分担して──』……大晦日に退院した時、琉依はそう言っていた。

 言う通り、洗濯は各自で済まし、掃除は交代制でこの一週間は上手く回している。


 料理については、朝食は慣れてないから簡単なものだけど僕が作り、昼食と晩は琉依が作っていた。

 だけど、朝も昼も琉依が作るというのなら、晩御飯は作らないとダメだと思って尋ねて見たんだけど……


 それを訊いた琉依は、フライパンから目玉焼きらしきものを皿に移しながら、少し考え事をしだした。


仕事から 帰ってきた 氏優くん…… 疲れてる所に 、温かな 手料理を振る舞い そこから……


 ……ブツブツとなにか呟いているようだけど、なにを言っているんだろう。

 これは、この一週間時々見るようになった行為ではある。声が小さすぎて、いつも聞き取れないのが少しきになるところだ。


 というか、朝食を用意しながらって器用だな。火傷しそうで心配になるけど。


 琉依は少し考え込むと、ばっと顔を上げて首を横に振ってきた。その頬は、なんだか赤らんでいる気がする。


「平日は私が作りたい、かな……えっと、平日の朝ご飯だけお願い!」

「えっ、それじゃあ少なすぎるような……」

「いいからっ!」


 これまた凄い琉依の迫力に、僕は押し黙ってしまう。

 顔が一層赤くなっているけど、琉依は一体どうしたのだろう?


「ほ、ほら!朝ご飯できたよ!」


 話はこれでおしまい!とでも言いたそうに続け、琉依は料理をダイニングテーブルの上に並べ終えたようだ。

 朝から本当にどうしたのだろう?と思いはしたものの、僕は素直に頷いて「いただきます」と手を合わせたのだった。

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全てを失った俺は、幼い頃に別れた幼馴染と二人暮しする事になった さーど @ThreeThird

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