第43話救出班

 カイリとジュニアを送り出した車内で、リカコはスモークの貼られた窓の外を見つめる。


 ジュニアのポケットにテイザーガンを忍ばせ、カイリの事を頼んでおいた。

 特に仲間に危害が加わった時の、カイリの狂気は目に余る物がある。


 実際、対象を殺しかけた事もあったっけ……。


 黒バンは、防犯カメラに映っていたシルバーのバンを確認し、廃工場の前を通り過ぎると、すぐ横の細い路地に停車させた。


 申し訳程度に茂った垣根の隙間から、カイリとジュニアが1階の倉庫に向かって走って行く姿を確認する。


 インカムがガシャガシャと鉄パイプをぶちまけたような音を拾い、カエの叫ぶ声を聞く。


(お願い、もうちょっとだけ頑張って……!)

 何も出来ないもどかしさに心が潰れそうになる。


 カイリ達が倉庫に消えてすぐ、2階へ続く外階段を男が1人で降りてきた。

「カイリ、ジュニア。外階段から男が1人降りてくる。

 接触しないように注意して」


 男は階段を下りきると、倉庫の前を横切り表の道路でタバコに火を点ける。


『裏側から2階に移動する』

 カイリの抑えた声に続き、倉庫から飛び出した2人が外階段を通り過ぎると、建物の裏手に回り込みリカコの視界から姿を消した。



 ###


 草の生茂る建物の裏手から、高い位置に数枚の窓が見える。

 都合のいいことに、建物に沿って細い電信柱が蔦に侵食されながらも佇んでいた。


 声に出すことなく、アイコンタクトと仕草で経路を確認すると、ガラスカッターを口にくわえたジュニアが先に電信柱を登り始める。


 この辺りの意思の疎通は長く仕事をこなす中で養われてきた。


 窓枠に手足を掛け、横にズレると窓ガラスの下部をガラスカッターで削り始める。

 遅れてきたカイリは壁に手を突き電信柱に身体を預けている。


 ズダアァン!

 大きな音と壁からの衝撃にジュニアが窓枠から手を滑らせたっ!


 っっ!

 ガッッ。


 背後に大きく反り返るジュニアの肩を間一髪、カイリの腕が支えた。


 室内ではまさにカエとイチの連携蹴りが、大男を壁に向かって吹き飛ばしていたところ。


 ジュニアの身体を起こし、窓枠に手を掛けさせる。

 落下したガラスカッターは生茂おいしげる草むらに消えてしまった。


(取りに行くか?)

 カイリの視線に、ジュニアが首を横に振る。


 だいぶ削れたガラスは、ひと蹴りで充分役に立つ位の大きさの穴を開けてくれそうだ。



 ###


 男の吸うタバコの煙が夕方の柔らかな風に霧散していく。


(誰かを待ってる?)

 リカコが見ていることもに気付かずに、チラチラと黒バンが隠れるT字路の先を気にしている様子が見て取れる。


 黒バンも、隠れているとはいえまばらな垣根はどこまで助けになってくれるのか、心許こころもとない。


 タバコを吸い終えた男は、靴の裏で火を揉み消すとそのまま吸い殻を投げ捨てた。


 嫌悪感だけがリカコの胸に広がっていく。


 手持ち無沙汰になった男は、余計なことに建物を振り返り、建物の2階をジッと見つめている。

 しかしそれも少しの間のこと。

 気もそぞろに、再び道路の先に視線を送る。


 その目が、垣根の隙間の黒い車体に気が付いた。


 スモーク貼りの後部の車内は外からは見えないが、運転席のある前部はスモークを貼れないために真影の姿は丸見えだし、何より覗き込まれればカーテンで仕切られた後部座席と、いろいろな機材は怪しいことこの上ない。


(来る?)

 いくつかの会話のシュミレーションを頭で組み立てる。


(真影さんと私が同時に車に乗っていて、かつ自然な理由)

 親子には年が離れ過ぎている。

 人気のない路地。

 制服のJK。


「真影さん。隣に入りますね。

 会話は私がします。」


 テイザーガンをスカートの腰に挟み銃のホルダーとインカムを外す。

 カーテンの仕切りを越えて、助手席に滑り込むと。


 コンコン。

 リカコが真影の肩に寄り添った所で、運転席の窓がノックされた。


「窓だけ開けてください。背中は座席につけたまま、動かないで」

 口元を真影の肩に隠し、小声で指示を出す。


「開けなさい。警察だ」

 窓ガラスに、開いた警察手帳を押し付ける。


(この顔は間違いない。ジュニアが拾ってきたデータの中にいた、公安)


 真影が車の窓を全開にする。


「こんな所で何をしている?

 すぐに車を移動させなさい」

 素直に聞いて車を移動させるのは簡単だが、戻って来た時に見つかればいいわけが出来ないし、なにより表に出ているみんなへの不安材料は少しでも刈っておきたい。


「なんでこっちが移動しなくちゃなんないんですかぁ。

 どこに居ようと国民の自由でぇす」

 出来るだけ軽薄に、相手をイラつかせる言葉を選ぶ。


「なんだお前たちは……」

 警察手帳でちょっと脅せばすぐにいなくなるだろうとタカをくくっていただけに、男のイラつきが跳ね上がった。


 一度道路の先に視線を走らせリカコを睨み付けると、窓から車内に侵入するんじゃないかと思えるくらい身を乗り出して来る。


「JKサービスか?

 くだらない。どこか別の場所……」


 パアァァンッッ!

 突然響き渡る発砲音に男が廃工場を振り返った。


(チャンスっ)

 テイザーガンを抜き、振り返る男の背中を撃つっ!


 バチンッ!

 伸びる銀糸に流れる電流。

 崩れ落ちる男に引かれる銃を窓の外に投げ捨てた。


「仮にも警察を名乗るなら、違法行為はちゃんと取り締まりなさいよね」

 発砲音は気になるが、男の様子からみて人が来ることはほぼ間違いない。


 車を降り、真影の力も借りて後部座席に男を引きずり込むと、通りから白いセダンが廃工場に入って行く。


(コイツを待っていた?)

 真影が後部座席のスライドドアを音が立たないように閉める。


 リカコは装備品の中のデジタルカメラを引っ張り出すと、ズームを最大限に引き伸ばした。


 黒バンからはセダンの運転席は反対側、頭が出る瞬間を狙い、意識を集中する。


(こっちを向きなさいよっ!)

 開くドアに黒髪の男。

 迎えが出ていない事にイラついた顔が辺りを見回そうとした瞬間。


 ドガアアァァァァァンッッ!

 爆発音が響き渡る。


(フラッシュバン!)

 一瞬意識が廃工場に飛ぶっ!

 急いで視線を戻したセダンには、驚いた横顔を晒す年配の男。


 連写機能に設定してままのカメラのシャッターを押した瞬間、男は車の中に消えると駐車場で車を切り返し、猛スピードでさっていった。


 リカコはインカムを拾うと耳にかける。


『ナイスパンチラっ!』

 ジュニアのどうしようもない一言を聞きながら真影を振り返る。

「見ました?

 今の顔」


 真影も驚きを隠せない。

「……東田副総監」

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