第44話休息の病室

 あの後、リカコさんの手配してくれた救急車を待つ間にあたしとイチのカバンや手錠の鍵探し、〈おじいさま〉や巽さんへの報告、連絡などなどなど。

 いろいろと大変だった。


 まぁ、あたしとイチは座って待ってただけでほぼ動いてないんだけど……。


 今回の一件は、

「営利目的での警視総監の孫娘の誘拐と、巻き込まれた彼氏(イチね)」

 と言う事で口裏を合わせている。


 救急車には真影さんが、救出に来た警察関係者という形で顔を出し、あたしとイチはそのまま病院。


 他のみんなは公安の連中を回収して直接おじいさまの所へ向かった。


 一応、痩せ男の言っていた〈おじいさま〉黒幕説は真影さんにも話し、いろいろな条件の元虚言という結論に至ったみたい。

 もちろん、東田副総監が顔を見せた事は大きい……。


 東田さんかぁ。

 ジュニアが後で徹底的に洗い直すって言ってたけど、悪い印象は全く無い。って言うか、印象そのものが無い。

 影みたいな人。


 リカコさんがデジカメに姿を収めたらしいし、後は〈おじいさま〉がやりたいようにやるだろうし。


 白いベッドの横で丸イスに座り、静かに寝息をたてているイチを見ながら、午後の出来事を思い返す。


 頭の傷は結局13針も縫って包帯が巻かれているし、何かはわからないけど点滴中。


 一番怖かったのは。あれだな。

 イチが大男を手にかけるんじゃないかって。思ったこと。


 薄い掛け布団から出ているイチの手に、上からあたしの手を重ねる。

 出血したせいなのか、ひんやりと冷たい感じがする。


 昨日、噴水で冷えたあたしの手にはあんなに温かかったのに……。


 イチの手が小さく動いて、薄っすらと瞳を開く。


「あ。ごめん、起こしちゃった?」

 天井を見上げたまま小さく唇が動く。


「……みんなは?」

「まだ〈おじいさま〉のところから帰ってないよ」

 イチがゆっくりと瞳を閉じる。


「火傷、大丈夫だったか?」

「あぁ。うん。そんなに酷くなかったし、傷も残らないだろうって。」

 薬を塗った上からガーゼが当てられている。


「それより前髪だよ……。

 当てられた所だけ丸く焼き切れちゃって、揃えて切るには短すぎるし、ガーゼデコ全開はなんか恥ずいし」


 イチの手があたしの手の下で小さく動いて指を絡めてくる。


「なんで、痩せ男の横っ面引っ叩くようなマネしたんだ。

 あのまま頭撃ち抜かれてたら即死だぞっ」

 静かに、だからこそすごく怒っているのが伝わってくる。


「ごめん。

 でもっ、でも……。

 あのままイチが人をあやめるのを黙って見てるなんて、絶対イヤだったんだもん。


 イチが変っちゃうみたいですごく怖かった」

 握る手に力が入る。


「俺は……。カエに人殺しってののしられても、さげすまれても、カエには生きてて欲しいんだ」


 むぅ。


「あたしは? あたしの気持ちは?

 イチにそんなことさせてまで、生きてられないよっ」

 なんか堂々巡り……。


「逆。だったら?

 イチを盾に取られたら、あたし、大男の首に手をかけられたかな」

 その一幕を見た後だけに、全身が総毛立つ。


「カエ。

 いや。悪かった。この話はやめよう」

 イチが瞳を開く。


「そうだよな。

 俺だって、カエにそんなマネさせられねぇわ」

 顔をあたしに向けて、薄く笑う。


「そうだよ」

 むぅっと口を尖らせる。


「傷。残っちゃうかな?」

 そっとイチの髪に触れる。

「別に、残って困る事もないだろ……」

 また、瞳を閉じる。


 疲れてる、よね。

 手を繋いでくるなんて、レア。デレイチ。

 なんか……。可愛いかも。


「少し休めば? ここに居るから。

 みんなが来たら起こしてあげるよ」

「ああ……」

 繋いだ手は、だいぶ温かさを取り戻していた。



 ###


 病室の廊下を足早に過ぎていく。

 救急車は市内の総合病院へ入ったと、カエからLINEを受けている。


「ここだわ」

 病室の番号とネームプレートを確認して、リカコが個室のドアをノックした。


 反応のない室内に、カイリ、ジュニアと顔を見合わせると。

「入っちゃえば?」

 ジュニアがガラリと引き戸を開けた。


「カエちゃん、イチ?」

 リカコが病室に顔を覗かせ、声をかけた。


 白いベッドに眠るイチの隣で、丸イスに腰掛けたまま器用に上半身をベッドに預けているカエの姿が目に入る。


「寝ちゃってる」

 続いて覗き込もうとするカイリとジュニアをさえぎって、反転させると背中を押す。


「はいはい。女の子の寝顔を盗み見ないのよ。

 せりかさんが顔出すって言っていたし、その時にスマホ鳴らして起こしてあげましょう。


 今日は2人とも精神的に相当疲れただろうし、もうちょっと寝かせてあげたいわ」


 廊下まで押し出して中を振り返ると、リカコがゆっくりとドアを閉めた。


(あんなにしっかり繋いだ手。みんなに見られたなんて事になったら、イチは自害しかねないわね)

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