12月20日②

 白いシーツと柔らかいベッド、心地よい腕枕で目が覚めた。

「おはよう、涼子さん」

 日差しが部屋に差し込んで、素敵な朝を演出している。ちょっと細めの腕枕も具合がよかった。映画のようなワンシーンだ。夢かもしれないと思っていたが、昨晩のことが次々を思い出され。

「おはよう。山下君」勢いよく上半身を起こすとシーツで胸元を隠した。もちろん全裸だ。あれは夢でもなく現実!


 彼はベッドから出ると、ガウンを羽織り「朝食どうします?下のレストランでも摂れるみたいだけど」と聞いてきた。


 混乱している…。そして二日酔いだ。


「…お、お水をくれる?」


 差し出されたコップの水を一気に飲み干し、膝を抱えて顔を伏せた。

 彼はアラサーの私の体をどう思っただろう?20歳の時と比べて、ハリが無くなってきていることはわかってる。…朝食?こんな若い子と並んで一緒に朝食レストランなんかに行けるわけがない。失態、惨め、羞恥…いろんな言葉が頭の中をグルグル回ってる。この場から逃げたいけど、私にも見栄がある!なんとかこの場をやり過ごそう!


「朝食はいいわ。そこにあるコーヒーだけで…」テーブルの上に備え付けてあったコーヒーを指さした。

「それと…シャワーを浴びたいから、そ…その…後ろを向いててくれる?」


「あ…、わかりました」

 若い子はものわかりがいい。クルリと背を向けるとそのままジッとしていた。私はその隙にシーツを体に巻いたまま、散らばった下着と服と化粧ポーチをかき集めバスルームに逃げ込んだ。


 シャワーヘッドから勢いよく流れる少し熱めのお湯で、体内に残っているお酒を抜き、記憶を整理していた。こうなってしまった私の理性の無さに凹むばかりだが、夢のような一夜であったことも認めざるを得ない。さっき、私のことを「涼子さん」って名前で呼んでたわ。あまりにも自然に呼ばれたから、さっきは気にならなかったけど…。昨夜のベッドで「涼子って呼んで」と言ったことを思い出し、寒気がするほど羞恥心に襲われた。


「しっかりして、天崎涼子!」

 パン!と頬を叩き、上を向いた。


 それから30分くらいバスルームに籠っていたが、ドライヤーと化粧を済ませていつもの経理の天崎涼子の顔でバスルームを出た。


「あれ、早かったですね。ちょうど今コーヒーが用意できましたよ」


 山下君は湯気の立つコーヒーカップを差し出してきた。


 室内はカーテンが開けられ、都会の景色から光が差し込んでいる。彼はガウンから昨日着ていたスーツに着替え終わり、崩れていた生々しいベッドは私がバスルームに籠っている間に彼が整えたようで綺麗に片付き、ベッドの上に二人それぞれの荷物がまとめられていた。その整頓された様は「夢の終わり」を現しているように見えて、少し寂しくも感じた。


「ありがとう」と言って、コーヒーカップを受け取り、一口飲むと胃に流れ込む熱いコーヒーが普段の感覚を呼び覚ましていった。


 今日は土曜日、会社も休みだから時間を気にしなくていい。陽が高いと感じていた通り、時計は10時を指していた。ずいぶんと朝寝坊をしたものだ。


「チェックアウトは11時なんで大丈夫ですよ」

 私の視線が時計を見たのを察して、山下君がホテルのチェックアウト時間を教えてくれた。

 チェックアウト時間まであと1時間もある。でも、そんなに長居するつもりはない。


 3度口をつけて半分残ったコーヒーをテーブルに置くと「出ましょう」と言って荷物を手にした。



 ホテルの支払いは彼が済ませていた。私が払うというと「デポジットもボクのカードだから、そのまま支払います」と。なんともスマートなやり取りだ。昨晩聞いた新入社員ぶりとは違って見える。


 ロビー階に下りるエレベーターのなかで山下君が聞いてきた。

「あの…、涼子さんって、いつもあんな風に…」

 一気に顔が熱くなる。

「な、な、何言ってるの?」


「あ、ごめんなさい、そういうのじゃなくて。あの…後輩の悩みを聞いてくれたりとか…」


「あぁ、そっちね…」一体どっちの話をしているんだ。「ないわよ。今ままでそんなお節介したことないわ。それと…」山下君の胸に伸ばした人差し指を当てて「その呼び方…会社じゃ止めてよね」と釘を刺した。


「はい、わかりました。涼子さん」

 だから止めてって…と言おうとしたが「会社で止めて」と言った自分の言葉を思い出して何も言えなかった。彼は少年のような顔で笑っている。陽の光で彼の髪はより一層茶色く光っていた。


 ホテルを出て私はタクシーを止めた。電車でも帰ることはできたが、早く一人になりたかった。心身共に疲れたというのも理由だ。彼は「ボクは電車で帰ります」と言って、私の乗るタクシーを見送ってくれた。また、タクシーに乗る際に「そのマフラー素敵ですね」と言った。


「はぁ…」

 タクシーの中で独り…大きなため息をついてみた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る